竜姫編・13『神秘の子』
「そうでしたか。ご報告ありがとうございます」
バルギア冒険者ギルド、一階酒場の隅の席。
ダンジョン管理課の若い職員(既婚女性。ここ大事)にダンジョン5階の即死級トラップを報告すると、彼女はすぐに調書の作成を始めた。
手元の調書に書き込みながら、職員は苦笑を漏らす。
「こう言ってはなんですけど、その罠にかかったのが貴方でよかったです。他の冒険者であれば、まず生きていなかったでしょう。さすがストアニアで話題になった〝神秘の子〟ですね」
「……え? いまなんと?」
聞き逃せない単語が聞こえたぞ。
職員は手を口元に持ってきてクスリと笑った。薬指の結婚指輪がキラリと光る。
「ストアニアダンジョン100階層をクリアした二人組の幼い冒険者のことは、各エリアのギルドで噂になってますよ。ルルクさん、貴方がその〝神秘の子〟で、相棒の魔術士が〝滅狼の羊〟でしょう?」
「え~マジか。噂になってんの」
修行中は自重しなかったからな。目立ちすぎたかな……。
「先月、ストアニアのギルドマスターからの通達で貴方たちが100階層をクリアしたことと、Aランク冒険者に推薦した旨が〝複写器〟で送られてきたときは、うちのギルドでも大騒ぎでしたからね。13歳でAランクに推薦は歴代でもトップ10に入る速さだと思いますから」
「そ、そんなことが……って、複写器? なんですかそれ」
現代社会でも聞き覚えのある単語に、つい好奇心が。
「各エリアのギルド本部にある神秘術器ですよ。ひとつの複写器で書いた文字が他の複写器でも自動で記述されるんです。おかげでギルド本部同士であればスムーズな連絡が取れるんですよ。賢者様、さすがですよね」
おお、そんな道具を800年前に作ってたのか。たしかにすごいな神秘術の賢者。
いやまあ、それは置いといてだな。噂のことも深堀りしないでおいたほうが身のためな気がするし。
「それでもうひとつ、知ってたらでいいんですけど聞きたいことがありまして」
「どうぞ。なんでも聞いてください」
「従魔契約のことなんですけど、ギルド内に詳しい方はいますか?」
「あら。ルルクさんは従魔士にご興味が? もちろん思い当たる方は何名かいらっしゃいますけど……紹介するのは、内容によりますよ?」
「隷属紋のことです。具体的には、隷属紋を強制的に解除する方法などがあれば教えて欲しいんですけど」
「隷属紋の解除ですか。……その隷属紋はもちろん従魔契約のことですよね? 犯罪奴隷ではなく」
「もちろんです」
ちょっとだけ疑いの目を向けられた。
犯罪奴隷を解放したいと目論むやつらも一定数いるんだろう。当然違うので、すぐに否定しておいたけど。
「そうですね……隷属紋付きの従魔契約は、上級以上のテイムスキルの証だと聞いたことがあります。実際に話を聞くなら、腕のいい従魔士に聞くのが一番だと思いますよ」
「このギルドに、そういう人はいますか?」
「ええ。かなりの有名人がいますよ。ほら、あそこに」
職員が指したのは、酒場の反対側に座っている金髪の男だった。
場末の不良みたいなイカツイ座り方で椅子に腰かけて酒を煽っている。その隣では湯浴み衣のような薄い服を着た、スタイル抜群の獣人のお姉さんが酌をして……いや、獣人じゃない。
狐の魔物だ。
「彼がこのギルドの英雄――Sランク冒険者ケムナさんです。この街出身で、ずっと竜都フォースで活躍している方ですよ。お話を聞くなら彼以上の適任はいないと思います」
「ありがとうございます。ちょっと聞いてきます」
「はい。それではご報告ありがとうございました」
そう言って席を立った俺は、ケムナという従魔士に近づく。
そもそも従魔士自体が珍しいのにSランク冒険者とは。本人の実力も高そうだ。
――――――――――
【名前】ケムナ=ケモノスキ
【種族】人族
【名前】ホタル
【種族】霊狐(ケムナの眷属)
――――――――――
霊狐か。
狐系の魔物でもかなり珍しく、強い個体だとAランクでも上位に位置する実力があるという。幅広い魔術を使うって聞いたけど、実際に見たのは初めてだ。というかおっぱいデカい。美人だし。
