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神秘の子 ~数秘術からはじまる冒険奇譚~【書籍発売中!】  作者: 裏山おもて
第Ⅱ幕 【虚像の英雄】

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竜姫編・11『強制隷属』


「ひとまず落ち着いてくれ、俺たちはサーヤの仲間だ」


 敵意がないことをアピールする優しい冒険者の代名詞、俺。


 中二病娘は漏らしそうなほど怯えてるから、まずは警戒を解いてもらうことからだ。

 とはいえ全身丸飲みにしたプニスケだけじゃなく、マンイーターを一撃粉砕した俺に対しても恐怖心があるのか、近づいたら後ずさってしまった。


「大丈夫ですよ。このひとはルルクと言って、私の仲間だから安心してください」

「で、でも……」


 竜姫は震える指で俺をさした。


「そのニンゲン、マンティ殺したもんっ」


 は?


 ……ああ、確かにマンイーターに食われたミミックキャットごと蹴り砕いたからな。俺が蹴らなくても溶けて死んでただろうけど、確かに死因は俺の蹴りだった。

 従魔が死んだ瞬間がわかるなら、それがケリを放ったタイミングだったんだろう。


「えっ、マンティちゃん死んだの?」

「かくかくしかじかでな」


 ひとまず状況を説明する。

 そもそも、おまえがビビッて投げたんだろうが竜姫や。

 サーヤはため息をついた。


「従魔をマンイーターに向かって投げたって、本当?」

「そ、そうだけど……仕方なかったもん」


 というか口調、素が出てるぞ。

 まあ中二患者は話し辛いからしばらくこのままでいいけどな。


「はぁ。ルルクが魔物を倒した余波で死んだのは本当みたいだけど、マンティちゃんが死んだ原因はシャドウ様にもあるわね。今度から従魔は投げないって約束してください。それとシャドウ様を助けたのはルルクなんだから、今回のことは水に流すことで手打ちってことにして欲しいわ」

「うう、わかったもん……」


 サーヤもさすがに呆れて眷属ごっこ(ロールプレイ)はやめた。まあ、依頼されたのは地下5階までの護衛だ。こんな下層階まで落ちてきて、遠足(クスエト)気分を続ける気にはならないよな。


「それと、私たちの着地を助けてくれたのはプニスケよ。ルルクの従魔のスライム」

「えっ、スライム……? キングスライムじゃなくて?」


 キョトンとした竜姫。さっきは超巨大だったからな。ちなみにキングスライムはBランクの魔物だ。熟練の冒険者でも手を焼くほどの耐久力を持っている。


「そうよ。普通のスライムと違って、喋れるけどね」

『こんにちはなの! ボク、プニスケっていうの!』

「ひゃっ」


 また驚いた竜姫。スライムが喋ったらそうなるよな。


「それで、こっちの羊人族の子はエルニネールよ。私たちはこの4人で冒険者やってるの」

「ん。エルニネール。よろしく」

「わぁ、かわい……こ、コホン!」

「それで、そっちも自己紹介してくれないかしら。私じゃなくてルルクたちにね」

「あっ」


 竜姫は、俺たちが敵じゃないとわかるとハッとして立ち上がった。

 香ばしいポーズをキメる。


「傾聴せよ! 我が名はシャドウ=ダークネス! 闇より生まれし世界の影……ニンゲンどもよ、ひれ伏すがよい!」


 安心して余裕が戻ったな。

 まあ、とりあえず俺は言いたいことがある。さすがにここまで関わったうえに緊急事態だ。知らないフリをするのは止めだ。


「という設定なんだろうけど、俺たちには正直に話せ竜姫……いや、セオリー=バルギリア」

「ひぇっ!?」


 何がシャドウだ。何が闇より生まれし影だ。

 思いっきり光属性の竜種じゃねぇか。


 ちなみに詳細ステータスはこんな感じ。


 ――――――――――


【名前】セオリー=バルギリア

【種族】竜族・真祖

【レベル】14



【体力】890(+580)

