竜姫編・18『〝闘争派〟のエルフたち』
俺たちが案内されたのは広く開放的な部屋だった。
メレスーロスいわく貴賓室で、宿のないエルフの里で唯一客人をもてなすための部屋なんだとか。普通の来客は地面で野営してもらうみたいなので、屋根があるだけでもVIP待遇と言えるだろう。
それもこれも、エルニのおかげなんだけど。
12畳ほどの部屋にはドアはなく布が垂れ下がっているだけで、窓も開けっ放し。風通りがとても良い部屋で、これはエルフの里全体に言えることなので文句は言えないけど、プライバシーってないのかな~と思ってみたり。
「ルルクくんたちはしばらくくつろいでて。あたしは姉さんと話してくるから」
メレスーロスはそう言って、梯子を降りていった。
エルニはすでに多肉植物っぽい柔らかそうなソファに座っているし、サーヤは高所からの景色を楽しんでいる。プニスケはテーブルに置かれた果物をパクパク食べていて、みんな言われる前からくつろいでいた。
神経太いな、俺の仲間たち。
「ねえルルク、後ろにあるのが聖樹かな?」
「たぶんそうじゃないか。デカいし、上の方に神殿みたいなのあるし」
この森で一番高い白木の上部に、小さいものの荘厳な聖殿が組まれてあった。
あそこにハイエルフがいるんだろう。
「ハイエルフか~……男なのよね?」
「らしいぞ。イケメンだろうし会ってみたいか?」
「べつに。安心だなって思っただけ」
「……何が?」
「さすがにハイエルフには勝てないだろうから」
だから、何が?
「それよりエルニネール、どうしてエルフの里まで転移してきたの? 罠でも踏んだ?」
「あ、それは俺も気になる」
「ん。よばれた」
「誰に?」
「せいじゅ」
エルニは背後の白い巨木を指さしていた。
話を聞くと、どうやらエルニは魔樹の領域に入った瞬間、聖樹の声が聞こえたらしい。
なんでも『魔を統べる善良なる者よ。我が祝福を与えるゆえ力を貸して欲しい』と頼まれて、断る間もなく転移させられたんだとか。ほぼ誘拐じゃねぇか。
転移させられたエルニは、半信半疑のままとりあえず目につく魔物を吹き飛ばした。Aランクの魔物もちらほら混じっていたみたいだけど、エルニの敵じゃなかったようだ。
魔物を殲滅したらまた脳内に聖樹の声が響いた。誘拐犯のいうことは信じない賢いエルニ(自称)だったが、ちゃんと祝福は貰えたらしい。
「ん。スキルもらった」
「どれどれ……うわ、ほんとだ」
一瞬だけ鑑定して、エルニのスキルをチェックした。
――――――――――
【『聖樹の導き』
>等級なしの自動型コモンスキル。
>>ルネーラ大森林での魔樹からの干渉を防ぎ、聖樹の方向がどこにいてもわかる。ルネーラ大森林の領域において、水・土・聖・光属性の魔術の効果が上昇する。森の眷属の証。 】
――――――――――
「これでエルニも森の眷属か」
「ん。ふふく」
眷属って響きがイヤそうだ。
兎に角、これからエルフの案内がなくてもルネーラ大森林を自由に闊歩できるってことだ。俺は元から影響ないし、そもそも『楔』を打ち込んでるから今後は転移して来れるんだけど。
あんまり意味ないように思えるけど、ルネーラ大森林なら一部魔術の威力が上がるっていう副次効果は悪くないな。
というか、エリア限定のスキルとかもあるんだなぁ。
「まあメリットもあるみたいだし、聖樹が誘拐犯でも許してやるか」
「ん。ゆるす」
「ちなみに、許さなかったらどうするつもりだったの?」
「うーん、そうだな……エルニはどうするつもりだった?」
「もやす」
おお、スキルあげて命拾いしたな聖樹。
うちの救世主がエルフの敵になるところだったので、俺たちも命拾いした気がする。
「ん。それに、エルフのまじゅつおぼえた」
「ほう。どんな?」
「『クリーン』」
エルニがサーヤに向けて魔術を放った。
サーヤの服についていた汚れや、髪にくっついていた木の葉がハラリと落ちていく。あっという間にピカピカの状態になったサーヤだった。
こ、これはまさか洗浄の魔術か!
