竜姫編・21『タバスコ商会』
「『空間転移』」
聖樹の森から魔樹の森へ出たところで転移を発動。
次の瞬間、俺たちはバルギア竜公国と魔樹の森の国境近くへ転移していた。長距離転移は何度か実験していたけど、こうしてパーティ全員で転移したのは初めてだった。
「わ! 関所が見えた! ほんとに一瞬ね」
「ん。べんり」
『さすがご主人様なの~』
仲間たちが褒めてくれた。
いいぞ、もっと褒めろ。俺は褒められて伸びるタイプなのだ。
「はぁ。わかってはいたけど実際に転移してみると……うん……」
メレスーロスがちょっと引いてる。
あれなんで? 欲しかった反応はテンション高いやつだよ? 感謝のあまり抱き着いてくれてもいいんだよ? さあカモン。
「……ルルク、両手広げて待っててもメレスーロスさんは来ないわよ」
「ん。したごころ、まるみえ」
おっと、体が思わず求めていたぜ。
俺は咳払いして関所の方角へ歩き出す。
「さて、冗談はこれくらいにしてだな」
「本気だったでしょ」
「ん。えっち」
「お黙り幼女たち。さて冗談はこれくらいにして、まずは一番近い街でいいんですよね?」
「そうだね。その商人の足がいくら早くても街に寄ってたらまだ滞在してると思うんだよね。まだ着いてない可能性も、ちょっとはあるし」
商人がエルフの里を出発してから10日くらいだっけ。
幼子たちを連れていることを考えたら移動速度も遅いだろう。まだそれほど遠くには行っていないという判断だ。
「渉外部隊の方たちも、その街にいるんですか?」
「そのはずだよ。本来の任務はキュアポーションの買い出しだから情報収集はそれほど期待しない方がいいと思うけど」
「ま、どっちにしても会わないとですもんね」
そのキュアポーションも貯蔵する分以外は必要なくなったからな。貴重な財を投入してまで買い込む必要はいまのところはないってことを伝えないと。
兎に角、目指すは一番近くの街だ。
俺たちはそのまま歩いて関所まで行き、バルギアに入国。不要な不法入国はトラブルの元だから可能な限りルールに従っておく。
ここから一番近い街にも『楔』は打ち込んでいるから、いますぐにでも転移できる。とはいえ例の商人が道中にいた場合見逃してしまうから、堅実に『相対転移』で道沿いを進んでいくことにした。
サーヤも『相対転移』にかなり慣れてきたから、メレスーロスを連れて転移しても疲れなくなってきている。あまり戦いが好きじゃないからこそ、スキルもどんどん使っておかないとな。
スキルもそうだけど、身についている技術を使えることと、使いこなせることは全く別だ。
それはメレスーロスの戦い方を見てハッキリとそう思った。メレスーロスだけじゃなく、エルフたちはみんな技術の操作性に優れている種族だった。
そんなことを考えているうちに街に着いた。
残念ながら道中は誰もいなかった。ま、ルネーラ大森林方面にはよほどの用事がないと誰も行かないだろうからな。
ここも特に交通の要所ってわけでもなく、バルギアの街といえど俺の地元よりは小さい。寂れているってほどではないが、活気づいてはいないな。
「さて、まずはパライソに関する情報収集だな。商人ギルドはない街だけど、店を構えてる人たちに聞けばある程度わかるだろうし」
「あたしは渉外部隊のみんなを探してくるよ」
「わかりました。では、後で冒険者ギルドに集合でいいですかね。そろそろ日も暮れますし、あまり遅くならないようにだけ気を付けましょう」
「わかった」
ひとまずメレスーロスとは別行動だ。
色々あって移動ばかりの日になってしまったが、とっくに日も傾き始めている。幼女たちはさっき菓子をたらふく食べていたのでまだ腹の虫は大人しいけど、それもいつまでも誤魔化せるようなもんじゃない。やつらの食欲はモンスターなのだ。
「……さて。メレスーロスさんも行ったし、エルニ頼む」
「ん。『全探査』」
我がパーティの天才魔術士が、ぶっ壊れ性能の索敵魔術を放った。
