竜姫編・12『領域調停』
「『強制隷属』」
そのつぶやきが聞こえた瞬間、俺が振り返るより速く幼女たちが弾けるように動いた。
サーヤが両手を広げて俺の前に立ち塞がる。
エルニが『エアズロック』を唱えて、セオリーを拘束した。
ふたりとも人間の限界を超えた反射神経をみせてくれたが……いや、そんなに速く動けるなら普段の魔物相手にもうちょっと使っておくれ。とくにサーヤ。
まあ、俺を庇おうとしてくれたことには感謝だけどさ。
「ルルクだいじょうぶ?」
「じゅつ、といて」
サーヤが振り返り、エルニがセオリーを睨みつける。
セオリーが何をしたのか聞くまでもないが、とりあえず俺はサーヤの頭をぽんと撫でて礼を言っておく。
「さんきゅ。でも大丈夫だ」
スキル通知に表示されてるしな。
――――――――――
>『領域調停』が発動しました。
>>『強制隷属』を無効化しました。
――――――――――
ロズから受け継いだ『虚構の視界』があるいま、数秘術がチートの権化であることも容易に理解できる。
【『数秘術7:領域調停』
>〝自己〟と〝他〟の領域を設定・拡張・調整できる極級スキル。
>>攻撃性のある干渉行為への自動防御と、自己の自動復元を兼ねている。領域を司る調停者 】
説明が香ばしくて少しわかりづらいが、ここまで実験しながら旅してきたので、どういうスキルなのか俺には把握できている。
自動型効果は〝他〟からの干渉拒否。つまり、俺への攻撃は一切受け付けないってことだ。
ロズの不老不死体質とは原理は違うが、俺もこれで不死同然になったのだ。俺の場合はどんな攻撃でも無効化するって意味だけどな。
以前の『自律調整』は俺の傷を治すスキル。
進化したらそもそも傷や支配を受けなくなった。これをチートと言わずになんというのか。
「ってなわけで、セオリーのスキルも無効化したわけ――」
「い、いやあああっ!」
唐突にセオリーが苦痛に顔を歪めて叫び出した。
しかし体を空気ごと固められているので身動きが取れず、何が起こっているのかわからない。
「エルニ、解いてやれ」
「ん」
セオリーはすぐに倒れた。
激痛に呻くように、胸を抑えている。
「どうしたの!」
サーヤが駆け寄って、アイテムボックスからポーションを取り出して飲ませた。
だが苦悶の表情は変わらず、ギュッと胸のあたりを服ごと握りしめていた。フリルをあしらった服がクシャクシャだな。
「ちょっとゴメンね! 見せて!」
サーヤは力づくでセオリーの服の胸元をはだけた。
おっと……。
竜姫はまだまだ発展途上だと思っていたが、意外と着やせするタイプだな。手足は細いが胸の発育は良い。これはさらに将来が楽しみだ……。
なんで目を逸らさないのかって? バカ野郎、俺はセオリーを心配してるんだ。ちょっとした傷でも見逃すつもりはない。決して下着をつけてない艶やかな白肌に見惚れてるとかじゃないんだからな。それにほら、俺は何もしていないから咎めるならサーヤにしてくれ。ただしサーヤは俺が弁護するぞ。
「……ルルク、これって!」
サーヤが、俺に見せつけるようにより一層セオリーの胸元を開いた。ボタンがいくつか飛んでった。
大事な頂点部分はギリギリ見えていないが、それ以外はほぼ丸見えだ。俺はその整った膨らみの根元を注視する。
いや、今度はマジで下心じゃないぞ。
「ああ。隷属紋だな」
セオリーの胸に刻まれていたのは丸みを帯びた紋章だった。
隷属紋は、隷属契約のうち犯罪奴隷にのみ刻まれる、主人への抵抗が不可能になる服従の印だ。金銭契約で縛られている経済奴隷とは違い、隷属紋が刻まれた者は行動に制限がかかる。
程度にもよるが、最低でもそれこそセオリーが使役していたミミックキャットのように、魔物に突っ込めと命令されたら死ぬと分かってても抵抗できなくなるレベルのものだ。
それがなぜセオリーの胸に――なんて、俺は疑問に思わなかった。
――――――――――
>>>【個体名:セオリー=バルギリア】を眷属化しました。
――――――――――
そしてセオリーの種族欄には【種族:竜種・真祖(ルルクの眷属)】とあります。
はい。つまり、そういうことです。
俺のスキルが自動で反撃もしてくれたらしい。
いや、落ち着いてる場合じゃなくね?
「……まさかルルク」
ゴクリ、と唾をのむサーヤ。
「14歳の女の子を奴隷にした!?」
おい、言い方に気をつけろよ。
確かに事実だけみればそうなんだけどさ、不可抗力じゃね?