「ん。みず、せいのふくごう」
「わ! エルニネールありがとう嬉しい!」
サーヤがエルニに抱き着いて喜んでいた。しばらく水浴びにも行けなさそうだったからな。
エルニは一生懸命サーヤを引き離そうとしながら、俺にジト目を向ける。
「わたしもいそがしかった。ふとってない」
「ごめんごめん」
苦笑しておく。
エルニがかなり有用な魔術を憶えてくれていたのは嬉しい誤算だったな。旅では重宝するだろう。
「しかしエルフたちも、そんな魔術があるならもっと流行らせてくれればいいのになあ」
「ごめんね。その魔術、門外不出なんだよ」
メレスーロスが部屋に入ってきながら笑って言った。
おかえりなさい。
「そもそも聖属性の複合魔術だから習得自体が難しいんだけど、そもそもエルフ伝統の魔術だから広めてないんだ。エルニネールちゃんに教えたのは里を守ってくれた多大すぎる恩があったからだって、姉さんが言ってた」
「そうだったんですか。エルニ、誰にも教えちゃダメだぞ」
「ん」
「え~。私も憶えたい」
「ダメだ」
「そこをなんとか!」
「エルフの里防衛ミッションの実績解除してから頼め」
身内だからと甘やかしたりはしない。
そもそもエルフの魔術なのだ。勝手に共有したら信頼を損ねるだろ、誰だよ流行らせればいいとか言ったバカ野郎は。
「けち~」
「なんとでもいえ。だってエルフの信頼の証だぞ? 裏切れるかそんなもん」
「まあそうだけど……ほんとルルクってエルフ好きよね~」
エルフの信頼は命より重い。
そのおかげで風呂を覗きたいという男の情動すら抑えてくれるんだ。そう考えたら信頼って言葉は、究極の理性制御装置なのでは?
なんという大発見だ。こりゃ次のノーベル平和賞はいただきだぜ。
「ところでルルクくん、観光はできないけど農園エリアには行く許可もらえたよ。どうする?」
「もちろん行きます」
「わかった。じゃ、ついてきて」
この里に来た目的だからな。
星隠しの花という薬花があれば、占星術の対象から外れる。メレスーロスいわく、人探しの術式はほぼ占星術だということだから、これで探知を避けられるようになるだろう。
俺たちはメレスーロスに続いて、長い長い梯子を降りた。
そいつらと遭遇したのは、農園エリアの手前の広場だった。
「メレスーロス、止まれ」
俺たちの進行方向に立ちふさがっていたのは、見覚えのない短髪の青年エルフだった。目元がジュマンの森長に似ている……息子かな?
その横にはシルクークル、後ろに小柄なカルマーリキと守護部隊のエルフたちも控えていた。
なんだろう。歓迎の宴って雰囲気じゃないよな。
「剣吞な雰囲気しちゃってみんなどうしたの? 姉さんも、いきなり出て行ったと思ったらこんなところでなにしてるのかな」
「ごめんね~メレスーロスちゃん。でも、許してね~」
「一度だけ言う。メレスーロス、俺たち〝闘争派〟に入れ」
先頭の短髪エルフが短く告げた。
なるほど、闘争派の集会か。
いやでも、シルクークルは闘争派を抑えていたという話だったはずだけど。
メレスーロスは深く息をついた。
「ディスターニア。君、バルギアに武力で挑んで敵うと本気で思ってる? 君たちのやろうとしてることって、つまりは戦争なんだよ?」
「戦争にはならんさ。俺たちは盗まれた子らを取り戻すだけだ」
「その子どもたちも契約で売ったんでしょ? なら、武力で取り戻すのは略奪行為だよ。その気がなくても、状況次第では戦争の引き金になる」
