竜姫編・8『冒険者ぽこにゃんちん』
「ふふふ」
その日、国境直前で不敵な笑みを浮かべる怪しい人物がいた。
フードを深く被り、顔が見えないようにしつつもいかにも怪しい人物です、と主張するような声を漏らして周囲の通行人をドン引きさせている少年冒険者。
そう、俺である。
バルギア竜公国が目前に迫り、国境付近は混雑していた。バルギアの竜都と大陸南部を繋ぐ道のなかで、大型の馬車が行き来できるはこの道しかないらしい。それゆえこの国境は常に行商人や冒険者で混みあっている。
つまり、衆人環視のなかで目立つわけである。
「ふふふ……」
「どうしたんだい? ルルクくん、今朝からちょっと変だよ」
心配そうに顔を覗き込んでくるのはメレスーロス。
臨時パーティメンバーになった、麗しのお姉さんエルフだ。
「ルルクはいつも変よ」
「ん。へん」
『へんなの~!』
オイこらレギュラーメンバー。そういうことは思ってても言うな。
普段ならそんな生意気を言うキッズたちはお尻ぺんぺんのお仕置きコースだが、今日の俺は機嫌がいいのでスルーしてやろう。いままでお尻ぺんぺんとかしたことないけどな……よし、今夜の楽しみにしておこうかな。ぺんぺんフェスティバルナイトだ。
「なんかゾワっとしたんだけど」
「ん……てき?」
『なの?』
おっと、勘の良いやつらだぜ。
兎に角、俺が上機嫌なのにはもちろん理由がある。
「ふふふ。聞きたいですかメレスーロスさん」
「べつに……あ、ううん。すっごく気になるよ」
あれれ、気を遣わせたかな? いやいやそんなことはないはずだ、メレスーロスは温かい人だから、俺のことにもきっと興味があるに違いない。そうに違いない。違いないもん。
メレスーロスは両手を合わせて笑顔を繕った。なお、目は逸らしている。
「す、すごく気になるなあ!」
「そうですか! なら教えて進ぜましょう。メレスーロスさんは冒険者カードが神秘術器で作られてることは知ってますよね?」
「ああ、うん。そうだね」
「えっそうなの?」
素直にうなずくメレスーロス。その隣でサーヤが驚いていた。
冒険者ギルドには神秘術器があり、それを使って冒険者カードに情報を書き込んでいる。
表面には名前、種族、ランク、パーティ名、パーティランク。
裏面には記録したダンジョン攻略情報などが細かく書かれている。
その情報は霊脈を通じて世界樹に保存されている。冒険者にもギルド職員にも、その内容を好き勝手に書き換えることは基本的にできない。だからこそ冒険者カードはどの国でも身分証になるのだ。
ただし、基本的にと言ったのは例外が存在するからである。
ギルドにある神秘術器は、世界樹に接続して冒険者カードに情報を書き込む。
ここでクエッション。では、どうやって?
答えは上級術式の『閾値編纂』でした。不正解のアナタ、ベットしたルルクくん人形はボッシュートです!
兎に角、書き込みに使われてる技術は『閾値編纂』。
……聡明なみなさんなら、もうお分かりですね?
「えっと、まさかルルクくんってば……」
「次、そこの君たち!」
メレスーロスが顔を引きつらせたと同時に、国境警備兵が俺たちを呼んだ。
俺はフードをとって顔を見せながら、堂々とギルドカードを見せる。
ドヤッ!
「なになに、冒険者の……ブフッ! ぽ、ぽこ……え、本名?」
「はい! 親がつけてくれた大事な名前です!」
「そ、そうか……〝ぽこにゃんちん〟だな。いっ、良い名前だな……よし通れ……ふふっ」
俺のギルドカードに刻まれた名前を見て、兵士が我慢できずに吹き出していた。
そう、俺の名前はぽこにゃんちん。
新進気鋭のBランク冒険者、ぽこにゃんちんだ!
