竜姫編・17『せっかくエルフの里なのに』
エルフの里を含めた〝聖樹の森〟は、3つのエリアで構成されている。
ひとつはヴィサジュの森。
湿気が多く、キノコが多く採れるエリア。
ひとつはジュマンの森。
獣が活発で、狩りに最適なエリア。
ひとつはマンニヴィの森。
土壌が常に肥沃で、畑に最適なエリア。
それぞれの森には森長がいて、彼ら3人の森長がエルフたちをまとめる族長となっている。
しかしエルフの里には森長たちより上位の存在がいる。
それがハイエルフだ。
ハイエルフは〝聖樹の使徒〟として産まれるエルフのことらしい。
一代に1名限りの使徒――ハイエルフは聖樹の管理者となり、里の中央にある聖殿で暮らすことになる。聖樹とともに生きるため寿命はなく、新たなハイエルフが産まれてくると力を失い、あとは普通のエルフと同じように老いてゆくらしい。
エルフの象徴といえる存在だが、実質的な権力があるわけではないらしい。
いわゆる天皇陛下みたいなもんだろう。
エルフたちの施政は5つの部隊に分かれて執行されている。
内務、渉外、生産管理、守護、そして監査。
俺たちを攻撃してきたのは守護部隊の若いエルフたちだった。部隊長が不在のため、副隊長のカルマーリキが来訪者を追い返す判断をしたらしい。
それを止めたメレスーロスの姉は、監査部隊の隊長だった。
監査部隊はいわゆる司法権を管理している部隊だという。監査は守護に、守護は内務に、内務は監査にそれぞれ干渉権があり、いわゆる三権分立の制度を取り入れていることがわかる。うーん、なんという既視感。
ちなみに監査部隊長のメレスーロス姉は守護部隊長のディスターニアと互角の実力で、ふたりは現在エルフの里にいる者のなかでトップ2の実力者なんだとか。
「だからお姉様が口を出したら、守護隊も退いていったんですね」
「そうだね。まあ、そうでなくともみんなアレとは目を合わせたくないだろうからね……」
姉に対してため息を吐くメレスーロスだった。
「でも、いきなり同族のメレスーロスさんにまで攻撃するのは不自然ですね。事情は教えてもらえるんですかね?」
「それを聞きにわざわざここまで来たんだから、意地でも教えてもらうよ」
メレスーロスの先導で俺とサーヤが歩いてきたのは、エルフの里の中央だった。
ちなみにエルフの里では木々の上に家を建てている。地面には畑があり、木々を伐採することなく森と共存しているのがわかる。イメージ通りのエルフの住処だった。異世界最高!
畑のエリアを抜けてしばらく歩くと、途中で見た家よりも少し大きな建造物が木の洞に建っていた。地面から見上げると、およそ30メートルくらい上方だろう。高い。
「あそこが中央殿だよ。一応、エルフの里の政治の中心になるのかな? 森長たちの仕事場だし、内務部隊の本部でもあるから」
しばらく見上げていると、上から梯子が落とされた。
これで登れってことかな。
さすがにこの高さを縄梯子ひとつで登るのは大変そうだ。しかも縄梯子って言っても、植物のツタでできてるからちょっと耐久性が心配だな。
俺が不安な顔をしていると、メレスーロスが気楽に言った。
「大丈夫だよ。姉さんが先行して森長たちに話をつけてくれてるはずだし、不法侵入で罰せられることはないだろうから。そもそも来訪者を勝手に攻撃するなんて、守護部隊の独断専行のはずだし」
「あ、そういう可能性もあったんですね」
それは考えてなかったぜ。
メレスーロスがいるからって安心しすぎている気がするな。この世界は法整備された先進国なんかないんだったな。もうちょっと気を引き締めていかねば。
「エルニネールはこの上にいるの?」
「ああ。そうっぽい」
羊人形は真上を指している。
ちなみにエルフの里に入ったので、『虚構之瞳』は休眠中だ。間違ってエルフの水浴び場を眺めようものなら後が怖いからな。
俺たちは促されるまま、大人しく梯子で登っていく。
高所恐怖症ってわけでもないが、さすがに命綱なしで長い長い梯子を登るのはそれなりに緊張した。脳内でBGMを流しておいたので、途中から楽しくなってきたけど……いくら腹は減っても蛇は食べないぞ?