【魔力】620(+340)

【筋力】440(+250)

【耐久】880(+670)

【敏捷】240(+180)

【知力】250(+160)

【幸運】44


【理術練度】70

【魔術練度】840

【神秘術練度】20



【所持スキル】

自動型(パッシブ)

『光魔術適性』

『高速飛翔』(竜状態)

『鱗硬化』(竜状態)

『知力上昇(小)』(人状態)

『自動回復(光)』(人状態)


発動型(アクティブ)

強制隷属(スペルゲッシュ)

『変化』

『ブレス(光)』(竜状態)

『滅竜破弾』(人状態)


――――――――――



「え? シャドウ様って、あの竜姫なの? 貴族のお嬢様じゃなくて?」

「おおかた貴族のフリしてたんだろ。面倒みてくれてる人は間違いなく貴族っぽかったしな。そこんとこどうなんだ、竜姫さんよ」

「りゅ、竜姫は我の仮の姿である! 本来の我は、光すら届かぬ場所に封じられし禍々しき――」

「正直に話せっつったよな?」

「ひぃ! ごめんなさい竜種だもん! 真祖の一族だもんっ!」


 はい自白いただきました。

 脅して得た証言には法的根拠はないって? まあここは地の底だから治外法権ってことで。


「真祖の一族が何かは知らんが……とにかくこいつはシャドウ=ダークネスじゃなくてセオリー=バルギリアだ。正真正銘の竜種の14歳。竜王の娘か孫か遠い親戚か、そのあたりは視てもわからんが」

「む、娘だもん……いまは人の姿になってるだけだもん……」


 人間の姿になっているのは『変化』というスキルだろう。他のスキルを見た感じ、竜の姿と人の姿を自由に選べるんだろうな。


「ま、わかったわ。別に偽名使うのは悪いことじゃないし、気にしないでいいからね。改めてこれからよろしくねセオリー」

「あ……」


 サーヤはにっこり笑って手を差し出した。

 竜姫――セオリーはかすかに頬を赤くして、サーヤの手を握り返して泣きそうになってた。

 

 ある程度話がまとまったところで、次のことを考えなければな。

 具体的に言うと、ここから出ないと。


「ん……てんい?」


 エルニが耳打ちする。


 正直、いきなりダンジョン下層にまで来るつもりはなかったから転移で脱出したいのはやまやまなんだけど、受付にはダンジョンの入場履歴が残っている。

 転移で出たら矛盾が生じてしまうし、なにより竜都にまだ楔を設定してなかったから、転移するならひとつ前の街になってしまう。


 さすがにダンジョンに入ったはずのパーティが前の街にいたら、不自然過ぎるだろう。

 それに、だ。


「なあセオリー」

「ふっ、我に何用かニンゲン」

「…………。」

「う、う、うううっ」

 

 無言で睨むと、涙目になるセオリー。

 別に中二病患者がキライってわけじゃないんだよ。ただちょっと反応が面白くて……。


「ルルク、あまり意地悪しないであげて?」

「へーい。それでセオリー、聖地って所から竜都に来たのはいつだ?」

「わ、我が闇から生まれたのは一年ほど前。悠久なる時の狭間である……」


 一年なのか悠久なのか。まあ一年だな。


「それから貴族に面倒見てもらってたんだな。どんな生活してたんだ」

「ふっ。闇の眷属キゾクたちは我が欲するモノを貢ぐことを誉れとしている……ゆえに我は彼らを庇護下に置いたのだ。我がナワバリでは眷属の安寧は約束されたも同然……」

「つまり、ひたすら食って寝て遊んでいたと? しかも引きこもって」

「ふっ。邪神を制御するため、それもまた必要なこと……」

「すごいわねルルク、セオリーの言ってること的確に把握してるじゃない」


 うわ、そういえばそうだ。

 嬉しくない技能を身につけてしまった。


「でも、それじゃあ腑に落ちないな」

「どうしたの? なにかあったの?」

「いや、それがな」


 俺はサーヤとセオリーが引っかかった罠を、誰が発動したのか正直に話した。


 あの護衛の兵士は間違いなく正式に雇われていた者だった。セオリーを罠に嵌めたのが兵士の独断だったのか、それとも雇い主……あのベーランダーとかいう貴族の判断か、あるいは第三者の思惑があるのか、それは判断がつかないけど。