この探知魔術、個人の特定は知人しかできないけど種族の特定は容易い。エルニ曰く、魔力の気配が種族ごとに異なっているから、人族なのか魔族なのか獣人なのか、はたまたエルフなのかは簡単に判別できるようなのだ。
「いたか?」
「ん。いない」
そうか。
エルニの『全探査』は本気を出せば10キロ先まで届く広範囲索敵だ。軽く使ってもこの街は網羅しているので、反応がないとなるとすでにこの街からは出たか、あるいは最初からこっちには来ていないかだな。
「エルフに追われることも想定済みなのかもな」
「とりあえず聞いてくるわね。ねえそこのおじさん! チーズ焼きみっつちょーだい!」
「らっしゃい! 嬢ちゃん、みっつも食べるのか?」
サーヤが躊躇わず近くの露店の店主に話しかけていた。
「ううん。後ろにいるお兄ちゃんたちと食べるの」
「兄妹そろって仲良く買い物か。いいねぇ。チーズ大盛にしといてやるよ」
「ありがとう! それでおじさん、ママから頼まれたんだけど、私たちパライソっていう商人さん探してるの。貴重なお薬の葉っぱを持ってるみたいなんだって。その人知ってる?」
「おん? そりゃ知ってるさ。パライソは昔から【タバスコ商会】の稼ぎ頭だからな。やつらの店はここらでも有名だし、嬢ちゃんも親から聞いた事ねえか?」
「ううん。しらない」
「そうか。【タバスコ商会】はこの街にも店構えてるから、コレ食いながら行ってみるといい。店は中央街の一番デカい商店だから見ればわかる。ほらよ、火傷しないようにゆっくり食べるんだぞ。兄ちゃんと妹ちゃんも気をつけてな」
店主から、オリーブの実みたいなものにチーズがたっぷりかけられた皿を受け取る。俺とエルニもそれぞれ受け取った。
俺たちは店主に礼を告げて、熱々のチーズ焼きを食べながら道を歩く。
「【タバスコ商会】だって。辛そうな名前」
「何扱ってるんだろうな。香辛料?」
「行ってみてのお楽しみね。はふはふ、おいしい~!」
注意されたとおり、火傷しないようにゆっくり食べながら歩いていく。
夕飯前の時間帯、香ばしい匂いにつられて道を行くひとたちが俺たちのチーズ焼きをチラチラ見てくる。この露店街にチーズ焼きの店は一軒しかないので、どこで買ったかは丸わかりだ。
……なるほど。歩きながらゆっくり食べろって言ったの、心配して言っただけじゃなくてそのままチーズ焼きの宣伝にもなってるのか。
さすが異世界の商人、商魂たくましいぜ。
ちなみに俺のチーズ焼きはすでにプニスケの体内だった。腹ペコスライムが物欲しげにしていたので、ひとくち食べたら迷わず差し出したよね。
中央街まで歩いていくと、街の中央には噴水広場があった。広場のそばには三階建ての冒険者ギルドがあり、そのすぐ隣に【タバスコ商店】という店が構えてあった。
たしかに冒険者ギルドと遜色ない大きさの商店はこの店しかないから、よく目立つ。
見たところ、取り扱っているのは食品、雑貨、家具など。
この世界では珍しい複合小売店だ。
「へぇ。スーパーマーケットみたいだな」
「こんにちはー」
俺が感心してると、サーヤが迷わず店の中へ。
サーヤは人見知りしないし度胸がある。コミュ障の俺としては見習いたいところでもあるが……まあ、適材適所ってことにしておこう。
店内はこざっぱりとしていた。値札が書かれた箱が床に並んでいて、そこから商品を取って会計に進むというセルフ形式。雰囲気は業務用食品のスーパーに近いだろうか。
夕飯前ということもあり客はそれなりに入っていた。入り口のすぐそばで店員も立っているが、俺たちを見ても興味なさそうな態度だった。身なりをきちんとしてるから、貴族の客が来たときの案内役なのだろう。
「すみませんお兄さん。パライソさんって方はいらっしゃいますか?」
「ん? 嬢ちゃん、お使いか何かかい?」
「うん。パライソさんから商品を買いたいんです」
サーヤが正直に言うと、案内役の青年は面倒そうな顔をした。