そんな魔物(胸の話じゃないぞ)をはべらせたSランク冒険者は、俺が近づくと鋭い目つきをこっちに向けてくる。
「あん? 何か用か小僧」
ちなみにケムナは29歳。確かに俺はまだ小僧だ。
俺は一礼して立ち止まる。
「いきなりすみません、俺はルルクといいます。昨日このバルギアの街に着いたばかりでして、ケムナさんが凄腕の従魔士だと聞いて挨拶に伺いました」
「……チッ。んな面倒なこと必要ねぇよ。勝手に活動しとけ」
シッシッと追い払おうとするケムナ。
まあSランク冒険者ともなると、新米冒険者に絡まれるのは慣れているんだろう。他の冒険者からの憧れの的だしな。いまも遠目にチラチラ見ている冒険者もいるし。
「実はケムナさんに、折り入って相談したいことがありまして」
そう言いつつ銀貨を取り出して給仕に渡そうとしたが、ケムナは心底うざったそうに顔を歪めた。
「だから、そういうのは受けてねぇんだよ。酒もガキの金で飲むほど落ちぶれちゃいねぇ」
「ではどうすればお話を聞いていただけますか?」
「とっとと帰れ。せめてAランクくらいになってからにしろ」
うーん。あまり友好的とはいかないな。
ま、こっちの都合で話しかけてるんだからしょうがない。
「わかりました。では、ギルドマスターに相談してからまた来ます」
「……は? てめぇなんつった」
額にしわを寄せたケムナ。かなり眼力があるな。
俺はそのまま説明する。
「Aランク冒険者であればお話を聞いていただけるということなので、ギルドマスターに推薦を頂こうかと思いまして」
「いやてめぇ、バカか? 小僧が何言って――」
「すでにストアニアのギルドマスターからの推薦もいただいてますので、あと一名の推薦があればAランク冒険者に昇格できますから」
「てめぇがBランクだと?」
酒を零す勢いで立ち上がったケムナ。
その腕を優しく引いて、落ち着かせようとする霊狐のホタルだった。
「はい。恥ずかしながら、ストアニアでは〝神秘の子〟と呼ばれていたらしいです」
「……てめぇが例の神秘術士ってのか」
ケムナは大きく舌打ちをしてから、疲れを見せるように座った。
俺のことも知っていたらしい。まあ、このギルドにいれば話くらいは聞くだろうからな。
「で、その噂のルーキーが俺に何の用だ? 言っとくが俺は根っからの従魔士だぞ? 神秘術なんて見たこともねぇからな」
「もちろん従魔契約のことについてですが……その前に、情報料はいくらが望ましいですか?」
「あん? てめぇ金払うつもりかよ?」
「当然ですよ。餅は餅屋……専門家に話を聞くんです。無償でなんて失礼ですし、価値のある情報には同等の対価を差し出すのが基本でしょう?」
なにより実際に金を払うことで、虚偽の情報が出てくることを防ぐのだ。
嘘をついたら金をもらう以上は詐欺になるからな。嘘はつくなよ、という牽制の意味が大きい。
「……なるほど。確かにてめぇ、タダの子どもじゃねぇな」
「平凡な小市民ですよ。それでどうですか。言い値で払います」
「言い値ってバカか……ああいや、ストアニアで100階まで行ったんだっつうなら金もあるってワケか。生意気だなストアニアのルーキーはよぉ」
「すみません。そんなつもりは」
「冗談だ。つっても、俺も金に困ってるワケじゃねぇし……そうだな。てめぇ従魔契約したことはあるか?」
思いついたように聞いてくるケムナ。
俺は正直に答えた。
「はい、あります。2体従魔がいます」
「……あん? 2体だと?」
「ええ。それがなにか?」
もちろんプニスケとセオリーのことだ。
まあ種族を聞かれたらスライムと……そうだなぁ、小鳥とか適当に答えるつもりだけど。
「いや、てめぇどうやった!? 普通、同時に二体テイムすることなんてできねぇだろ!」
「え、そうなんですか?」
それは知らなかった。
でもたしかに、セオリーの王級スキルでも同時に1体まで、だったな。
あれがデフォルトの仕組みだったのか。
「もしかして、それも神秘術ってやつか?」
「ああいえ違います。2体とも、どっちも俺からテイムしたわけじゃないんですよ。そもそも俺自身はテイムスキル持ってないですしね。そんな気はなかったのに向こうから勝手に眷属になったんで、俺としては不可抗力なんですよね。まったく迷惑な話ですよ」