 兎に角、このままセオリーが戻ったらどうなるのかわからない。少なくとも、彼女を取り巻く周囲の全員に歓迎されるとは思えない。さっきの罠は確実に殺そうとするためのものだったからな。


 ここがダンジョンの下層ってこと自体は、俺とエルニにとってはさして問題じゃない。転送装置を探すのは面倒だけど、エルニの魔術があるからどれだけ広くても数日以内にはたどり着くだろう。

 俺が悩んでいるのは、このまま素知らぬ顔でセオリーと生還するかどうかだ。


「そういうわけだから、セオリー。おまえ、あのベーランダーに恨まれるような覚えは……」


 と、セオリーの顔を見て言葉をつまらせる俺。

 ポロポロと泣いていたのだ。


「け、眷属たちはそんなことしないもんっ」

「……いや、まあ気持ちはわかるけど実際に見たし」

「そんなの嘘だもんっ。嘘つきはキライ! どっかいって!」


 ぺたんと地面に座って、泣き始めるセオリー。

 ……え、どうしよう。さすがに予想外すぎる反応なんだが。


「あ~よしよし」


 サーヤがセオリーの頭を撫でる。セオリーもサーヤの胸に顔をうずめてしまう。体の小さな大人と、体の大きな幼女にしか見えない光景だな。14歳らしからぬ情緒不安定さだ。

 ほんとに精神年齢ちぐはぐすぎるなこの世界は。


 まあ、とはいえいまのは俺も悪かった。

 一年間も優しくしてくれた人たちを疑わせるようなことを軽々と言うべきじゃなかったな。セオリーの純粋さを見誤っていたのも反省点だ。


「……ま、兎にも角にも出口を探すか。考えるのはそれからでいいな。頼んだエルニ」

「ん。『全探査(フルサーチ)』」


 俺たちはセオリーが泣き止むのを待ってから、ダンジョンの探索を開始した。

 ちなみに転移装置は上に4階、下に5階移動すればあるらしかった。もちろん近いほうを選ぶ俺たちだった。







「『刃転』っと」


 襲いかかってきた巨大な蜘蛛の魔物を切り裂く。

 急所を一撃で切断すると、魔物が消えて素材がドロップする。剥ぎ取りいらずのダンジョンシステムは便利だなぁ。


 隣のエルニも、別の魔物を倒したところだった。

 ちなみにサーヤたちは壁際で見学している。サーヤは戦闘の様子を熱心に見つめていたけど、セオリーは怖がって腰を抜かしている。プニスケはサーヤの腕の中で昼寝中だ。


「この魔物の感じだと、50階中盤くらいか?」

「ん。それくらい」


 ストアニア基準で考えてみた。

 もちろんエルニの『全探査』は地上までのすべての範囲を網羅しているから、エルニ自身は答えを知っている。ただ、階層を細かく数えたりはしていないようだ。まあ数えてもなんの意味もないしな。