「なら、見捨てろと?」
「まさか。手段を選べって言ってるのさ」
「だがリスクのない方法などない。幼い子らが出て行って日の浅いいまなら、まだ子どもたちの行方も追いやすいだろう。時間をかけるなど言語道断だ」
闘争派の連中は、ディスターニアの言葉に全員頷いている。メレスーロスの言い分は理解しているようだが、到底納得できるようなものじゃないらしい。
「その結果、エルフの里が滅びることになるかもしれないんだよ」
「黙れ。里を捨てた貴様に、里を語る資格はない」
「まあまあディスターニアくん。メレスーロスちゃんも落ち着いて? ディスターニアくんは口下手だからケンカ腰になっちゃうけど、みんなメレスーロスちゃんのことが必要なのよ~?」
「あたしが必要? バルギアと戦うために戦力が必要なんだよね。そのための勧誘だってことくらいわかる。でもあたしが手伝うなら、闘争派じゃなくていまも必死にバルギアで駆け回ってるっていう渉外部隊の人たちのほうだよ」
「……そう。やっぱりねえ」
シルクークルは残念そうに頬に手を当てる。
会話からだけでも部外者の俺たちにもわかるほど、闘争派はバルギアに攻め込む計画をかなり進めているようだ。おそらく近日中には連れ去られた子どもたちを探して里を発つのだろう。
その前に、戦力として貴重なメレスーロスを仲間に引き入れたいってことだろうな。
まあ、部隊長ふたりの後ろにいる守護部隊たちは全員不服そうな表情だけどな。さっきメレスーロスにこてんぱんにやられたばっかりだし。
とはいえ、メレスーロスがそんな要請を受けるわけがない。
ふつうに考えたら理解できるけど、国としての戦力差がハンパじゃない。万が一戦争になったら、聖樹ごと滅ぼされるだろう。竜種は魔樹すら越えてくるんだしな。
「あたしからも忠告しておくよ。もし安易な真似をしてバルギアに手を出して里に迷惑をかけるようなら、その前にあたしが叩きのめして止めてあげる」
「うるさい! いつまでも隊長ぶってるんじゃないわよ! メレスーロスのアホ! バカ! ぺったんこ!」
後ろのカルマーリキがキャンキャン吠えている。ぺったんこなのはカルマーリキもだぞ?
この集団のなかでぺったんこに一番程遠いシルクークルが、ちらりと俺たちを――いや、エルニを見て言う。
「メレスーロスちゃんならそう言うと思ったわ。でも、救世主ちゃんがどうして聖樹様に呼ばれてやってきたのか考えたのよ。きっと、これも聖樹様の御意思だと思うのよ~。このタイミングで救世主ちゃんが森の眷属になるなんて、そうとしか考えられないわ~」
「……エルニネールちゃんを呼んだのは魔物を倒すためでしょ? 戦争をするためじゃない」
「なら、どうして眷属になったのかしら。魔物を倒したあとに眷属にしたってことは、そういうことじゃないの~?」
「それは……聖樹様も、何かお考えあってのこと」
「下らん問答はやめだ。メレスーロス、俺たちの仲間にならないというなら黙っていてもらおう。無論、邪魔するというなら痛い目を見てもらう」
ディスターニアが鋭い眼光をメレスーロスにぶつけた。
メレスーロスも怯まず睨み返している。
「あらあ。やっぱりこうなるのね~」
「姉さん、聡い姉さんなら理解できるでしょ。武力でバルギアに攻め入ることの無謀さを」
「うふふ」
シルクークルは不敵に笑みを浮かべて、一歩前に進んだ。
それと同時に、ディスターニアが腰の剣を抜いた。しかも二本。
そ、双剣だと!? かっこいい!
