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神秘の子 ~数秘術からはじまる冒険奇譚~【書籍発売中!】  作者: 裏山おもて
第Ⅱ幕 【虚像の英雄】

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竜姫編・23『また乱心の竜姫様?』

■ ■ ■ ■ ■



 竜都中央区。

 とある屋敷の部屋。


「いいか旦那。オレは怒ってるんじゃねぇ、質問してるんだ。質問にはちゃんと答えてくれよ」


 灯りが消され、閉められたカーテンから漏れる光だけが光源の薄暗くなった部屋で、若い男が鋭い歯を剥き出しにしていた。


 その男の視線の先には、立派な顎髭を蓄えた男が顔を青くしていた。冷や汗を滝のように流しているものの、表情に動転した様子はなかった。

 彼は慎重に、男の機嫌を損ねないように丁寧に言葉を繋いだ。


「……先日の件は誠に申し訳ないですぞ。竜姫を始末することが目的と履き違えておりましたゆえ」

「だから言い訳はいらねぇっつってんだ。オレは、旦那が、ちゃんと理解してるのかって聞いてんだよ。もしあそこで竜姫が死んでたら計画がパーになってたんだぞ。オレぁ竜姫を助けたっつう冒険者にどんだけ感謝したことか」

「無論ですぞ。ご心配をおかけして、お恥ずかしい限りですぞ」

「ケッ。てめぇら貴族のそういう話し方がムカつくんだよ。……まあいい、で、例の届け物がいつ届くか把握してんのか?」

「無論ですぞ。予定では、本日中にはこちらに着くはずですぞ」

「ならいい。運んでるのがあのトカゲ野郎ってことが気に食わねぇが、コソコソ嗅ぎまわってるやつらもいるようだからな、順調に越したことはねぇ」


 計画に狂いがないはずなのになぜか不機嫌そうな男を前にして、貴族――ベーランダーは訝しんだ。


「我々のことを嗅ぎまわってる、ですぞ?」

「あん? 旦那気づいてねぇのか? 冒険者協会のギルドマスターと【ルニー商会】っつう妙な商会がこの国の貴族関連の調査をしてるっつう話だぞ」

「……なぜですぞ。少なくとも、気取られるようなヘマをしたつもりはないですぞ」

「冒険者ギルドは竜姫を嵌めた罠から嗅ぎ取ったんだろうよ。せっかく隠してた罠もバラしやがって、バカじゃねぇのか。商会のほうはよく知らねぇが、てめぇに限らずこのあたりを無作為に調査してるっつう話だからよ」


 ベーランダーは背筋が伸びる思いだった。

 ギルドマスターは最悪どうとでもできる。冒険者協会は国の権力にはなびかない独立した組織だが、単独で調査しているとなると、その調査を担っている者たちへは手を回せるからだ。


 ただ【ルニー商会】は未知数すぎた。マタイサ王国の商会だということと、手広い商売をしていることしか知らない相手だ。単なる偶然だと思うが……油断はできない。


「では、くれぐれも慎重にと協力者に伝えますぞ」

「それと別件で、オレのいない間に竜姫に誰か接触してやがる。見覚えのないアクセサリを後生大事にぶら下げてんぞ」

「なんですぞ!?」


 今度こそ、ベーランダーは驚愕に目を見開いた。


 竜姫はダンジョンから帰ってきて以来、以前にもまして外に出ようとはしなかった。相変わらずベーランダーたちを信用しているようなので罠に嵌められたことに気づいているとは思えないが、怖い目にあったからか、決して一人にはならないようになったのだ。風呂やトイレすら、使用人を近くに待機させている。

 当然、アクセサリなど与えた憶えはない。


「わ、我が屋敷に侵入者ですぞ?」

「さぁな。それは旦那がてめぇで調べることだぜ。ま、竜姫の言動にさほど影響がなさそうだから放置でいいと思うがな。それより計画は予定通り進めろ。民衆、エルフ、あのトカゲ野郎……せっかく駒が揃ったんだ。これで失敗しましたじゃあ旦那の未来も真っ暗だぜ?」

