竜姫編・14『え? プロポーズ?』
宿に戻る前に、買い物を済ませておくことにした。
部屋には広々としたキッチンがついているから料理もかなり捗る。とはいえ俺は料理人ではないので、実際の技能はさほど高くない。旅で作る料理はなんとか味付けで誤魔化せるが、家庭料理は素人同然。
幼女たちの腹を満足させるためにも、市場調査は必須なのだ。
「お、なんだこの香辛料」
「兄ちゃんどうだい、舐めてみな」
「うぺぺ! かっら!」
さすが大陸最大の都。食材から香辛料まで、見たことのないものもたくさんあった。店主に使い方や調理法などを聞いて勉強していく。俺の知識は全部プニスケに伝授してやるつもりだ。
もちろん酒も様々なものがあった。俺はまだ飲まないので門外漢だが、メレスーロスやテッサは酒を嗜むからお土産にいくつか買っていこう。
そういえばケムナも昼間から酒を飲んでたな。自由な冒険者らしいっちゃらしいけど……それにしては最初不機嫌だったな。仲間も見当たらなかったし、何かあったんだろうか。
少し気にはなるが、あまり首を突っ込むべきじゃないだろう。今度会ったらそれとなく悩みがないか聞いてあげよう。黙れ小僧、って怒られるかもしれないけどな。
「ただいま戻りました」
「おかえりルルクちゃん。ダンジョンで大変だったんだってね」
受付のテッサが出迎えてくれた。
ある程度はサーヤたちに聞いたんだろう。労ってくれた。
「お嬢ちゃんたちにサンドイッチ渡しておいたからね。昼食に食べな」
「ありがとうございます。これ、市場に寄ったからお土産です」
「あらお酒じゃないの! ありがと、晩酌にするわぁ」
喜んでもらえたようで。
そのまま部屋に戻ると、幼女たちの姿は見当たらなかった。
しかし奥にあるシャワールームから姦しい声が聞こえてくる。
そう、この宿は部屋にシャワールームがついているのである。さすがパーティ用の宿屋だ。
『ご主人様、おかえりなの!』
「ただいま。よしよ~し」
プニスケが飛びついてきたので、抱きかかえて撫でまくる。きもちいい。
「サンドイッチもらったんだってな。食べたか?」
『うんなの! ご主人様のぶんもあるの!』
「お、ありがとう。残してくれてたのか」
てっきり全部食べているとばかり。
食欲を我慢できるなんて、みんな成長したなぁ。
俺は感動しながらテーブルの上のバスケットを開けた。
「……す~……は~……」
深呼吸。深呼吸。
落ち着け俺。
まあ、たしかに? 俺の分は残っている。
パンとレタスが一切れずつだけな。
「――でね、最初に集まったのが一番レアなカードだったの」
「ん。すごい」
「でしょ? 運っていうか、もはや技術よアレは」
そこでタイミングよく(?)、シャワーから上がってきた幼女たち。
髪を拭きながら、カボチャパンツだけの恰好でリラックスしてらっしゃる。
「……あ、そういやルルクも一緒の部屋だったわね。服着たほうがいいかな」
「ん。もんだいない」
上半身裸の幼女たち。
うら若き乙女たちが恥じらいもないなんて問題しかない気はするが、そんなことはどうでもいい。
「おいおまえら、これはなんだ」
俺はバスケットの中身を見下ろして言った。
我ながら、氷のような声が出た。
「あ~……私は止めたのよ」
「ん。わたしも」
『ボクもとめたなの!』
じゃあ誰が食べたんだよ。
「……俺はさっきテッサさんから、サンドイッチをもらったと報告を受けたんだ。もちろん俺は喜んで礼を言ったぞ。腹も減ったし、飯をつくる前に少しでも何か口にしておこうと思うのは当然だよな。でも蓋を開けてみたらこうだったわけだ。ハムとチーズはどこだ? 俺のたんぱく質は? パンとレタスでどう力を出せばいいっていうんだ!」
「ね、ねえルルク」
「なんだ犯人その1」
「呼び方にトゲしかない!?」
そりゃそうだろ。
「え、ええとね、本当はルルクと一緒にあとで食べようかと思ったの。先にエルニネールとシャワー浴びて、そしたらちょうどいい時間に帰ってくるんじゃないかって。だけどほら、温泉旅館に泊まったらお饅頭とかお茶請けが置いてるじゃない? あれを思い出したのよ。お風呂の前に血糖値上げておかないと、立ち眩み起こして倒れるかもって」
「ほう……それで?」
「それでね、だから……あの……ごめんなさい」
俺のプレッシャーに耐えられなくなって土下座するサーヤ。
「ん……ルルク」
「なんだ犯人その2」
「おいしかった。ごめん」
悪びれず土下座に移行したエルニ。
『ご、ご主人様ぁ』
「なんだ犯人その3」
『ボク、お腹空いてたのぉ』
「うんそれなら仕方ないな。許そう」
プニスケはしょうがない。だってプニスケだもの。
「ずるい! なんでプニスケだけ!」
「ん! ひきょうもの!」
「本当に反省してんのかおまえら」
「「ごめんなさい」」
まったく、こいつらは……。
俺が呆れていると、扉がノックされた。
来客かな?