先に登り終えたサーヤが、下を向いて両手で指をさしていた。
「いいセンスだわ」
余裕あるな。
「ふたりとも、行くよ」
「はい」
「はーい」
メレスーロスに案内されて室内に。
俺たちが通されたのは、会議室みたいなテーブルとイスだけの部屋だった。そこには4名のエルフがすでに座って待っていた。ひとりはメレスーロスの姉。残りは老いた男女のエルフと、壮年のイケメンオヤジなエルフだった。
「よく戻ってくれた、メレスーロス」
ナイスミドルのオヤジエルフが、腹に響く低い声を出した。
メレスーロスはすぐに一礼した。
「お久しぶりです、森長様がた」
「うむ」
「おかえりメレスーロス」
老爺のエルフは不愛想に頷いただけだったが、老婆のエルフはにこやかな表情だった。
メレスーロスは顔を上げて言葉を続けた。
「まずは一年前、里から黙って出て行ったことを謝罪します。連絡もなく戻ってきたことに関しても同様です」
「うむ」
「元気そうでなによりだわ」
「……それよりメレスーロス。そこなる慮外者の説明をしろ。この里の現状を知ってのことか?」
オヤジエルフはジロリと俺たちを睨む。
眼圧すごいな。うちの父親と同じレベルだぞ。
「彼らはあたしの冒険者仲間ですよ。臨時パーティを組んだりする信頼できる友達です」
「ほう……人族の子どもが、貴殿と組めると?」
「ジュマンの森長様、お言葉ですがエルフが見た目で判断するなど、些か浅慮ではないですか?」
「ふっ。言うようになったな、お嬢」
「これも森長様のご指導のたまものですね」
冗談を言って笑い合うメレスーロスとジュマンの森長。
「こちらからも質問させていただきます。すでに姉から話は通ったと思いますが、守護部隊があたしたちを独断で襲撃しました。本来なら森の眷属への攻撃は禁止なはずでは? 一体、何があったんですか?」
「ふむ……」
ジュマンの森長は俺たちをチラリとみて躊躇う様子を見せた。
これはアレかな。部外者がいるから聞かせられないってことか。
「森長様。ここにいるあたしの友人は、襲撃を受けた被害者です。いくら事情があるからとはいえ、説明も謝罪もなしではエルフとしての礼節に欠けませんか?」
「一理はある。だが元守護隊長といえど貴殿の友人だというだけで、エルフの問題に踏み込ませるワケにもいかん」
「しかし――」
「羊人族」
俺はひと言だけ言葉を発した。
押し問答は嫌いじゃないが、まだ自己紹介もさせてもらってない。とりあえず口を挟んだのは俺たちにも意思があるという主張だ……決して、森長たちの後ろにいるお姉様の般若のような視線が怖くてガマンできなかったわけじゃないぞ。うん。
エルニは俺たちの頭上――すぐ上にいる。俺たちがこの里と無関係だと思われてるから仲間外れにされるだろ? なら先客の関係者だってことをアピールすればいい。吉と出るか凶と出るかは知らんが、どっちみちエルニの敵なら俺の敵だしな。
ジュマンの森長は、片眉を上げて唸った。
「彼女を知っておるのか。ではその従魔も?」
「俺たちの仲間ですよ。名はエルニネール。スライムはプニスケでしょう?」
「そうであったか……シルクークル。救世主殿をお呼びしろ」
「はい」
メレスーロスの姉――シルクークルは返事をして部屋を出て行った。横を通る時に俺に向かって舌打ちしたのは全員気づいていたけど、みんな聞こえない振りをした。絆が深まった気がした……俺以外の。
というか、救世主?
俺がいない間になにやってたのエルニさん??