「とりあえず下はあとどれくらいだ?」

「ん……あと15くらい」


 ということはこのダンジョンは70階までかな。


 詳しいことを調べる前に来てしまったけど、ストアニアと違ってこのダンジョンは最下層まですでに攻略済みなんだろうな。

 エルニいわく、最下層近くにも何組かパーティが潜っているらしい。一度攻略されたダンジョンは攻略情報が売買されるから、情報さえ買えば再攻略の難易度は下がる。

 情報料は下層に行くほど高くなるけど、その分魔物素材も高価になっていく。いろんなものが金になるのもダンジョンの特徴だ。


「この階も事前情報なしじゃ普通詰むよなぁ」


 俺たちが戦っていたのは大きな部屋だった。

 四方が100メートル近くある部屋に閉じ込められて、魔物の大群が上から降ってきたのだ。


 とはいえ警戒している俺とエルニの前じゃ、その程度の罠なら事前に看破できるので大した問題じゃなかったけ。魔物もほとんどBランク程度だったので、八割がエルニの範囲攻撃で出落ちしていた。


「お、エルニのレベルが上がってる」

「ん。うれしい」


 ここ最近、レベルもめっきり上がりづらくなってるからな。

 こうして魔物の大群を一撃で屠れるエルニならまだ伸びるだろうが、街の近くにいるCランク以下の魔物程度なら数千体倒してようやく1レべあがるくらいの感覚だ。俺たちよりレベルの高い魔物がいれば話は別なんだろうけど。


「でもそうか。レベリングするなら広範囲魔術でやれば効率良いんだな……しかもこういう罠だったら、Bランク魔物がわんさか湧いてくるし……」


 なるほど、天啓を得た。


 ちらりとサーヤを見る俺。物騒な気配を察して視線を逸らすサーヤ。

 これもダンジョンならではのホットスポットだ。利用しない手はないだろう。


「サーヤ、まずは中級魔術を憶えようか」

「ル、ルルク。まずは地力を鍛えたほうがって言ってなかったっけ」

「名案がある……やりながら、憶えるんだ」

「ルルクがロズさんみたいになってる!」


 いやいや、あそこまでスパルタじゃないよ。

 正直、サーヤのステータスなら剣だけでもそれなりに殲滅力はあるはずなんだ。本気で走ればBランク魔物相手なら余裕で振り切れるし、一撃で叩き切れるだろう。

 たしかに経験が足りないから、危険な立ち回りをゴリ押しさせようとは思わないけどな。


 というか経験不足というなら、サーヤの後ろで震えてる中二病娘のほうが顕著だな。


「お、終わった……?」


 最強種族の名は伊達じゃなく、レベルの割に総ステータスはそこそこ高い……はずなのに、あまりにも魔物を怖がりすぎて使い物にならないポンコツが、そっと目を開けた。

 10歳の人族(サーヤ)に守られて恥ずかしくないのだろうか。


「もう大丈夫よセオリー。ほとんどルルクとエルニネールが倒してくれたから」


 そういうサーヤも、じつは2体ほど魔術で倒していた。

 ほっと息をついたピンク髪のビビり中二病ポンコツ竜姫……ちょっとまて、コイツ属性盛りすぎじゃね?


「ねえ、わざわざ罠のある部屋を通ったってことは近道なのよね?」

「ん。こっち」


 先導するエルニの後ろを、俺たちはついて歩いていく。

 ビクビクしているセオリーはサーヤの服をちょんとつまんで歩いている。俺のことが怖いのか、俺からもちょっと距離を取りたがっているな。まあ、好かれないとは思わないので別に構わない。サーヤは昔から面倒見がいいから、相性も悪くないみたいだしな。


「ん……うえにボスがいる」


 エルニいわく、つぎは52階。

 ダンジョンを逆走しているので、階段を登ると階層ボスの部屋であることが多いのだ。

 俺も壁や床を透視して見てみる。


「あ、ホントだ。ミノタウロスの……これは、家族か?」


 頭が牛で体が人間の魔物。それが10体ほど部屋の中にいる。ただしサイズがまちまちで、大人や子ども、さらには腰が曲がった老タウロスもいる。なんだよ老タウロスって。

 

「ま、順当にやれば敵じゃないだろ。所詮はBランク魔物だ」

「ん。いちげき」


 気楽に考えて、俺とエルニが先頭で階段を登りきる。

 部屋に足を踏み入れた瞬間だった。


「……え?」

 

 一瞬で、景色が塗り替わった。

 ミノタウロスがいるはずだった部屋がなく、そこにあったのは花畑。

 小川が流れる花畑のフィールドダンジョンだった。


「え、なにがあった? まさか……転移罠?」


 そんな罠、いままで見なかったから警戒してなかった。いや、これは言い訳になるか。想定してなかった俺が悪い。

 隣にはエルニがいる。一緒に転移したんだろう。

 だが後ろには……サーヤとプニスケがいない! あと、中二病も!