さすがに美少女のスマイル戦略が通じるような規模の店じゃなさそうだな。
俺はすかさずカットインする。
「すみません、俺たちは冒険者でして。我々がいくつか手に入れておきたい物を、パライソさんが所有していると聞き及びましてご相談に参りました。こちら証明書です」
「なんだ子どもの冒険者か……え、Bランク?」
「はい。それなりに蓄えもありますので、そちらにも悪い商談ではないようにするつもりですが」
「しょ、少々お待ちを」
青年は急いで店の奥に飛び込んでいった。
うん、こういうときは美少女パワーよりマネーパワーのほうが強いね。
すぐに青年は白髪交じりの目つきの悪い男を連れてきた。後ろには護衛っぽい帯剣した男もいる。
彼がパライソ……ではない。聞いたところによると、パライソは濃い青髪のぽっちゃり体型だという話だからな。
男は不遜な態度で、睨みつけるように俺を見下ろした。
「【タバスコ商会】のカルデナスだ」
「冒険者のルルクです。後ろは仲間たちなのであしからず。この度はパライソさんという方にご相談があって参りました。もしいらっしゃればお目通りを願いたいのですが」
「パライソは不在だ。だが商談か……冒険者が直接くるとは珍しい。いいだろう、話を聞いてやる。こい」
カルデナスは俺の返事を待たずに店の奥へ歩いていく。
予想通り不在だったが、商談相手としては扱ってくれるらしい。パライソがこの店に星隠しの花を卸していればいいんだけど。
俺たちはカルデナスについて店の奥へ入っていった。護衛は俺たちのことを警戒しているから、もちろん距離は少し開けておく。ちなみに護衛はレベル39。個人の護衛としてはかなり高いはずなので、カルデナスがそれなりに重要人物だということはわかった。
案内されたのは、シンプルな応接室だった。
さりげなく隠されているが、この部屋の奥には貴賓用の応接室もある。うちの実家と同じだな。
「で、パライソから何を買いたい」
なんの寄り道もなく、ストレートに聞いてきたカルデナス。
商人っぽい会話を期待していたのでちょっと肩透かし気味だったが、話が早いことに越したことはない。俺も面倒なのは嫌いだしな。
「星隠しの花という薬花です。このあたりではエルフの里で栽培されていて、取引相場は一本あたり銀貨15枚のものです」
「相場? ただの冒険者が誰に聞いた? その情報が正しいとどうして言える」
睨みつけられた。
そりゃそうだろう。相場を最初に話してしまうと売買の値段を吊り上げづらくなる。商人にとって最も価値のあるのは情報だ。それ次第では、銀貨一枚の価値のものを金貨一枚で売ることも可能なのだ。
とはいえ、俺にとってもそれは同じ。
「正しいですよ。エルフの里で帳簿を直接拝見させていただきましたから。エルフの里に行った証拠もありますよ。ご覧になりますか?」
「っ! ……いや、いい。思ったより腕の立つ冒険者だったか」
「それほどでも」
まあ、拝見したのは嘘だけどな。ケルクーレに教えてもらっただけだ。
「それで、パライソさんが先日エルフの里に行ったのは把握してらっしゃいますか?」
「……ああ。その情報を知っているということは、君もその場にいたのか」
「いえ。俺はすれ違いでした。いくつか欲しいものがあってエルフの里に行ったのですが、その一つがパライソさんの購入品だったのです。商売運はパライソさんに完敗でしたね」
「それでパライソを探していると」
「ええ。星隠しの花をこちらで卸していませんか?」
「いや」
「では、彼はどこへ?」
尋ねると、カルデナスは眉間に力を込めて唸った。
言うべきか言わないべきか迷っているのか。あるいは、どうすれば利益になるのか考えているのか。
これは、いわば商談のための商談だ。
俺としては紹介状を一筆書いてもらうだけでも、パライソとの商談がスムーズに進むのでカルデナスとはお互いに利益ある関係を提示しておきたい。