と思って扉を振り返ると、なぜか最初から扉は開いていた。俺が閉め忘れただけなんだけど。
廊下からひょっこり顔を覗かせたのはメレスーロスだった。
「ルルクくんたち帰ったんだって? お昼まだならシチュー作りすぎたから一緒にどうかって……思ったん、だけど……取り込み中だったんだね失礼しました!」
バタン!
と勢い良く扉を閉められた。
ここで客観的に状況を見てみよう。
部屋には仁王立ちする俺。
その足元で土下座をする上半身裸の幼女がふたり。
……うん、事案ですね。
「誤解です! 待って! 待って下さいメレスーロスさぁぁん!」
必死に追いかけた俺は、逃げようとするメレスーロスの誤解を解くのに一時間以上かかった。
「まあルルクくんたちの関係に口を出そうとは思わないけどね。恋愛も敬愛も仲間意識も自由なのが冒険者らしさだって思うしさ。でも、ちょっとはお互い気を遣わないとダメだよ。ルルクくんはサーヤちゃんとエルニネールちゃんをもっと女の子として扱わないとだし、ふたりはルルクくんにばかり甘えてはダメ。尊重し合えないパーティなんてのは、いずれ崩壊してしまうよ」
「……はい。すみません」
「肝に銘じます」
「ん。わかった」
ガチお説教である。
服を着た幼女たちと俺は、リビングの絨毯のうえで正座していた。強制されたわけじゃないけど、メレスーロスがちょっと怖くて自然とそうなった。
「……まあ、余計なお節介かもしれないけどさ」
「そんなことはありません。とてもありがたいご意見です」
「そうね。上質なママみを感じたわ」
「ん。ぼせい」
「そ、それはちょっとやめてくれるかなぁ」
さすがにママ扱いはイヤなようだった。
まだ未婚のメレスーロスは、結婚適齢期真っ只中だろうからな。
サンドイッチの恨みは、社会的抹殺の危機が到来したので綺麗さっぱりなくなっていた。パンとレタスがぽつんと残っているのが物悲しそうだが……あとでプニスケに食べてもらおう。
ちなみにメレスーロスが持ってきてくれたシチューは鍋いっぱいに入っているから、きっと同居人のドワーフの人と食べる気だったんだろう。良い匂いがする。
「働いてる鍛冶屋が忙しいらしくて数日職場に泊まるんだって。だから余ったんだよ。一緒にどうかな」
「助かります。これから作る気力もありませんでしたし」
「ありがとね!」
「ん。うれしい」
『おなかすいたなの!』
そんなこんなで、遅めの昼食をとり始めた。
シチューはデミグラス風の味付けだった。バルギアは欧風の食材も多く、煮込み料理がメインのようだった。
露店に売られていたのも、串焼きよりもカップに盛られたチーズ焼きみたいな形態が殆どだったし、マタイサやストアニアとはまた違った食文化だ。
なんにせよメレスーロスの作ったシチューはウマかった。仕事から帰ってきたら毎日食べたいくらいだぜ。エプロンを付けた美人妻が玄関で出迎えてくれて、俺の上着を受け取りながらこう言うんだ。