「姉さんにディスターニアか。さすがのあたしも本気出さなきゃだね」
「あらあ。メレスーロスちゃんの相手はお姉ちゃん一人よ?」
「姉さん、あたしに勝ったことないよね」
「そうねえ。でも――」
シルクークルは微笑みながら、自然な動作で足跡が残るほど強く地面を蹴った。
瞬きほどの合間に、メレスーロスに迫撃する。
「いままで本気出したことないもの」
「ぐっ」
とっさに両手でガードしたメレスーロスの体を、凄まじい怪力で吹き飛ばしたシルクークル。
後方に飛ばされたメレスーロスは、空中で体勢を整えると後ろの木に横向きに着地――着木――して、弓を引いて矢を放った。空気を突き抜けた矢はシルクークルに迫るが、シルクークルはいつのまにか両腕に装着していた籠手で矢をあっけなく弾いた。
「メレスーロスちゃん。里では常勝無敗だった貴女に、はじめての敗北を教えてあげるわ~」
「姉さん相手に負けるのは絶対イヤ!」
激突するふたり。
……うん。
なんか自然な流れで姉妹喧嘩が始まったんだが。
俺たちは部外者なので、このまま素通りしてもいいんだろうか。この先にある農園エリアに用事があるんだけど。
「救世主よ。里を救ってくれたことには礼を言う。だがもうしばし、我らが里のために尽力して頂きたい」
ディスターニアを筆頭に、守護部隊が俺たちを取り囲んでいた。大人しく見逃してはくれないらしい。
まあそうですよねー。
エルニは即答した。
「ん。ことわる」
「そうか。ならば、力づくでも従えるまで!」
ディスターニアが手を挙げると、守護部隊のエルフたちが散開した。
森のなかに潜んでいく。
正面に残ったのは、ディスターニアひとりだけ。
双剣を下げていかにも強者のオーラを纏っている。双剣エルフ、何度見てもかっこいい……。
「貴殿はたしかに凄まじい魔術の腕を持っている。だが、対人戦闘は苦手だろう。であれば我々が森の戦闘で負ける要素はない!」
ディスターニアが消えた。
いや、かなり素早く動いただけだけど、独特な歩法を駆使して意識の隙をついたのだ。メレスーロスとは少し違うが、ディスターニアもまた熟練の戦闘センスを持っているみたいだな。
でもエルニが対人戦苦手っていうのは、純魔術士に対する固定観念のせいだ。実際のエルニは対人性能も見た目から想像できないほど高い。ストアニアのギルドで冒険者たちと模擬戦闘をしていたときに〝近接魔術戦〟って言葉を生んだくらいだからな。
ま、兎に角だ。
勧誘断ったらいきなり襲ってくるなんて、盗賊なみに蛮族じゃねえか?
さすがの俺もこれには腹が立った。
さっきから邪魔だしな。
「ん。ぜんいんたおす?」
「いや、俺がやる」
エルニでも秒で終わるだろうが、ここは任せてもらおう。俺はゆっくりと歩き始めた。
だって、ここはエルフの里。
閉鎖されて情報が洩れることは少ない。さらに生まれつき神秘術が使える種族だから、俺が神秘術を使ってもそれだけで騒がれることはない。なら、実戦訓練にうってつけだと思わないか? 試したいこともあるしな。
「ってことでエルフどもよく聞きやがれ、救世主様と戦おうなんて片腹痛いぜ! まずは四天王最弱の俺を倒してからにするんだな!」
せっかくなので四天王ムーブをする俺!
「愚かな。人族の子よ」
ディスターニアの声は、すぐ後ろから聞こえてきた。
背後をとり、不意打ちには最適なタイミングとポジション。双剣をきらめかせ、ディスターニアは最弱四天王の死を確信していた。
まあ、俺には見えていたけど。
俺はノールックで後ろに手をかざす。
剣は、俺の手のひらにぶつかって止まった。
息を呑むディスターニア。
「なんだとっ!?」
いうまでもなく数秘術スキルの『領域調停』が発動していた。
個と他の領域を隔てる、絶対的な防御スキルだ。
何が起こったのか理解できていないディスターニアだったが、動揺は一瞬だった。すぐに跳んで木々の合間に逃げながら叫んだ。
「やれ!」
直後、飛来する数多の矢。
ディスターニア以外の守護部隊員は、全員遠距離から攻撃してきた。それも同時にではなく、いやらしくタイミングをズラして避け辛いように。なかなか訓練されてるじゃないの。
ってことで、ここで実戦訓練。
俺は新しい術式を唱える。
「『反射』」
どうにも、俺には置換法の才能があるらしい。
視認した矢の運動ベクトルの方向だけを、正反対の数値に書き換えてやった。
矢は物理法則を無視して、逆方向に飛んでいく。ただし重心はそのままなので、途中で回転してしまうけどな。
クルクル暴れる矢は射手へ戻っていく。慌てて避けるエルフたち。
まだまだ!