少しすると、シルクークルはエルニとプニスケを連れて戻って来た。
「ん。やっときた」
『ご主人様なの! 会えたの~!』
ゆっくり隣まで歩いてくるエルニと、飛びついてきたプニスケ。
メレスーロスが俺たちが無事合流できたことにほっと息をついていた。エルニが転移した理由は不明だったけど、案内役のメレスーロスはずっと申し訳なさそうにしていたからな。
「では森長様。何があったのか、説明して頂けますでしょうか」
「うむ。まずは数か月前に流行り病があったのだが――」
ジュマンの森長は俺たちに説明を始めた。
内容を要約すると、こんな感じだ。
数か月前から、突然エルフの里で奇病が流行り始めた。
まず風邪のような症状が出て、次第に咳が止まらなくなり高熱を出す。どんな薬草を煎じて飲んでも治らず、しばらくすると手足が痺れるようになってくる。やがて四肢の先が石のように硬くなりはじめ、皮膚も灰色に変色していった。原因は不明で、手の施しようがなかったらしい。
エルフの渉外部隊はすぐにバルギアに赴き、ありったけの薬とキュアポーションを買い込んだ。戻って来たときには子どもと老人の半数ほどに初期症状が見られ、最初に発症した者はすでに足がまったく動かなくなっていた。
思いつく限りの対処を行ったが、目に見えた治療効果はなかった。ただ、キュアポーションを飲めば症状の悪化を遅らせることができたことで、原因が特殊な状態異常だということは予測できた。
病気ではなく、状態異常。しかも感染性の石化。
エルフの長い歴史でもそんな状況は初めてらしく、ひとまず渉外部隊がまたバルギアにキュアポーションを大量に買い付けに行ったらしいのだが、バルギアではキュアポーションがこぞって品薄だった。どうやら、キュアポーションの材料が市場に出回っていないらしい。普段はさほど高くないキュアポーションが、いまでは10倍の値段になっているタイミングの悪さも重なってしまい十分な量のキュアポーションを確保できなかったのだ。
それでも里のためにどうしてもキュアポーションが欲しかった渉外部隊たちは、近くの街に滞在していた商人と交渉して在庫のキュアポーションをすべて譲ってもらった。ただしその代金はとても高価で、少なくともエルフの里から持ち出した金貨で足りるような額じゃなかった。
それゆえ渉外部隊たちは商人とひとつの契約を結んだ。それは〝エルフの里に案内し、身売りを希望する子どもがいれば買い受ける〟というものだった。
エルフは森の眷属だ。滅多なことでは里から離れて暮らそうとしないし、そもそも自分の身を売る気なんてないだろう。誰も希望しなければ無料でキュアポーションを譲るようなものだったので、渉外部隊たちは楽観視してその契約を取り付けたのだ。
そして少し前に商人がやってきて、希望者を募った。
そしたら――
「幼いエルフたちが何人か、商人についていくことを希望したのだ」
手を挙げたのは9名のエルフ。全員、生まれて15年以内だという。
エルフの里では1年に1人のペースで新しい子どもが生まれる。長寿のエルフは子どもが出来づらいので、500名ほどの集落ではそれくらいが平均的だ。
つまり10年分の子どもたちが全員希望してしまった。
「あまりに不可解な状況だったが、商人は契約を盾にして子供たちを連れて行ってしまった。当然、里の者は猛反発したのだが……しかしキュアポーションを譲ってもらったおかげで生き延びていた命も多かった。それゆえ無茶なことはできなかったのだ」
そう語った森長だったが、実際は武力襲撃の一歩手前までいったらしい。
契約はエルフにとっても重要な意味を持つ。結局、渉外部隊たちへの責を問うものが多かったものの、子どもたちが売られるのを止められはしなかった。子どもたちも、なぜか商人に従順だった。
それから子どもの親たちを中心に、今回の件の対応を責任を問う声が多く広がっていった。とりわけ渉外部隊への反発が強く、任務を全うしたと言い張る渉外部隊と親たちの乱闘が起こったりもしたという。
変化が乏しいエルフの里に、珍しい混乱が起こっていた。
「さらに5日前、またもや状況が急変した。なぜか魔物がエルフの里を襲い始めたのだ」
魔樹の森は魔力を持つものすべてを惑わせる。それは魔物とて例外ではない。
ゆえに、森の眷属としての加護を持っているエルフや樹妖精など以外、まっとうな手段で森を抜けることなど不可能に近い。
たまたま迷った挙句に辿り着く魔物も時々いるらしいが、それでも年に数体だけだ。しかも道中キノコばかりでろくなエサもないので、弱り切った状態になっている。まるで森の要塞だった。