あなた、ご飯にする? お風呂にする? それとも……ムフフフ。
「ルルクくん、変な顔してどうしたんだい?」
「気のせいです(キリッ)。それにしてもメレスーロスさんは料理上手ですね」
「そう? 一般的な腕だと思うけど」
「確かにおいしいわよ。ルルクには負けるけど」
「こらサーヤ! すみません。サーヤは身内びいきみたいなところがあるので」
「いいよいいよ。確かに旅の途中で食べたルルクくんの手料理は絶品だったしね」
「光栄ですね」
「じゃあ次はルルクくんの手料理をおすそ分けしてもらおうかな」
ふふ、と笑うメレスーロスはいつもどおり美麗だ。
「それより、丸一日ダンジョンに潜ってたんだって?」
「はい。色んな事がありまして」
俺は大まかな流れを話した。
ただしセオリーのことは貴族の令嬢としか言わなかったし、隷属の話はもちろんハナからしていない。
「それは大変だったね。でも今更5階層で新発見の罠か。ちょっと違和感あるよね」
「やっぱりそうですよね? ふつう、上層階なんて探索し尽されてるはずですし」
それに、あの作為的な矢印も気になる。
ひょっとしてセオリーを嵌めた相手は、俺が想定しているよりもずっと大規模なのかもしれない。
同じ考えに至ったのか、サーヤが心配そうに俺の袖を引っ張ってくる。
ああ、わかってるって。
さて、セオリーの状態チェックのお時間です。
全裸でリラックス、ゆるやかな体温上昇……風呂に入ってるみたいだな。やはり貴族の屋敷に逗留中なんだろう。羨ましいぜ。
ただ、かすかに不安になっているみたいだ。俺の警告のせいか、それとも隷属紋が胸にあるせいか。そこまでは感じ取れないので、気にする必要はないけどな。
一応大丈夫だということをサーヤに目線で伝えておく。胸をなでおろすサーヤだった。
メレスーロスは窓からダンジョン方面を眺めてつぶやいた。
「ここのダンジョン、もしかしたら胎動期なのかもしれないね」
「……胎動期?」
「ダンジョンって生きてるでしょ。魔素や霊素の変化のせいで稀に起こるんだけど、新しい層や迷路が拡張されて、ルートが増える時期があるんだよ。その準備期間を胎動期って呼ぶんだよ。ちなみに変化している間は蠢動期って言って、ダンジョン内にいると運が悪ければ壁や床に押しつぶされて即死だよ」
「そんなことがあるんですか。知りませんでした」
「だろうね。ひとつのダンジョンで何百年に一度起こるかどうかの確率らしいから、人族の寿命のなかで出会うほうが珍しいよね。それに胎動期って判断されたら、蠢動期が起こるまでしばらく閉鎖されるし」
ダンジョンって、やっぱ迷宮生命体って呼んだ方がいいよな。
でも、もし現在胎動期だったらいまダンジョンに潜るのは危なくないか?