「『反射』『反射』『反射』ひょいっ『反射』『反射』ひょいっ『反射』『反射』『反射』『反射』『反射』ひょいっ『反射』『反射』」
目視できる矢はすべて『反射』。死角から飛んでくる矢は音を頼りに避けておく。
「な、なにが起こって――うわああ!」
「こいつ、妙な神秘術を使うぞ!」
「矢を霊素で情報強化しろ! そしたら大丈夫だ!」
おお、早くも対処法を見抜かれた。
置換法の基礎であり、対処法でもある物質の情報強化。さすが神秘術士の一族だな。
とはいえ。
「『反射』」
焦ってしただけの情報強化なら、本気出せば練度の暴力で上からねじ伏せられるんだけどな。
「『反射』」
「やべぇコイツ! ただのガキじゃ――ぐああ!」
「『反射』」
「お願い通って――ぐへっ!」
「『反射』」
「ちっくしょおおお――ぷばらっ!」
『反射』楽しいな。
よし、せっかくだし言っとくか。思い切り悪い顔してと。
「ワリィがここから先は一方通行だぜ!」
「きゃああ!」
「うぎゃああ!」
「ば、バケモノーっ!」
エルフ、阿鼻叫喚の図である。
とはいえ中にはめげずに矢を放っては移動して、俺に攻撃を当てられないものの『反射』の餌食になっていない戦士もいる。ディスターニア、カルマーリキ、その他エルフ4名ってとこか。
「『ウィンドカッター』!」
「『アイスランス』!」
「『ウォーターバレット』!」
何名かが魔術に切り替えて攻撃してくる。
おっと、さすがにそれは『反射』じゃ返せない。魔力は書き換えられないからな。
直撃しても無傷だろうけど、一応迎撃しておく。
「『裂弾』」
指鉄砲の構えで、四方から迫ってくる魔術をすべて撃ち落とす。
双剣がカッコよかったので、俺は双銃の構えだ!
魔術と、ときおり矢も交えて必死に遠距離攻撃を連発してくるが『裂弾』に切り替えた俺にとっては二桁程度の手数は脅威ではない。『反射』も楽しいけど、慣れた術でやるシューティングゲームはもっと楽しいよね。
「こ、こいつ……全員、やめ!」
ディスターニアが頬をひきつらせて号令をかけた。
攻撃はぴたりとやんだ。
なんだ、もう終わりか。せっかくの実戦迎撃訓練面白かったのに。
「……人族の子よ。貴様、名は」
「ルルク」
「そうか。憶えておく」
悔しそうに背を向けたディスターニア。
いやいや、カッコつけて「憶えておく」じゃなくない!?
まずはいきなり襲ってきたこと謝ってくれよ。なに努力したけどまだ敵わないライバルと戦った後、みたいな反応してるんだよ。
俺は文句を言おうと一歩踏み出そうとして、
カンッ
脳天あたりから軽い音が聞こえた。なんだ。
ぽとりと足元に落ちる矢。
通知欄には〝『領域調停』が発動しました〟の文字。
「「「……え?」」」
目を瞬かせる、エルフ一同。
俺はぐるりと周囲を見渡して……見つけた。
かなり遠い位置――中央殿の傍の高い木の頂上で、弓を構えた格好でポカンとしているカルマーリキを。
……あいつ、戦いが終わった瞬間を狙って不意打ちしやがったな?
しかも脳天に矢ってオイ。あの距離から俺の視界に入らないよう山なり軌道で矢を当てるって、よく考えたらすごい腕だけど、俺の防御スキルが発動しなかったら最悪死んでたぞ。
「いま、確実に当たったよな……?」
「ああ。当たった。けど、カンッって……」
「攻撃跳ね返すし体で弾くし、一体どうなってやがる」
ざわざわしだすエルフたち。
俺が術式を発動していないのはバレているので、どんなスキルか疑われてるな。カルマーリキへのお仕置きを考えるのは後にして、まずはどういう感じで誤魔化そう……。
俺が何か言うのを遠巻きに待っているエルフたちの視線を感じながら、考えを巡らせていたときだった。
「きゃ――――っ!」
カルマーリキが悲鳴を上げた。
見れば、大きな鳥に掴まれて空に飛び立っていくカルマーリキ。
あれは魔物……ではないな。たぶん大型の鳥獣だろう。禍々しさはなく、ただエサを見つけたから捕まえた、みたいな風にカルマーリキを運んでいく。
「イヤ――! だれかああ! だれか助けて―――――!」
どんどん大空に登っていく鳥と、ジタバタする小柄なボブカット少女。
カルマーリキが軽いからか、すでに矢も魔術も届かない高さまで連れ去られている。
俺たちは唖然として、鳥にドナドナされるカルマーリキを見送るのだった。