「……く、くははははっ!」
いきなり腹を抱えて笑い出したケムナ。
「魔物から一方的に眷属になるって、そんなこと初めて聞いたぜ! 気に入った! てめぇ、思ったより面白れぇやつだな……よし、決めたぞ。情報の対価はてめぇの従魔の強いほうと俺の従魔のコイツ――ホタルを戦わせるってのはどうだ。もちろん模擬戦で、だ」
「それは……まあ。本人たちが望めばですけど」
「望めば? 意思疎通できるってのか?」
「ええまあ。喋れますし」
「ほぅ。少なくともAランク魔物かよ。さらに気に入ったぜ小僧」
目をキランと光らせるケムナ。
残念ながら、最弱のスライムと最強の竜種っていう両極端な二体ですけどね。そしてどっちが強いかというと、もちろんプニスケである。そもそもセオリーを紹介する気はないけどさ。
「よし、良いだろう。気分が良くなってきたぜ。なんでも聞きやがれ」
本当に上機嫌な表情になったケムナ。
とりあえず、さっきは止められたけど給仕に酒を追加してもらおう。俺も果実水をもらっておいた。
「ではまず、隷属紋が発生する従魔契約の条件を教えていただけますか?」
「上級スキルからだな。隷属紋は肉体を縛ることができるから、従順度が中級までのスキルとは桁違いになる。犯罪奴隷にかける隷属契約と同じ原理だから、使役方法はそっちを想像してくれりゃあわかりやすい」
「なるほど。では従魔契約の隷属紋ですけど、それに種類や違いはありますか?」
「基本はスキルのランクによって違う。上級スキルは〝主従の互いの位置〟が感知できるようになる。王級スキルはさらに〝体調や感情〟まで感知できるって話だ。伝説に出てくるような極級スキルになると、そもそも1体だけじゃなくて何体も契約できるって言われてるな。そんな従魔スキルあるとは思えねぇけどよぉ」
ふむふむ。
セオリーの『強制隷属』は王級スキルだから眷属の状態まで確認できるのか。
確かに、いまもセオリーの感覚を意識すれば把握できるんだよな。ちなみにセオリーはいま、猛烈に尿意を我慢している。マジでどうでもいいタイミングだったわ。
セオリーのスキルはそれだけじゃなく、眷属へのステータスバフも含まれてる。これはおそらく〝覇王系〟っていう分類が関係してそうだな。
「あとは、ケムナさんが知ってたらでいいんですけど、隷属紋を解除する方法ってありますか?」
「んなもん、主人側から解除すればいいだけだろぉが」
「それができない場合です」
「あん? ……ああ、主人が何年も昏睡してたりしてりゃあムリな場合もあるか。しかし隷属紋の解除、ねぇ……」
しばらく考え込むケムナ。
じっと待っていると、どこか遠くを見るような目をして言った。
「実際に見たことはねぇし、噂程度だがな……従魔士たちの間でよく語られる英雄譚に〝解放の悪魔〟っていう敵が出てくるんだが」
ガタッ!
膝が勝手にソワソワし始める。
俺は全力で抑えた。なんとか耐えた。厳しい戦いだった。でも封じられたはずの膝がまだ叫んでいる……ソノハナシクワシクゥゥゥ。
「その悪魔ってのが、主人公の従魔契約を勝手に解除して野生に還してしまうっていう極悪非道なやつでな。物語では『解呪』って名前のスキルだった。そんでそいつは悪魔っつうから魔族なわけで、英雄譚も実話を基にしたって話だから……ま、そういう噂があるってことだ。本当だっていう保証はしねぇぞ」
なるほど、スキルか。
たしかにそういう効果があるものなら、隷属紋も消すことができるんだろう。
しかし魔族のスキルか。物語の敵役が魔族で語られることが多い世界だから、本当に魔族のスキルだったのか怪しいけど……。
でも、手がかりはひとつ手に入れたぞ。
俺は腰を浮かせてまた一礼。
「ありがとうございます。勉強になりました」
「おぅよ。てめぇも約束忘れんなよ。ヒマなとき従魔バトルすっぞ」
まるでデュエリストみたいなことを言いながら、ケムナはホタルの耳を撫でた。ホタルは幸せそうな顔でケムナの肩に頭を乗せていた。パッと見はいちゃついているカップルにしか見えない。
俺も狐耳、もふもふしてみたいな。