「『全探査』――ルルク、した!」


 さすがのエルニ、動揺せずに即座に探知した。

 俺も床を透視する。かなり下――おそらく10階層ほど真下に、豆粒みたいなサイズのサーヤたちが見えた。

 

 ミノタウロスに囲まれて、攻撃されている。

 ヤバい。さすがにサーヤ一人であの数を捌くのはまだムリだ。


「『相対転移』!」


 エルニを乱暴に掴んで、とっさに転移した。

 俺が戻ったとき、サーヤは同時に3体からの剣撃を受けていた。よく見ればミノタウロスは2種類いて、体の大きな個体は剣で、小さな個体は弓で戦っていた。


 サーヤはミノタウロスの攻撃をすべて正面から受けつつ防いでいた。

 だが、その小さな体にはいくつも裂傷があり――


「〝ひれ伏せ〟!」


 俺はとっさに叫んでいた。

 ミノタウロスどもはなす術もなく倒れた。そのミノタウロスどもが身じろぎひとつできないうちに、俺は『裂弾』で10体の頭部を同時に破壊して倒した。

 一瞬で、素材が10組落ちる。


――――――――――


>『冷静沈着』が発動しました


――――――――――


 直後、頭にのぼった血がすぅっと冷めていった。


「ふう……サーヤ、大丈夫か」

「う、うん。ちょっと焦ったけどね」


 えへへ、とはにかむサーヤだった。

 とりあえずポーションを飲ませておく。幸い、傷はどれも浅くて普通のポーションひとつですぐに完治していた。


「でもルルクたち、どうなってたの? 十秒くらい消えてたけど」

「転移罠だな。部屋に最初に入ったやつを10階上に飛ばすっていう悪質なやつだ」

「そんな罠もあったんだ」

「ゲームじゃよくあるパターンだったんだけどな……すまん、油断してた」

「いいのいいの。すぐ戻ってきてくれたしね」

「すまん。エルニと同時に踏んだのも反省点だな。どっちかが残ってたら良かったんだが」


 少なくとも、ミノタウロスくらいは軽く殲滅していただろうに。


「だから謝らないで。私もちょっとびっくりしたけど、おかげで自信もついたから」

「自信?」

「うん。私ひとりでも意外と戦えるんだってわかったから」


 たしかに、ミノタウロス10体からの攻撃を10秒以上凌いだことは称賛されるべきことだろう。ふつうの冒険者じゃ数秒と持たずに矢か剣をまともに浴びるだろうしな。


「でもサーヤ、正面から受けずに回避すればもっと安全に立ち回れたんじゃないか。なんで正面から受けるなんて危険なことしたんだ」

「だって、守るものがいるからね」


 サーヤは後ろをちらりと見た。

 そこにはまだのんびり寝ているプニスケと、地面にへばりついたセオリーがいた。


「……。」

「……。」

「う、ううっ……うごけないよぉ、こわいよぉ……」


 やべぇ。『言霊』の除外対象にしてなかったわ。


「すまんセオリー。巻き込んだ。ほら、起き上がってくれ」

「ひぃ。こないでっ」


 謎の攻撃が俺の力だと気づいたからか、また悲鳴を上げて遠ざかるセオリー。

 まあ、これは俺の自業自得か。


「すまん、頼んだサーヤ」

「あはは……ねえセオリー。ルルクだってわざとじゃないのよ。私たちを助けようとしてしたことなんだから、許してあげて?」

「……。」

「セオリーからしたら、ルルクは強すぎて怖いかもしれないわね。マンイーターを一発で蹴り殺せるんだもの。確かに、ふつうの人間じゃないもんね」

「バケモノだもん……」

 