そんななか魔物が続々とエルフの里を襲撃。守護部隊が必死に応戦していたが、あまりの数と勢いにとうとう犠牲も出始めた時だった。
突然、聖樹が輝いてひとりの羊人族が現れた。
いうまでもなく、我がパーティの戦闘狂である。
エルニは転移してすぐ魔物を視界にとらえるなり、凄まじい威力の魔術を連発し、魔物の軍勢をあっという間に殲滅してしまった。
エルフたちはエルニを救世主として祀り上げた。森長がエルニに「事情もわからぬ中、どうして助けてくださったのか」と問うたところ、
「おなかはへる。あさはねむい。まものはころす」
エルフたちは、そのときの悟りきった様子のエルニの言葉に感銘を受けたそうな。その殺伐とした名言は、いずれ救世主像が出来たら碑文として残すらしい。アホかな。
兎に角、エルニは里を救った。
魔物の脅威はいったん去ったとはいえ、何も解決していない。渉外部隊と監査部隊が合同で調査した結果、魔物はバルギア方面から進んできたことがわかった。
そして感染石化の異常の原因も見つけた。
「それが、コレだ」
森長が懐から取り出したのは、梅干しの種みたいな小さな粒だった。
メレスーロスが眉根を寄せた。
「植物の種……まさか、原因は石化効果のある胞子?」
「よくわかったな。森の外に一本、見慣れない木があってな。その種が弾けたときに胞子をばら撒き、それを吸い込んだ者を石化させていくという恐ろしい植物だった。無論、すでに焼却しておいたが……だが胞子は肺に付着し、呼吸と共に拡散する。状態異常扱いだが広がり方は疫病のようなものだった」
「なるほど……それで持続的な石化効果というわけですね。ポーションも悪化防止にしか役立たなかったと」
「ああ。この数日、聖樹の森すべてを念入りに浄化しておいたので新たに状態異常が出ることはないが、キュアポーションも使い切ってしまった。治すに治せない状況なのだ」
「それで、あたしたちが襲撃を受けた理由は?」
「……この件が、バルギアの策略だと唱える者がいてな」
森長は悩ましげに頭を抱えた。
「我がエルフの里は魔樹に守られておる。それゆえ他の国家の影響も受けず、聖樹の森で採れる貴重な薬草や花を他国に卸すことで経済的に安定している。だが、かねてから隣国であるバルギアから交易のために魔森の開拓を打診されておってな……エルフが森を拓くなど言語道断だというのに、愚かな申し出よ」
「だから、力づくでことに及ぼうとしたと?」
「うむ。そう考える者も多く、いま守護部隊や里の若い者を筆頭にバルギアに対して武力による報復と、連れていかれた子どもたちを取り戻すことを目的とした〝闘争派〟という派閥ができあがってしまっておる。無論、子どもたちを奪還することは我らの総意だが……我ら森長は武力による解決は愚策と判断してエルフ全体の決定とした」
「なるほど、そんなことが」
「しかし〝闘争派〟は人数が多く、我々〝交渉派〟が民衆の代表とは名乗ることはできん。救世主の仲間よ……貴殿らを襲ったのは〝闘争派〟の代表格。本来なら我々が罰すべきどころだが、国民の過半数が彼らを支持している。ゆえにルール違反と知りながらも止められなかったのだ。まことに不甲斐ない。国家代表として謝罪する」
そう言うと、揃って頭を下げた3人の森長たち。
なるほどな。そのタイミングでバルギア方面から人族が来たら、そりゃ警戒するだろう。しかも勝手に家出してきたメレスーロスと一緒だ。怪しさ満点。
ま、実際はメレスーロスひとりでどうにかしたから被害はないし、許す以前の問題だけどさ。
「謝罪をお受けします。それとエルニ、この4日間どうだった?」
「ん。ごはんがおいしかった」
「そりゃよかったな。心なしか一段と丸くなって――あ痛だっ!」
杖で顔面殴打されたんだが? なんでエルニはステータスを超えてダメージ与えてくるんだよ。
エルニは救世主としていい扱いを受けていたらしいから、俺としてはエルフたちを責める理由もない。
「ごめんねルルクくん。こんな状況で連れて来ちゃって」
「メレスーロスさんのせいじゃないですよ」
「客人たちよ。せめてもの償いとして、滞在中はできるかぎりのもてなしを用意しよう。メレスーロス、彼らを上の部屋へ案内してくれ。貴殿には彼らの仲介役としての任を命じたい」
「かしこまりました、森長様」
「すまんが、外出はできるだけ避けてほしい。このような情勢なのでな」
ジュマンの森長がしかめっ面で言った。俺は頷いておいた。
それからすぐに俺たちはエルニが滞在している部屋へ案内されたのだった。
せっかくのエルフの里なのに、観光はできなさそうだ。