「む、無論ですぞ……」


 ゴクリと唾を嚥下したベーランダー。

 目の前の男は、言うことを言ったらすぐに部屋から出ていった。

 まるで自分の屋敷を闊歩するかのように、さも当たり前のような顔で。


「……失敗はできませんぞ」


 ベーランダーは身をわきまえていた。


 自分はこの国にとって重要な貴族ではある。だが公爵家と違って所詮はいくらでも替えが利く存在だ。あの男に協力することで甘い蜜を吸わせてもらっていたが、もしこの計画が失敗したとき、貴族としても国民としても失墜するのは目に見えている。


 この国は竜王が統治しているのだ。

 人族など、ただの便利な歯車に過ぎない。


「我々に、竜王様のご加護を」


 ベーランダーは計画がうまくいくことを、暗い部屋のなか静かに祈るのだった。



■ ■ ■ ■ ■

 


 その夜、セオリーはベッドの上でぼんやりと天井を眺めていた。


 ダンジョンから帰ってきて以来、ルルクが警告していたような敵意や害意の気配は感じていない。いままでどおりみんな優しいし、色々なワガママを聞いてくれる。


 やっぱりあの罠は偶然だったんだ。護衛の兵士が、たまたま壁に手を触れた瞬間に罠が発動したんだろう。ルルクが嘘を言う理由はなかったけど、勘違いしていた可能性もあるのだ。

 きっとそうだ。


「……狙われてなんかないもん」


 セオリーはそう強く思いながらも、しかしこの数日間、服の下にあるアイテムボックスを無意識に触るのが癖になっていることに自分自身、気付いていない。

 かすかな不安が、常に心の端にくすぶっていた。


「大王め。よくも我を、我のことをこんな気持ちに……」


 ニンゲンは好きだ。

 でも、ルルクは嫌いだ。


「自分だけ楽しんで、ずるいもん……」


 サーヤたちを連れてエルフの里へ行った。

 隷属紋のおかげで、いまでも意識すればルルクのことを感じられるようになった。大まかな位置や、感情などが伝わってくる。


 あの無神経な我が主はいつも楽しそうにしている。こっちの気など知らないで。

 ムカムカする。モヤモヤする。


「もう! この! この! このっ!」


 枕を掴んで、ベッドに叩きつける。

 八つ当たりなのはわかってるけど、そうしないと叫び出してしまいそうだった。

 

 そうやってセオリーがストレス発散をしていると、扉がノックされた。

 寝るには早いが夜も更けてきた。

 こんな時間に誰だろう。


「コホン……眷属よ。我が箱庭に如何様か?」

「姫様、夜分に失礼します」


 入ってきたのは、見覚えのある翡翠色の髪の青年だった。

 穏やかそうな人間の青年の格好をしているが、本来の姿はセオリーと同じく竜種である。セオリーが幼い頃から護衛をしたり、話し相手になってくれていた相手だ。

 セオリーは来訪者が慣れ親しんだ同族と知ると、いつものように顔に手をかざす決めポーズを取った。

 

「我が眷属リセットよ。夜目も効かぬ深き闇夜が、そなたに何を囁いた?」

「お元気そうで何よりです姫様。少し明日のことでお話したいことがありまして」


 リセットは慣れた様子で、部屋の中に入って椅子に座った。


 彼は竜王の家臣のひとりで、昔からセオリーの世話係を担っている兄のような存在だった。ここ最近、あまり屋敷で見かけなかったので久しぶりな感じがした。

 セオリーは頭の隅にいた主人(ルルク)のことを追い出して、リセットに向き合った。


「ふっ、よかろう。闇は暗く導きを示すのみ……」

「ありがとうございます。明日の予定ですが、東の森へと狩りに出かけませんか? そろそろ竜王様も、姫様の狩りの上達の報告を聞きたい頃かと思いまして」

「……狩り……」


 正直、少しだけ不安だった。

 気に食わないけど、ルルクの警告が頭をかすめたせいだった。本当に気に食わないけれど。

 リセットはかすかに目を細めた。


「ベーランダーに聞いたところによると、姫様はここ数日庭にすら出ていないと言うではありませんか。ダンジョンで怖い目にあったその気持ちはわかりますが、たまには魔物を狩って、最強種としての誇りを示しましょう」