カルデナスも、まだ細い縁とはいえ冒険者とのパイプは欲しいだろう。単独でエルフの里に行ける相手なら、商人にとっては喉から手が出るほど欲しい人脈だろうしな。
「ルルクと言ったか」
「はい」
「君はパライソとは面識がないんだな?」
「ええ、まあ」
カルデナスは噛み締めるように言葉を紡いだ。
「君にひとつ頼みがある。これを呑んでくれれば、君のために我が【タバスコ商会】もひと肌脱ごう」
「頼みとは?」
「……ここ最近、パライソが他の組織に接触しているという噂がある。我々の古き仲間であり、信頼できる友であるパライソのことを疑いたくはないが、最近のパライソは少し妙な動きを見せていてな」
「妙な動きですか? 具体的には?」
「我々【タバスコ商会】は、基本的には日用品を扱っている商会だ。それ以外の商品を扱うにはリスクが高く、手を出してこなかった。ゆえに堅実な経営を続け、バルギア内のほとんどの街に店を構えることができるほど成長したものだが……パライソが、人身売買に手を出しているという話だ。それも、他の組織から斡旋された様子があると。君にはパライソの背後にある組織が何者か、出来る限り探ってきてほしい」
なるほど。
人身売買は間違いなくエルフたちも含めることだろう。もしかしたら、他の種族も標的にしているのかもしれないけど。
ま、それくらいなら協力できる範囲だな。
「その組織の予測はついていますか?」
「まず考えられるのは、一年ほど前から頭角を現してきた【ルニー商会】だ。他国の小さな商会だったはずだが、瞬く間に大規模店舗をいくつも展開できるほどの力をつけている。パライソも気にしていたから可能性はある……が、人身売買のような分野は扱っていなかった。無論、巨大な商会には闇がつきものだがな」
「【ルニー商会】ですね。他には?」
「人身売買方面だと、最近、竜都の貴族も活発に動いているという情報だ。それこそ闇の深い部分になるので、我々もおいそれと手出しはできないので情報は少ない。あとは帝国のスパイではないか、という噂もあるが……憶測の域は出ないな」
「わかりました。先入観を持たないように、調べておきます」
「頼む。では少し待て、一筆したためる」
カルデナスは便箋とペンを取り出して、紹介状を書いてくれた。
紹介状をもらったら、雑談らしい雑談もすることなく店を追い出された。カルデナスは無駄が嫌いな性格なのか忙しいのか、どっちかなのだろう。
パライソが竜都へ向かって昨日出発したという情報を手に入れた俺たちは、すぐ隣の冒険者ギルドに入ってメレスーロスを待つことにした。
併設されている酒場は狭かったが、夕飯時なのに誰もいなかった。受付嬢もヒマそうにあくびしているので、ここの冒険者ギルドはあまり賑わってなさそうだ。
酒場で軽いつまみ(果実水の、だが)を頼んで待っているあいだ、サーヤが言う。
「【ルニー商会】は私も知ってたわよ。名前だけだけど、お父様がシュレーヌ家も農地開拓のために取引してるって言ってたから」
「おお、有名なのか。というか農地開拓の取引? そんなもんに商会が関わってるのか」
「らしいわね。違法やグレーなこと以外はなんでもする商会だって話よ。それこそ最新の農具から人材斡旋までね。あと、これは本当かどうかわかんないんだけど【ルニー商会】はマタイサ王都から発祥した商会らしいわ。しかもトップがまだ未成年だって」
「うわ……なんか経営チートくさいな」
「ね。もしかしたら知り合いかも」
目を細めるサーヤ。
たしかに転生者かもしれないから、いずれ確認はしておきたいところだ。
俺はクラスに友達がいなかったからそれほど気になっているわけじゃないけど、サーヤは友達が多かったからな。サーヤは普段から何も言わないけど、きっと会いたい相手もいるだろう。
親友の九条や鬼塚が転生していたら、彼女たちにも会わせてあげたい。
大きなジョッキを両手で持ち上げてジュースを飲んでいるサーヤの横顔を眺めて、珍しくそんなことを考える俺だった。




