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竜姫編・7『狩人飯店』

 

 翌日は移動の日だった。


 早朝から街を出て、ひたすら転移を繰り返して進んだ。

 最初のうちは転移の感覚に慣れないメレスーロスが酔って吐きそうになったりしていたものの、そのうち慣れてきて平気になったようだ。


 せっかくなら『相対転移』を憶えてみないかと提案してみたけど、メレスーロスは置換法は苦手だからと遠慮していた。エルフは召喚法で戦うのが主流らしい。

 本人に憶える気がないならもちろん無理には勧めない。


 昼前には次の街に着き、夕方には国境手前の街に着いた。

 馬車で6日以上かかる道のりを一気に進んできたのだ。


「転移って本当にすごいね……あっという間だ」


 街のすぐそばの岩陰へ最後の転移を終えた俺たち。

 メレスーロスはサーヤと繋いでいた手をほどいて、意味もなく後ろを振り返った。

 当然、山間に伸びるなだらかな街道があるだけだ。


「サーヤは他人も一緒に転移する感覚に慣れたか? 疲れてないか?」

「ちょっと疲れたかも。自分以外だと、霊素で存在強度を補完するのが段違いに難しいわね。まだとっさには転移できないかも……」

「ま、一日でそれだけ慣れたら充分だな。よくやった」

「えっへん!」


 胸を張って頭を差し出してきたので、軽く撫でてやる。

 集中力も体力もかなり使っただろうから、今日も夕飯は美味しいものをたらふく食べさせてやらないとな。


「ん……わたしもてんいしたい」

『ボクもてんいしたいの~!』

「エルニはまず闇魔術だ。プニスケは転移よりちゃんと強くなろうな」

「ん、わかった」

『わかったなの! がんばるの~!』


 やる気に溢れるふたりも撫でておく。

 

「ルルクくん、あたしたちの番だから証明書を」

「はい。こちらです」


 門兵にいつも通り冒険者カードを提示して、通行料を払った。


 国境近くということもあって、門周辺にいるゴーレム兵の数が多かった。メレスーロスの話だと、竜王のナワバリから近いせいで、そこそこ強い魔物もレスタミア側にしか巣をつくらないから、こっち側には魔物が多いんだとか。

 おかげでこの街は冒険者ギルドも賑わっているらしい。


「バルギア国内は、野生の魔物は知能の低い弱いのしかいないからね。冒険者ギルドへの依頼も討伐系はほとんどなくて、あたしがやってるようなおつかい系のクエストばっかりさ。竜都にはそこそこ大きなダンジョンがあるから、冒険者ギルドがさびれてるってわけじゃないんだけどね」


 説明してもらいながら、メレスーロスの案内で冒険者ギルドに向かう。


「竜王のナワバリってだけでそんなに違うんですか」

「そうだね。知能の高い魔物はみんな国外に逃げちゃって、逆にこっち側はいつも(せわ)しないよ」


 ならバルギアでのレベリングはダンジョン一択だな。

 竜都のダンジョンでどこまでサーヤとプニスケを鍛えられるかが重要だ。せめて魔族相手に戦えるようにまで鍛えたい。

 そうしているうちに冒険者ギルドに到着した。


 ちょうど夕方時ということもあってかなり混雑している。メレスーロスは知り合いの受付嬢がいるらしく、彼女の窓口に迷わず並んでいた。サーヤもメレスーロスに続こうとアイテムボックスから荷物を取り出して、不意に足を止めた。


