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カノーネンフォーゲル eins  作者: 田鶴瑞穂
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空軍士官学校の候補生⑦

 「ユンググラース、君は空軍を首になってもサーカスで喰っていけるな!見事な特殊飛行だったぞ!」

 感心のあまりゴロップ中尉は、そのような冗談を思わず口にしてしまった。それほどシャルロッテの飛行技術は初心者離れしていたのだ。

 「嫌ですよ、中尉。私は首になるつもりなんてありませんから。」

 洒落の通じないシャルロッテは、ゴロップの言葉を文字通りに受け取って、そう答えた。

 特殊飛行訓練を開始して一週間、シャルロッテは、そのほとんどをすでに習得し終えていた。通常では考えられない上達速度に、ゴロップを始め、教官たちは皆一様に驚きを隠せなかった。彼女は、宙返り、錐揉み、横滑りと言ったいずれの特殊飛行も、教官のデモ飛行を一度でも見れば、すぐに模倣して見せたのだ。それらよりも高度な技術を要する横転、上昇反転、宙返り反転、緩横転等と言った応用特殊飛行も、習得するのにものの数日しかからなかったのである。

 「まだ一週間ですが、彼女は次の教程に進んで良いのでは?」

 ステルツの提案に、他の教官たちも異議はなかった。

 次の教程は計器飛行だった。周りを視認できない夜間や雲の中を飛ぶ時、または目標となる地形が全く無い洋上を飛ぶ時などに、六つの計器、すなわち対気速度計、高度計、水平儀、定針儀、旋回計、昇降計、これらの計器のみを頼りに飛行する技術が計器飛行である。訓練では後部操縦席に幌を被って行う。そのため、目標も水平線も視認できず、頼りになるのは唯一見えている計器だけだ。前方の針路や傾きを計器のみを見て修正するのだが、実のところシャルロッテにとっては、この訓練が一番苦手だった。と言うのも、彼女の飛行に関する勘は凄まじく、計器に頼らずに訓練を度々クリアしてしまったからだ。しかし、ステルツを始めとする教官たちの目は誤魔化せなかった。

 「ユンググラース!君の勘は凄いとは思うが、それだけでは駄目だ!万が一、その勘が外れたときは取り返しがつかないことになる。計器飛行は、その万が一を起こさないための技術なのだ!」

 これには、流石のシャルロッテも言い訳のしようがなかった。いつもの元気は何処へやら、

 「申し訳ありません・・・教官・・・。頑張りますので、ご教授、宜しくお願いします・・・。」

と弱弱しく返事をするのだった。 

 このように習得に四苦八苦した計器飛行であるが、一週間ぶっ続けで行った甲斐あって、勘に頼らずにこなせるようになっていった。計器飛行さえできるようになれば、夜間飛行も楽勝である。レーダーの無かった当時、夜間の飛行は非常に危険で、するべきではないとされていた。何せ上空から地上が見えないため、高度を的確に把握できず、着陸を安全に行うことが出来なかったからだ。しかし、計器類を使いこなせれば、それも可能となる。

 「教官の言う通りだったわ・・・。夜間飛行は勘だけでは危なっかしいわ。苦労して習得した甲斐があった・・・。」

 シャルロッテは、厳しく指導してくれた教官たちに心から感謝した。

                  ☆

 基礎的な飛行訓練は、いよいよ編隊飛行を残すのみである。編隊飛行は三機一組が基本である。編隊の組み方は、滑走路から一機づつ飛び立った後、空中集合を行ってから三角形型に隊形を組むのである。編隊飛行では必ず隊伍を組んで行動しなければならないので、相当な熟達が必要となる。技量に差があるとまず上手くはいかない。しかし、三人の技量が伯仲していれば、例え一番機が旋回したり、あるいは振り回すような荒い操作を行ったとしても、それに喰らいつけるのである。

 シャルロッテは、ステルツ教官の指示でハルトマンとコルツの三人で編隊飛行の訓練をすることになった。問題は編隊の動きを決める一番機を誰が務めるかだったが、ハルトマンもコルツもシャルロッテを指名した。

 「えっ・・・何で私なんですか?」

 「何でって・・・君がこの中で一番操縦が上手いからだよ。」

 「そうそう、俺たちじゃあ一番機は務まらんよ。」

 「またまたぁ。ハルトマンさんもコルツさんも大した技量をお持ちじゃないですか・・・。私なんかじゃ一番機は務まりませんよ・・・。」

 実は、シャルロッテは自分が飛ぶことを楽しんでおり、ハルトマンやコルツのように真剣に訓練に取り組んでいる訳ではないと心の奥底で感じていた。そのため彼らより自分の方が勝っていると考えるのは不遜だと無意識の内に心にブレーキをかけていたのだ。

 「何を言ってるんだ。俺たちだけじゃなく、教官たちも皆君の飛行技術を認めている。そう、稀にみる天才だってね。」

 「天才・・・ですか・・・私らしくない言葉だなぁ・・・。」

 躊躇するその様子を見て、ハルトマンは無性に腹が立ってきた。この子は、俺たちが持ちたくても持てないものを持っているのに、本気でその事に気付いていないのだ。そう思うと、つい声を荒げて怒鳴ってしまった。

 「君がそんなんじゃあ、俺たちの方が情けなくて!自分達が哀れで!泣けてくるぜ!」

 その声にシャルロッテは驚いて固まってしまった。しかし、ハルトマンは構わずに続けた。

 「いいか!君は間違いなく天才で!俺たちが欲しくて欲しくて仕方がないものを持っているんだ!自信を持て!胸を張れ!笑って自分の技量を誇れ!君にはその資格があるんだ!」

 ハルトマンの言葉に嘘偽りが無いことは、その眼差しをみれば判った。

 「(そうか!私は自分を誇りに思っていいんだ!)」

 シャルロッテは目から鱗が落ちる思いだった。

 「有り難うございます!私、シャルロッテ・ユンググラースは、これからは自分も認めていきます!自分の腕を信じます!」

 「よしっ!その意気だ!一番機、頼んだぜ!」

 基より優秀な三人である。瞬く間に編隊飛行を成功させ、あまつさえ特殊飛行を編隊飛行でやってみせた。これにはステルツを始めとする教官達は皆舌を巻いた。が、同時に感謝で天に祈りたくなるほどの気持ちだった。第一期生の中にこれほどの天才が三人も居たのだ。

 「(彼女らは、必ずや我が祖国の守護神になってくれる!おぉ、主よ!感謝いたします!)」

 こうして、シャルロッテ達三人は早々と基礎訓練の課程を修了したのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 友人や仲間というのは、自然と本人の水準に合った人物が成る、といいますが、彼女もそのようですね。素晴らしい仲間だ。
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