 おいバケモノはやめれ。


「でもね、ルルクは私たちの仲間なのよ。その強い力を私たちを守ることに使ってくれるの。もしルルクが敵だったら、私だって泣いて許しを請うかもしれないけど……でもルルクは味方だから、不安にならなくてもいいのよ」


 諭すように優しく言ったサーヤ。

 セオリーは怯えた視線を俺に向ける。


「じゃあ……どうして?」

「?」

「どうしてさっき、攻撃したの?」

「そ、それは……ルルクだって、たまに失敗するときがあるのよ」

「ちがうもん!」


 セオリーは、肺から絞り出すように言葉をぶつけてきた。


「そのひと、一度もこっちを見なかった! 最初からサーヤしか助けようと思ってなかった! それくらい、わかるんだもん!」


 ああ……やってしまった。

 俺はセオリーの言葉に、何も言うことができなかった。


 確かにさっきは焦ってサーヤのことしか考えてなかった。それはミスとは言えない。俺の無意識のなかで、護るべき対象にセオリーが入ってなかったのだ。それゆえの巻き添え。それゆえの忘却。意識の上では気を付けていたつもりだったんだが……くそっ、不甲斐ない。


「そ、そんなひと……信用なんてできないもん……」

「……でも、ルルクは……」


 サーヤも泣きそうな表情で俺を見ている。

 俺が撒いた種だ。俺がなんとかしないとな。


「すまん。俺はいつもパーティメンバーの安全を最優先に考えて動いてるからな。だからそこに関しては謝る。すまなかった」

「…………。」

「でも俺はべつに、おまえを敵視するつもりもないし無視するつもりもない。どっちかっていうと仲良くして欲しいとも思ってる。できればダンジョンから脱出してからも、サーヤの友達として付き合って欲しいしな」

「…………。」

「だから教えてくれ。俺が怖いなら、俺はどうすればいいんだ? おまえを傷つける気はこれっぽっちもないんだ。正直、俺は庇護対象に怖がられながら平気な顔ができるほど、心が強い人間じゃないんだよ」


 ちょっと本音が漏れた。


 べつに、好かれたいとは思っていない。でもいままで弱者だった立場の俺が、こうして誰かに怯えられるなんていうのは初めてで、意識するだけで胸が苦しかった。

 小心者なんだろうな、俺は。


「……無理だもん」

「どうしてだ? 従魔を、俺が殺したからか?」

「ちがう……」

「ならどうしてだ。さすがに生理的にって言われたら諦めるけど……」

「……似てるから」


 えっ。

 似てる? 誰に?


「パパに、似てるんだもん!」


 パパ……つまり竜王?

 竜王に似てるって、どういうこと?