「あ~……またくだらないことして」
「ん。こども」
サーヤとエルニがジト目で見てくる。
だって使われている技術が俺でも使える『閾値編纂』だって知ったからな。そりゃ試してみるだろ。
兵士たちだって、ギルドカードは勝手に書き換えられないものだって認識があるから疑うことなく通してくれたぞ。
俺はぽこにゃんちん。竜王のナワバリにだって偽名で堂々と入る男。
笑いを堪えながら次の集団のチェックをする兵士くん。彼に聞こえないところまで歩いたら、サーヤが小声で言う。
「でもさルルク」
「ぽこにゃんちんだ」
「ぽ……ルルク」
「ぽこにゃんちん」
「……ぽ、ぽこにゃん……ダメ! 言えない!」
耳まで真っ赤にしたサーヤ。
普段はマセてるのにこういうときだけ照れるなよ。可愛いかよ。
「えっと、ルルクくん」
「ぽこにゃ……いえ、どうしましたかメレスーロスさん」
「あ。あたしはいいんだ」
「特別扱いずるい! 異議を唱えます!」
サーヤがブーイングした。
だって無理やり言わせるのはセクハラみたいになるからな。
サーヤはいいのかって? そりゃあ普段俺がセクハラされてるんだしおあいこだろ。だからハンカチ噛むなよ。
「あはは。まさかギルドカードを書き換えられるとは思ってなかったからびっくりしたよ。でもルルクくん、勝手に書き換えたのがバレたら一発で冒険者資格剥奪だから、すぐに戻しておきなよ」
「俺の名前はルルク。風のようにうつろう男……」
ぽこにゃんちん? 誰だよそのダサいやつ。
「でもほんと、昔からルルクくんの神秘術はすごいね」
「そういえば4年前は別のパーティだったので、術式のことはあまり話せませんでしたね。こうしてせっかくパーティメンバーになれたんですし、せっかくなら熱く語り合いましょう!」
「熱くなるかはともかく、臨時パーティだけどいいの? 手の内バレるよ?」
「ええ。メレスーロスさんは信用できますから」
「……それもエルフだから?」
「いえいえ。メレスーロスさんだからです」
これは本音。
面倒見がよくて正義感のある性格だ。俺の不利益になるようなことはしないだろう。もちろん、数秘術スキルみたいな特殊なのはまだ話せないけどね。
メレスーロスは少し照れたように笑った。
「そっか。じゃああたしもその言葉、信じるよ。せっかくなら聞きたかったこと聞いてもいい?」
「もちろんです」
「ありがと。じゃあルルクくん、いくつくらい神秘術スキル持ってるの?」
「いまは18ですね」
「じゅっ……!?」
絶句したメレスーロス。
「多いんですか?」
「そ、そりゃそうだよ……エルフの里でも多才って言われてたあたしですら7つなのに……」
意外と少ないな。
よく考えたら、メレスーロス以外だと神秘術士の知り合いっていないもんな……比較対象が少なすぎたから、平均値を知らずに育った弊害がここに……。
「……ちなみに、スキルの等級で一番高いのは?」
「極級術式です」
数秘術7も極級だけど、それは言えないのでカウントしていません。
じゃあなにかって? そりゃもちろん『空間転移』だ。
数秘術と違ってふつうの置換法なので、これくらいは教えておいてもいいだろう。
「え? 空間転移? 相対転移じゃなくて?」
「はい。先日憶えたばかりのスキルですけど、それから一度通った街には全部『楔』を打ち込んでますので、いつでも行けるんですよ」
「……あたし、もう驚かないよ」
あれ、目が死んでる。
「でもルルクくん、それは絶対他人に言わない方がいいよ。これは冒険者としてもエルフとしても言えることだけど、余計なトラブルに巻き込まれそうだから」
「わかってますよ。このメンツ以外だと、家族かメレスーロスさんだけにしか言いませんって」
「ほんとかなぁ……まあ、そこまで信頼されてるのはちょっと嬉しいけどさ」
「よければ家族になりますか?」
「あはは。ルルクくんみたいないい男には、あたしじゃ勿体ないよ」
「そんなことないですよ」
「それにそんなに可愛いお嫁さん候補がふたりもいるんだしさ。あたしは勝ち目のない競争はしないタイプなんだ。だからごめんね」
ちっ、また軽くフラれたぜ。
いや半分冗談だからな。足を踏むなって幼女たち。
「……でもまあ、ルルクくんが3人目のお嫁さんが欲しいって本気で言うんなら考えようかなぁ」
「えっ」
本気ですか――といつものようにグイグイ行こうとして、俺はそこでメレスーロスの表情に気づいた。
どこか寂しそうな、それでいて諦観したような目をしていた。
メレスーロスはエルフだ。130年近く生きてきて、色々あったんだろう。
こういう話題があまり好きじゃないのかもしれないな。ちょっと自重してみようかな。自重できるとは言ってない。
「というか、エルフって重婚OKなの? メレスーロスさんって結婚したことあるの?」
おっと。サーヤがぶっこんできた。
とはいえ、メレスーロスも話題自体が不快ってわけじゃなさそうだった。
「あたしはないよ。エルフだからってわけじゃないけど、重婚は基本大丈夫だよね。経済的な問題で実際にしてるひとは少ないだろうけど……貴族とか富豪なら普通に重婚してるよね。あとは大物の冒険者とか」
「そうなんだ……ふうん、平民でも重婚していいんだ……」
「ん……」
何か考え始める幼女たち。
確かに、俺の父親も妻が三人いたな。公爵家っていう超金持ちだったから気にしてなかったけど、俺も当たり前のように受け入れてたな……。
しかし重婚って言っても、同時に妻にしたわけじゃなかったよな。俺の母親が最初の第一夫人だったわけだし。
聞いたところによると、父の幼馴染だったっけ。
「第一夫人か……」
俺が顔も知らない母親のことを考えながらつぶやいたら、なぜかビクッと反応したエルニとサーヤ。
「負けないわよ」
「ん。かつ」
ん? いつのまにか睨み合ってるけど、どうしたんだ。
幼女たちがメラメラと炎のエフェクトを背負っていると、プニスケが無垢な声を出した。
『けっこんってなーになの~?』
「そうだな……好き合ってるふたりがずっと一緒にいることだな」
『ならボク、ご主人様とけっこんするなの~!』
「お~。嬉しいなあ」
ねえ聞いた? うちの従魔が一番可愛いですよね(親バカ)。
「むむむ、意外なとこからライバルが……」
「ん。きょうてき……」
「あはは。ルルクくんはモテモテだね」
そんなこんなで、話しているうちに周囲に人が見当たらなくなってきた。
俺たちは街道から少し逸れた場所から、相対転移を繰り返してバルギアを進んでいくのだった。
竜都に着いたのは、それから5日後のことだった。