「どうした?」

「……えっと、ちょっとニオイがね……」


 ああ、なるほど。

 他の街とくらべてガタイのいい冒険者の割合が高い気がするな。つまりむさくるしい。


 汗の臭いが充満する受付窓口周辺を眺めて尻込みするサーヤの背中が、いつもより小さかった。

 俺はもちろんニッコリ笑って、


「達成報告いってらっしゃい」

「……ルルクも一緒にこない? エルニネールでもいいわよ?」

「いってらっしゃい」

「ん、がんばれ」

「この先輩たち優しくなーい」


 唇を尖らせて、トボトボ歩いていくサーヤだった。

 悪いな。他人の汗にまみれる趣味はないからさ。


 屈強な兄ちゃんたちにもみくちゃにされながらクエスト達成報告と報酬を受け取ったサーヤは、げんなりした表情で戻ってきた。


「おかえり」

「もうヤだ! おふろ入りたい!」

「無茶いうなって」


 風呂とか貴族の家にしかないぞ。

 お湯や水の魔術器はそれなりの安価で売ってるけど、湯につかるのはかなりの贅沢だっていう認識だ。

 普段はシャワーか濡らしたタオルで拭くだけが多い。宿には共用シャワーしかないし。


「ん、おふろ?」

「そうよ。暖かいお湯をためてゆっくりつかるのよ。ぽかぽかするし気持ちいいわよ~」

「ん……きになる」


 エルニもちょっと興味がありそうだ。

 そうだな……宿では無理かもしれないけど、どこかに温泉でも湧いてれば旅行するのもアリだな。バルギアで腰を落ち着けたら探してみようか。

 そうしているうちにメレスーロスも戻ってきた。


 今日はもう時間も遅いので、この街で泊まっていくつもりだ。食事の前に宿をとっておかないとな。


「そういえばルルクくんたち、昨日は遅くまで話してなかった?」


 昨日は空き部屋がなくて、幼女たちと相部屋だったからな。さすがにメレスーロスと相部屋をするわけにはいかなかったので、不可抗力というものだ。

 ちなみに騒音の原因はいつものように寝る場所の取り合いだ。つまり犯人はこいつらです。


「そこまで遅くにはなってませんが……すみません、起こしてしまいましたか?」

「ううん、あたしソロで活動してるじゃない? そのおかげで寝ながらでも周囲の音や気配がわかるスキルを持っててね。『睡眠索敵』っていうスキルだよ」

「そうだったんですか。今度から壁の薄い宿じゃ気を付けます」

「気にしないで。でも睡眠不足は冒険者として危険だからね、判断力が生死を分けるよ」

「はい。ご忠言肝に銘じます」


 冒険者としてかなりの先輩だからな。

 経験者の言うことは素直に聞くに限る。


 宿につくと、すぐに部屋をとった。今回は宿も大きくて空き部屋がたくさんあったので、俺はプニスケと同室、サーヤとエルニが同室だ。

 どうせふたりとも理由をつけて部屋に押し入ってくるだろうから、部屋でできる訓練でも考えておこう。


「食事はどうする? この宿にも簡単な食事処がついてるみたいだけど」

「サーヤに美味しい物を食べさせるって約束したので、どこかおススメはありますか?」

「そうだったね。それならいいところがあるよ」


 メレスーロスに案内してもらい、宿から少し離れた西街へ。

 連れてきてもらったのは、看板に『狩人飯店』と書かれた食事処だ。

 なかなか強そうなネーミングだな。


「へいらっしゃい!」


 強そうなのは名前だけじゃなかった。

 店の中にいたのは筋肉ムキムキの男たちだった。タオルを頭に巻いて、巨大な包丁を手にしている。


 厨房をぐるりと囲むようにカウンターの席が設けられており、席の正面は鉄板がずらりと並んでいる。高校生の時、こういうカタチの鉄板焼きの店に入ったことがある。注文したものを目の前の鉄板で焼いてくれるパフォーマンス込みの店だ。


 どうやらこの店も同じようなスタンスらしい。

 何人かいる客の前で、肉をスライスしながらそのまま焼く男たちのマッスルが大迫力だ。肉を味わうのか筋肉を味わうのか、それは客次第だな。

 ……うん、何言ってるんだ俺?