そもそも、俺がセオリーに奴隷にされようとしてたんだぞ。いや、この場合は従魔って言った方が正しいのか。
「ん。なぜこうげきした?」
セオリーに問いかけるエルニ。
エルニは常に冷静だな。俺の冷静沈着よりセンパイしてる。いや、若干殺気が漏れてるから引き分けにしておこう。
痛みが引いてきたのか、セオリーは額に汗を浮かべながらゆっくりと身を起こした。
「……ごめんなさい」
力なく項垂れる中二病。眼帯が外れてるのに気づいてないのか、両目から涙を流している。
謝るより、なぜ俺を隷属させようとしたのか教えて欲しい。
俺がそう言うとそれが命令だと判断したのか、セオリーはやけに素直に語りだした。
ダンジョン下層に落ちてきて、とても不安だったこと。
自分を騙すこともできずに、感情を制御できなかったこと。
俺が怖かったこと。
色々話して、もう守ってくれないんじゃないかと思ったこと。
絶対に味方になってくれるように、スキルを使ったこと。
ちなみにセオリーのスキルの詳細はこうだった。
【『絶対隷属』
>竜種以外の対象一体に作用する〝覇王系〟の王級スキル。
>>レベル・種族などを問わず必ず眷属にすることができ、あらゆる命令を強制できる。眷属は同時に一体のみ存在でき、隷属対象が消失したときのみ再度使用可能。眷属は主人のレベルに応じてステータスの増加の恩恵を受けることができる。主人と眷属は互いの居場所や状態をいつでも感知できる。覇者と重臣の絆 】
ふむ。〝覇王系〟とは珍しいが、これが竜種の種族スキルだろう。
かなり強力なスキルだな、ミミックキャットが強くなった理由も理解できる。同時に一体のみって制限があるものの、どんなレベルや種族でも隷属できるってことは、おそらくSランク魔物でも簡単に従魔にすることができるんだろう。普通なら極めて恐ろしいスキルだ。
上位のカウンタースキル持ちの俺にかけたことが不運だったんだな。
セオリーは俺の足元で土下座した。
「本当にごめんなさい」
「いいよ」
「軽っ!?」
サーヤがツッコんだ。
とはいえセオリーの内心に気づかなかった俺たちも悪いしな。
確かに冒険者でもない少女が、いきなりダンジョン下層にまで落とされたら感情ぐちゃぐちゃになるよな。竜種だから大丈夫だろうとか勝手に思ってた。反省。
「ちなみにセオリー。隷属契約の解き方は理解してるか?」
「う、うん……眷属が死ねば、またスキルが使えるもん」
「ってことはセオリーが死ぬしかないか」
「ひっ」
怯えるな、冗談だよ。
それにスキルの持ち主はセオリーだ。死んだらスキルは使えないし、死ぬまでスキルは使えない。
……あれ? こいつ、詰みなのでは?
もっとも隷属してるって言っても、俺が命令しなけりゃ効果はない。セオリーのスキルが使えなくなるだけだから、そこまで深刻な事態ってわけでもないだろう。
そんな風に気楽に考えてると、サーヤがぽつりと言う。
「それでどうするの? 竜姫を奴隷にしたなんてバレたら竜王に殺されない?」
「なんとしても解除方法を探すぞぉおおお!」
速報!
俺氏、命のカウントダウンがスタートしました!
あわわわわわ。ブレス一発で数万のゴーレムを粉砕する最強生物だぜ。俺なんか虫ケラだよ、ぷちっと踏み潰されて終わりだよ。はやくダンジョン出て逃げなければ。どこに行こうかな、魔族領とかに行けば竜王も入って来れないかな?