「そうだね。ま、胎動期なら他にも異変が多発するはずだからギルドが調査するでしょ。蠢動期に移行するのも数か月後とかだろうし、まだ焦らなくてもいいだろうからね」
「なるほど。じゃあ俺たちがどうこうする必要はない、と」
「そうだね。もっとも下層のフィールドダンジョンに居座ってるっていう、Sランク冒険者パーティの子たちには警告してあげないとだけど」
「へえ。Sランク冒険者パーティですか」
「【白金虎】って名前の冒険者たちだよ。バルギアを拠点にしてて、かなり有名で人気もある実力者たちなんだ。剣士、盾職、斥候、従魔士、純魔術士のバランス型で、よくギルドの教練でもパーティ戦闘の手本にされてるよ」
ふむふむ。
じゃあさっきのケムナは、その【白金虎】のメンバーだったんだろうな。ダンジョンに潜らずひとりでギルドで飲んでる理由は、考えてもわからなさそうだけど。
「メレスーロスさんは物知りですね」
「伊達に長く生きてないからね。知りたいことがあったらどんどん聞いてね。ルルクくんたちになら、いくらでも情報教えちゃうから」
「なんかもらってばっかりで悪い気がしますが……あ、ならお言葉に甘えてふたつ聞いてもいいですか」
「なにかな?」
「ひとつは、隷属紋の解除方法を知っていれば教えて欲しいんですけど」
「隷属紋? 奴隷じゃなくて、従魔のほうでいいんだよね?」
キョトンと首をかしげたメレスーロスは、プニスケを眺める。
もちろんプニスケには隷属紋はない。プニスケの『眷属化』は下級スキルだ。俺の眷属として認識されるだけで、特に感覚の繋がりも誓約もないシンプルなものだ。
「はい。もちろんです」
「うーん……ごめん、知らないや」
「そうですか。ではもうひとつ、特定の人物の居場所を探知する術式って知ってますか? 魔術でも、神秘術でもいいんですけど」
こっちは、魔族が破滅因子――サーヤの『万能成長』を探し当てた術式だ。
これの方法がわかれば、防ぐ方法もわかるというものだ。ひとまずバルギアまで来たから、本腰を入れようと思っていたのだった。
「ええと、探すのは人物かな? それなら占星術を使えばいいよ」
「占星術ですか。理化秘術ってやつですよね」
「そうそう。占星術は、世界樹と星の配置から漠然とした情報を引き出せるんだけど、術式対象の独自性が高いと精度が増すんだよね。たとえば誰かが〝ルルクくん〟って存在を占うと、同名の他人も同じように占ってしまうからあらゆる情報が混濁する。けど、目の前に本人がいればその本人のことを占えるよね。そんな風に探してる人物の情報がより具体的になればなるほど、引き出せる情報が多くなっていくよ。ま、それでもザックリした範囲のことしか分からないけどね。どの街にいるとか、それくらいかな」
なるほど。
つまり『万能成長』がサーヤ独自のスキルであればあるほど、細かく探知されるというわけか。
……いや、唯一無二だろ、こんなチートスキル。
そりゃ魔族もサーヤの場所や環境がわかるわけだ。
ってことは、サーヤの現在地は常にある程度知られてると思った方がいい。
「ちなみに、占星術から身を隠す方法とかって知ってますか?」
「それならあたしの地元に【星隠しの花】っていうのがあるよ。エルフの薬農家が育ててる花で、〝盲目〟解除とリラックス効果があるから煎じて飲まれてるんだけど、占星術も防いじゃう副作用があるから」
「あるんですか!」
さすがに吃驚した。
え、じゃあそれをサーヤに飲ませればいいんじゃね?
サーヤも俺を見てブンブン頷いている。
「その【星隠しの花】はどうすれば手に入れられますか?」
「えっと、エルフの里に来れば普通に買えるけど……」
「メレスーロスさん! 俺たちをエルフの里に案内していただけませんか! ギルドで指名依頼するのでお願いします!」
綺麗なお辞儀を決めた俺だった。
メレスーロスは驚いた表情をしたものの、すぐに困ったような反応になった。
「うーん……ルルクくんたちなら、連れて帰っても危険なことはないだろうけど……」
「な、何か不都合が?」
「ほら、あたし親と大喧嘩して出てきたって言ったじゃない。帰ったらまた耳にタコができるくらい同じこと言われるから、あまり気乗りしなくて……」
そうだった。
メレスーロスが嫌がるなら、もちろん無理に頼む気はなかった。
……でも、ちょっとだけ粘ってみたい。せっかくのチャンスだ。
「ちなみに、大喧嘩の理由を聞いても?」
「恥ずかしい話なんだけど、あたしがいつまで経っても……あっ」
と、メレスーロスはぽんと手を打った。
「ルルクくん、あたしのお願いも聞いてくれないかな。そしたら連れてってあげる。指名依頼なんかしなくても、交換条件でさ」
「メレスーロスさんの頼みなら断るわけがありません。竜王がムカつくからぶっ飛ばしてくれ、とかでも任せて下さい。勝てないので骨は拾ってもらいますけど」
「あはは。そんなムチャぶりじゃないよ」
と、美人のエルフははにかんで言った。
「あたしの結婚相手になってくれない?」
爆弾発言がさく裂した。