 兎に角、俺たちも席の一角を陣取った。

 目をキラキラさせて鉄板を見つめる幼女たちに、メレスーロスが微笑んだ。


「肉は捌きたて、野菜も新鮮だからなんでも美味しいよ。オヤジさん、今日は何の肉があるかな?」

「おうよ! 今日はこいつらでい!」


 店主っぽいオヤジさんは、大きなメニュー表を席の端に置いた。

 赤身肉はマンティコア、カトブレパス、グレイトボア、ブラックラビット。

 上赤身肉はカトブレパス、グレイトボア、グリズリー、クイノタロス。

 霜降り肉はグリズリー、クイノタロス、オピオタロス。


 それに野菜がたくさん。

 けっこう種類あるな。


「焼き方は薄切り、ステーキ、串焼きどれでもいいぜぃ!」


 そう言ってオヤジさんが厨房を指さした。

 そこには氷の柱に囲まれた肉塊がズラリと並んでいる。赤身から霜降りまで、注文を受けた肉を切ってそのまま鉄板で焼いてくれるらしい。


「迷うー!」

「ん。じゅるり」

『ぜんぶ食べたいの~』


 今日も今日とて腹ペコトリオはたくさん食べるだろうな。

 財布の心配はいらないから存分に食べなさい。


 ……あ、そういやスターグリズリーの肉のこと忘れてた。アイテムボックスに保存してるから腐ることはないけど……こんどさりげなく使おう。


「あたしはクイノタロスの上赤身を串焼きで」

「俺はカトブレパスの上赤身とクイノタロスの霜降りを薄切りで」


 目の前にいる担当のマッチョにそれぞれ伝えていく。

 横で幼女たち(+スライム)が、ほとんどすべての肉をステーキで頼んでいるのを苦笑しながら眺めていると、担当の店員がさっそく肉をスライスして鉄板に並べていく。


 なんと岩塩を削ってそのままかけて味付けしているではないか。

 ジュウジュウと焼ける肉の脂と香ばしい匂い。

 俺ですらヨダレが出そうになる。


「おあがりよ!」


 皿に盛られて目の前に。

 さて、いただきますか。


 カトブレパスの上赤身はしっかりと旨味が濃縮されていて、噛むほどに味が溢れてくる。少し硬めの肉質がカトブレパスの特徴だが、鮮度がいいから歯ごたえがありつつもちゃんと噛み切れる。岩塩がまたまろやかな塩気で肉の甘みを引き立てており、非常にうまい。


 クイノタロスの霜降りは、まさに焼き肉屋で食べるカルビそのものだった。味付けも同じ岩塩だけのはずなのに、甘みがより強く出ている。霜降りの脂が口に入れたら溶けるようになくなるのに、しつこい脂っぽさは全くない。何枚でも食べられそうだ。


 うーん米が欲しくなってしまうね。


「同じ肉おかわり!」

「ん、わたしも」

『ボクもなの!』


 キッズたちのお気に入りはオピオタロスの霜降りのようだ。

 そういえばエルニとサーヤは貴族たちの慰労会でもオピオタロスばっかり食べてて、味付けで喧嘩してたっけな。

 たしかにオピオタロスは高級肉らしい味がするからな。薄切りにしたらきっと上カルビみたいな感じだ。

 さらにそれより高級なスターグリズリーってどんな味がするんだろ。

 気になるが……ま、いまは目の前の肉に集中だ。


「すみません、つぎはクイノタロスの上赤身を薄切りでお願いします」

「よろこんで!」


 目の前で焼いてくれる臨場感もあり、俺もいつもより多く食べてしまった。


「く~っ! いい肉には酒が合うね!」


 酒杯を揺らして上機嫌なメレスーロス。

 メレスーロスが飲んでる発泡酒(エール)が、今までで一番美味しそうに見えてしまった。ストアニアの友人たちの気持ちが一瞬理解できた気がする……ストアニアにもこういう店があったら、今度あいつらを連れていってあげよう。


 結局、幼女たちはすべての肉を2回ずつ注文したところで限界を迎えたらしい。

 食べ過ぎて動けなくなった幼女たちを抱えて店を出たのは、入店から一時間半も経ってからだった。

 メレスーロスもほんのりと顔が赤い。十杯くらい飲んでたのにほろ酔い程度とは、エルフは酒に強いんだろうか。


「美味しかったですね。良いお店を教えてくださってありがとうございます」

「こちらこそ、またご馳走になって面目ない。ありがと」

「情報料代わりですから。それに、サーヤを背負ってもらってますし」

「これくらい大したことないよ。子どもだから軽いしね」

「そ、そんなことない……りっぱなレディよ……うぷ」


 立派なレディは肉の食べ過ぎで吐きそうにはなりません。

 しかし本当にいい店だった。

 他の都市にもあるといいけど。


「どうだろうね。ここは魔物がたくさん獲れるし冒険者も多いうえに、バルギアとレスタミアの交通の要所でもあるから、いろんな知識や食事方法が流入してくるんだよ。だからこういう変わった店にも寛容な文化なんだよね」

「なるほど。この都市ならではって感じなんですね」

「うん。他にもいい店があるから、またいつか一緒に来たらそのとき案内するよ」

「お願いします。楽しみにしてますね」

「うん、もちろん」


 一緒に来たら、か。

 もしメレスーロスが仲間になったらいろんなことを話せて楽しそうだな。バルギアまで旅をして、みんなが賛成したら誘ってみようかな。

 もちろん、下心はありません。


 ……ないよ。本当だよ?

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