「ん。ルルクはまもる」
「あはは。でもまあ、まずは脱出ね」
それもそうだな。
俺も冷静沈着のおかげで竜王への恐怖心は……まあ消えないけど……とにかく理性で行動できるのだ。隷属契約を解く方法を探すにしても逃げるにしても、ここから出ないことには始まらない。
「それじゃ、なるはやで脱出するぞー」
「おーっ!」
「ん」
盛り上がる俺たち。
その後ろで、セオリーがシュンとしている。
うーん、切り替えるのも難しそうだな。仕方ない。
「セオリー、まだ俺が怖いか」
「……うん」
「そうか。なら命令するから覚悟しろ」
「っ」
ビクッとしたセオリーに向かって、俺は告げる。
「いつも通りにしろ」
命令は至ってシンプル。
セオリーは最初、余裕があるフリをするためにも中二病のテンションを続けようとしていた。その努力を折ってしまったのは他でもない俺だったが、今度は無理やりにでもそのテンションにもっていかせる。
俺の命令は絶対だ。
セオリーは目を見開いて、すくっと立ち上がった。
「我は恐怖の大王の眷属、シャドウ=ダークネス! 大王の圧政を超越し、世界を破滅より救う混沌たる影の一族なり!」
おお、元気が出たじゃねぇか。
ちょっとめんどくさいやつだけど、好きなことしてる時のほうが怖がってる時より何倍も可愛いな。俺には心を開いてくれなさそうだけど、それはまあ仕方ないだろう。
……でも、ひとつ言わせてもらうなら。
「誰が恐怖の大王だよ」
□ □ □ □ □
俺たちが転移装置を見つけたのは、下層に落ちてから丸一日経った頃だった。
さすがに50階域にもなると迷宮自体がかなり広い。エルニの順路案内があってなおコレなのだ。手探りで進む他のパーティには同情するぜ。
装置にたどり着くまでに3回長い休憩を取っていた。俺とエルニだけならそのまま進んだだろうけど、サーヤとセオリーにとっては初のダンジョンだ。壁に囲まれた空間はいつも以上に気を遣う。
今回のことでよくわかったが、心はどんなスキルをもってしても視えないのだ。パーティとして行動している以上、全員が安心して動ける状況をつくりたい。
「あれが転移装置! やった!」
「ふっ……これぞ運命に導かれし我が蒼穹の標。彗星が如き速度でその腕に抱かれん……」
「早く出たいのね。わかってるって」
サーヤとセオリーが小走りで装置に近寄って、俺たちを手招きする。
もちろん渋る理由もないので、そのまま全員で転移。
外に出ると、太陽が正午に近いことを教えてくれた。
俺とエルニのギルドカードを見てギョッとする受付嬢をしり目に、退場手続きを済ませた。
ちょうど昼時で広場は閑散としていたけど、屋台からは良い匂いが漂ってくる。とはいえダンジョン内でちゃんとした食事はとっていたから、ハラペコたちも駄々をこねることはなかった。エルニは涎を垂らしていたけどな。
「じゃ、ひとまず帰るか。丸一日潜ってたからちゃんと休むぞ」
「はーい」
「ん」
『やすむなの!』
ちなみにプニスケはダンジョン内でも、いつも寝る時間になったらぐっすりだった。体内時計が優秀なんだろうな。
「わ、我は……」
セオリーが胸をぎゅっと抑えて俺を見た。
まだ俺を見る目は怯えてるが、簡単に克服できるようなものじゃないだろう。それにいまは俺が主人だしな。
「どうする? ダンジョンでも言ったとおり、セオリーが狙われたと思う。わざわざダンジョンで罠に嵌めようとしたってことは、直接手出しをしては来ないだろうけど……不安だったら俺たちと一緒に来てもいいぞ」
どっちにしても俺が命令すれば拒否はできない。
でも俺は、竜姫とこの国の貴族の関係は知らない。セオリーには立場もあるだろうし、そこは俺が口出しするようなことじゃないだろう。
万が一、セオリーに危険が迫ったら助ける気ではあるけどな。もう赤の他人ってわけじゃないんだし。
セオリーは首を振った。
「……帰る」
「そうか。気をつけろよ」
「……うん」
しおらしく頷いて、俺たちから背を向けたセオリー。
最後にサーヤに向けて寂しそうな視線を送ったが、サーヤは小さく頷いただけで何も言わなかった。
セオリーが見えなくなると、俺は頭の上にいたプニスケをサーヤに預けた。
「じゃ、先に帰っててくれ」
「どこか行くの?」
「ちょっとギルドにな。色々と報告と質問しに行く」
まずは5階の罠の件だ。
毒蛇とマンイーターは潰したが、ダンジョンなら数日で復活するだろう。そもそも催眠ガスと落とし穴の時点でふつうは即死級トラップ認定だからな。報告は必須。
それと隷属紋の強制解除の方法も聞かなければ。いままで奴隷を買う予定なんてなかったから、そのあたりの知識は聞きかじった程度しかない。ただ、セオリーのスキルが普通の隷属スキルと同格とは思えないんだよな……。
「じゃあ先に帰ってるわね」
「おう」
「あ、ひとりになったからってこっそりセオリー呼び出して、えっちな命令したらダメだからね。そういう命令は私とエルニネールが聞くから、他の眷属はダメよ?」
何言ってるんだこのマセガキ。
そもそもおまえら俺の眷属じゃないだろう。
ほらエルニ、このエロ娘に何か言ってやれ。
「ん。わたしだけでいい」
そうじゃねえだろ。
『おねえちゃん、えっちってなになの~?』
「えっと……」
純粋なプニスケの質問に、視線を泳がせるサーヤ。
オイこら、変なこと吹き込んだら承知しないぞ。
「……エルニネール、答えてあげて」
「ん。ルルクをいじめること」
『なの~? じゃあボク、えっちキライなの……』
しょぼんとしたプニスケ。
え、ちょっとまって。
エルニ……おまえその言葉、本音か……?
羊幼女の性癖暴露に、俺もサーヤもドン引きなんだが。
「……んふ」
無表情に微かなニヤリを浮かべるんじゃないよ。怖いよ。
やっぱこの幼女が一番侮れんな。