「平気な顔して魔物を一発で殺すところも! サーヤみたいな善いニンゲンに好かれてるところも! 平気でわけのわからない力を使うところも! ぜんぶ似てるの!」


 ……いや、それ強さが理解できないから怖いって理由がほとんどじゃねぇか。

 まあ話を聞く限り、竜王は大陸最強の生物だからそりゃわけわからん強さしてるだろうけどさ。


 そんな正真正銘のバケモノと俺を一緒にしないで欲しい。


 まあでも、さすがにここまで言われたら俺も理解できる。

 セオリーは根本的な部分で俺のスタイルと合わないんだろう。そんな相手に、危険のあるダンジョンでムリしてまで歩み寄る必要はない。


「そうか、わかった。じゃあ俺はセオリーには近づかないようにする」

「えっ」


 なぜか不安そうにするセオリー。

 いやいや、敵になるわけじゃないから。


「サーヤも理解してくれ。俺とセオリーの仲を取り持つ必要はないからな。適材適所ってやつだ」

「……そうね。わかったわ」


 よく考えたら、そういう相手は初めてかもしれない。

 前世ではそもそも知り合い自体が少なかった。知り合いが増えたからこそ、だろうけど……はぁ、ちょっとセンチメンタルな気分だ。俺はガラスのハートだからな。


 こんなかたちになってしまったけど、一応話はついた。あとはミノタウロス素材を……ああ、いつの間にかエルニが集めてくれている。さすがだな。

 サーヤが目に見えて気落ちしている俺の背中を撫でてくる。エルニも寝ているプニスケを俺の頬にぴとりとくっつけて、慰めてくれた。


「ま、守ってくれないの……?」


 だから、俺はその小さなつぶやきを聞き逃してしまった。



■ ■ ■ ■ ■



 セオリーはいままで危険とは程遠い暮らしのなかで生きてきた。

 聖地にいたときも、竜王の娘だという理由で狩り場に行くときすら父の監視がついていた。セオリーが戦えるのは、危険のない小さな魔物だけだった。

 過保護に育てられてきた彼女には、それが退屈だった……けど、それが当たり前だったのだ。


 とても危険だと言われるダンジョンの下層部にいきなり落とされて、内心、パニックになっていた。それでもなんとか余裕なフリをしたのは、隣に初めてできたトモダチがいたからだった。

 小さなニンゲンの女の子には心配をかけるまい――そんなふうに表面だけでもいつも通りに振舞おうとしたセオリーの小さなプライドを、意図せず蔑ろにしてしまったのは、他でもないルルクたちだ。


 セオリーはその父を彷彿とさせる底知れない脅威(ルルク)に怯え、魔物に怯え、それでもなんとか必死についていった。


 でも、ダメだった。

 足が竦んでしまうほど凶悪な魔物を、顔色ひとつ変えずに屠っていくルルク。彼を怖く感じる理由はたくさんあった。だからといって、彼が頼りにならなかったわけじゃない。少なくともセオリーを守る力はあるのだ。

 

 でも、間違えた。

 セオリーは昔から口下手で、余計なトラブルを招くことが多々あった。今回だって、怖い理由を聞かれたから答えただけ。それ以上でもそれ以下でもなかったのだ。

 その結果、ルルクに見放された。


 もう、守ってくれないかもしれない。


 セオリーはそう思ってしまった。もちろんルルクはそういうつもりで言ったわけじゃなかった。距離を縮めるきっかけが欲しかっただけで、守る対象ではあったのだ。

 だけどそんなことがセオリーにわかるわけもなく。そして実際、ルルクは一度セオリーを巻き込んで攻撃してしまった。


 セオリーには、それだけで十分だった。

 彼女の不安が膨大なほどに膨れ上がってしまう理由は、それだけで。


「……っ!」


 初めてのトモダチ――可憐なサーヤ。

 強くて幼い羊人族――エルニネール。


 彼女たちは、ルルクのことを慕ってる。

 もしルルクがセオリーを守ろうとしなければ、彼女たちもセオリーを見捨てるかもしれない。


 いやだ。

 それだけは怖くて耐えられなかった。


 だからセオリーは、彼の背中に指先を向けた。

 こんなところでひとりになりたくない。

 震える唇から、自然と声が漏れていた。

 

 スキルの発動とともに。


「『強制隷属(スペルギッシュ)』」


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― 新着の感想 ―
[一言] お前のハートは「ロズ」やろがい!
[気になる点] 主人公の油断続きすぎじゃない? 流石に次はないよ
[気になる点] 今まで何度となく油断してたけど、師匠を犠牲にしても、治らないぐらい全然気にしてないんだね。 まだ油断するってことは。 すまんじゃすまない。 主人公としては、真剣味が足りないかなと思う。…
感想一覧
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