「……しかし、闇は光を避けるもの」

「私も同行しますからご安心ください。よもや竜種以外で私より強い者などこの竜都に――いや、大陸にすら存在しますまい。私を従え得るのは竜王様だけなのですから」


 安心させるように、自信満々にいうリセット。

 たしかにリセットは竜王の臣下として相当な強さを持っている。魔物や普通の人間に負けることはないだろう。


 ……でも。


 セオリーはリセットとルルクが戦った未来を想像してしまい、首を振った。

 リセットでもルルクに勝てる姿が思い浮かばない。それはルルクの眷属になったから、直感的に理解できることだった。アレは父親と同じような規格外の存在だ。

 いくら最強種の上位個体といえど、アレに勝てる姿は想像できなかった。


 とはいえリセットは狩りに行くなら十二分すぎる実力者だ。文句のつけようはない。

 それならと、セオリーはうなずいた。


「蒙昧なるニンゲンに我が威光を示そうではないか。リセットよ、我が覇道の極致をその双眸に焼き付けるがよい」

「かしこまりました。それでは、明日の朝に迎えに参ります」

「ふっ、血が滾る……」


 窓の外を眺めて(真っ暗だけど)、キメポーズ。

 リセットは手馴れているので軽くスルーして、そのまま部屋から出ていった。


「狩り、か……」


 セオリーは曇って見えない夜空を眺めるフリをしながら、ふと思った。

 ……竜形態、久々すぎて戻れるかな?



□ □ □ □ □



 俺が彼らの会話に気付いたのは、次の街の酒場で晩飯を食べているときだった。


 完全にエルフの子たちの手がかりが途絶えたので、メレスーロスとは別行動にすることにした。

 少なくともこの街道をまっすぐ進んでいた俺たちが見つけられなかったので、素直に竜都まで運んでるってことはないだろう。俺たちは竜都で、メルスーロスはこの周辺で子どもたちを探すことにした。

 夕方、メレスーロスを魔樹の森の入り口まで送ってから、また戻ってきたのだ。


 注文したステーキの取り合いをしている仲間たちを横目に今後の予定を考えていたとき、ふと耳に入った酔っ払いたちの会話が、俺の手を止めたのだった。


「ったくよお、竜姫様もいい加減にして欲しいぜ」

「んだんだ。アルミラージにつづいて、今度は月下草だべ? 月下草なんて何に使うんだべさ?」

「聖水以外に使い道ねえだろ。竜姫様、ダンジョンにでも潜って死霊(アンデッド)でも倒すのか?」

「んだ。少なくとん、眺めて満足するようなもんでもないだべさ」


 俺はすぐに立ち上がって、彼らに近寄っていた。


「すみません。そのお話、少し伺ってもよろしいですか?」

「なんだボウズ?」

「んだ?」

「お礼に一杯奢りますよ」

「わかってるじゃねぇか。なんでも聞きやがれ」

「んだ!」


 心なしか、呑兵衛トリオを思わせる人たちだった。


 酒代の代わりに彼らから得た情報は、やはり察したとおりのものだった。

 今朝、竜都からのお触れがでて一世帯につき5本の月下草を納めよ、とのことだった。


 月下草は綺麗な水辺にしか生えないため、竜都のそばではまったく取れない。もちろん魔物の出るような場所にしか生えていないから薬草農家でも生産数は少ないらしい。


 当然、またもやクエスト依頼が集中することになったらしい。

 この呑兵衛たちも受けてくれる冒険者が確保できそうにないから愚痴っていたのだった。


 俺は彼らに礼を言って、席に戻った。


「また厄介事?」

「ああ。というか、そろそろ疑い始めてきた」


 そもそも、だ。

 1ヶ月ちょっと前にバルギアを通ったとき、アルミラージの件で竜姫様が乱心したと言われていたが、実際の竜姫(セオリー)に会って思ったのだ。


 あいつ、そんなもん欲しがるのか?


 直接聞いておけばよかったが、別に重要なことじゃないと思ってスルーしていた。

 だが今回のことでかなり疑念が深まった。


「竜都に戻ったらちょっくら確認するか」


 中二病の姿と、素材を欲しがる竜姫。

 どう考えても実像と虚像がぜんぜん合わない。


 ダンジョンでの罠。

 行方不明のエルフの子。

 乱心する竜姫。

 暗躍する貴族。


 どこがどう繋がっているのかは分からないが、少なくともこれだけは言える。


 成り行きで巻き込まれるのはなるべく避けたい。

 だけど、セオリーはいま俺の眷属だ。

 

 どこのどいつか知らないが、俺の眷属に手を出すつもりなら容赦をするつもりはなかった。


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