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カノーネンフォーゲル eins  作者: 田鶴瑞穂
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空軍士官学校の候補生⑥

 シャルロッテが与えられた初めての動力機は九四式練習機だった。一二九四年に正式採用された九四式は、機体構造が鋼管に羽布張りで後退角の付いた上翼を持つ複葉機である。しかしながら近代的で高速、安定性、操縦性、実用性とも申し分のない機体だった。ただし、教育用なので候補生が乗る前席と教官が乗る後席がある。後席にも操縦桿があり、計器類も全部ついているのが実用機との違いである。これから、この機体を使って、攻撃方法や防御方法、戦場で想定される様々な機体運動などの訓練を行っていくのである。

 さて、飛行機は風に向かって離陸し着陸する。当たり前だが風の向きは季節だけでなく、日によっても変化する。そのため、士官学校に設営された三本の滑走格は、各々が別の方位を向くように造られていた。季節は春である。西風が多いため、東西方向に造られた第2滑走路が頻繁に用いられた。ちなみに、第1滑走路は南北方向に、第3滑走路は北西から南東方向に向けて造られていた。

 まずは西へ向けて離陸上昇する。やがて第一旋回を行って北に変進、高度二百メートルで水平飛行に移り、およそ五十キロメートル先で第二旋回を行って東に変進する。飛行場を右手に見つつ、今度は第三旋回を行って南に変進、ここから降下を始めて、第四旋回で滑走路の延長線を西に向い、そのまま降下を続けて飛行場に入ったところで着陸する。特に奇をてらった点の無い訓練ではあるが、基礎中の基礎なので、シャルロッテは疎かにはしなかった。何よりも大好きな飛行を好きなだけできるのが良かった。

 「えっ!?戻ってきたばかりじゃないですか。また飛ぶんですか?」

 整備兵が呆れながら尋ねた。これで十回連続である。

 「だって、今練習機による訓練をしているのは三人だけでしょ?そらが空いてるんだから飛ばなきゃ勿体ないじゃない。」

 そこへ教官であるステルツ大尉が駆けつけてきた。

 「こら!ユンググラース!いい加減にしろ!」

 「あ!教官!何故飛んじゃ駄目なんですか?」

 「いいか、ユンググラース!疲れは事故を誘発する。飛行機乗りにとっては、休息も重要な任務の一つなんだ!適度な休憩は必ず取れ!」

 「お言葉ですが教官、むしろ今のうちに訓練しておかねば、いざと言う時に連続出撃などできません!自分の限界を知っておくことも訓練の重要な目的の一つだと自分は愚考いたしますが?」

 「屁理屈を捏ねるな!とにかく今日はもう休め!」

 このように、シャルロッテがあまりにも連続して飛ぶものだから、教官たちにたびたび止められる始末だった。しかし、彼女とともに練習機による訓練に入っていたハルトマンとコルツの目には、彼女の姿は祖国の危機に対して居ても立っても居られない愛国者として映っていた。

 「なぁ、あの子今日も十回連続で飛んでるぞ。あの華奢な体には堪えるだろうに・・・。」

 「焦燥感があるんだろう。法皇国はいつ攻め込んで来てもおかしくない状況だ。一分一秒でも多く訓練を行って、一刻も早く一人前になろうとしているんだろうな・・・。」

 「あんな幼い子が頑張っているんだ。俺たちも負けてはいられんな。」

 「ああ・・・それこそ一刻も早く一人前のパイロットにならなきゃな。あの子に笑われちまう・・・。」

 このように、シャルロッテの行いは彼らに大いなる誤解を与えていた。彼女はただ自分が飛びたいだけで、特段崇高な使命感を持って訓練に励んでいる訳では無かったのだが。また、シャルロッテは確かに彼らよりも五歳ほど年下ではあったが、小柄だったために実年齢よりも随分と幼く思われていたのだった。しかし、これらの誤解によって、彼らは自分達ももっと頑張らねばと自らを奮い立たせていた。そして、この努力が彼らを共和国随一のエースパイロットへと導いたのだから、決して無意味なことではなかった。

                  ☆

 五十回目の訓練飛行を終えたところで、後部操縦席に教官が乗って基礎的な操縦技術のチェックが行われた。彼女の操縦は完璧で、基本技術では最早教官が教えることは何もなかった。そこで、次の教程に進むことになった。本来はここで編隊飛行の訓練に入るところなのだが、残念ながら編隊を組めるほどの人数はまだ揃っていなかった。そこで、一つ教程をとばして特殊飛行訓練に入ることになった。

 特殊飛行とは、空中サーカスのようなものと言えば通じるだろうか。まずは、基本特殊飛行。これは直角旋回から始まり、宙返り、錐揉み、横滑り等の技術を取得することを目的とした訓練である。次の段階が応用特殊飛行。これは横転、上昇反転、宙返り反転、緩横転等と言った技術を取得することを目的とした訓練である。最高レベルに達すると、背面飛行でそれこそ床の土を被るように飛べるようになる。しかし、これらの技術はよほどの適性がないと上手くいかず、誰でもできるようになるとは限らない。墜落などの事故原因に繋がりかねない危険なものだからだ。しかし、戦闘機乗りや攻撃機乗りにとっては不可欠な技術でもあった。

 さて、通常の訓練は五百メートルから八百メートルほどの高度で行われるが、特殊飛行では安全を考慮して千三百メートル以上の高度にまで上がって行われた。まずは、後部操縦席に乗った教官が手本を示した。前部操縦席に乗る候補生は計器類の変化やエルロン、ラダー、エレベーター、これら三つの舵の動きを実地で体験して覚えるのである。

 「では、ユンググラース。まずは直角旋回をやって見せるから、続いてやってみなさい。」

 伝声管を通じて、後部から教官であるステルツ大尉の指示が聞こえた。

 「了解!」

 彼女の返事と同時に、機体が傾き急激な旋回を始めた。そして握っている操縦桿が横方向に倒れていくのが感じられた。左右の翼を交互に見てみると、エルロンが非対称に動いているのが確認できた。機体は殆ど横倒し状態であり、そのままぐいーんと旋回していった。

 「(なるほど!感覚は分った!)教官!では今度は私がやってみます!」

 「了解!無理はするなよ。」

 ステルツの返事を聞くや否や、シャルロッテは操縦桿を横倒しにして急激な旋回を開始した。それはステルツが手本としてやってみせた旋回よりもはるかに小回りで激しいものだった。

 「こ、こら!ユンググラース!無理はするなと言ったろう!」

 「教官!無理はしておりません!後ろから敵戦闘機に撃たれている状況を想定して、銃撃から逃れるための動きをしてみました!」

 確かに、自分がやってみせた見本では敵の銃撃からは逃れることはできないだろう。あくまでも初心者向けの直角旋回の例を見せたのだから。それに対しシャルロッテは、たった一回見ただけで実戦的な直角旋回をやってのけたのである。

 「(この子は天才かもしれない・・・。確認してみるか。)ユンググラース、もう一回だ!今度は逆方向に旋回してみなさい!」

 「了解!旋回します!」

 今度も見事な直角旋回だった。先ほどの旋回は偶然ではなかったのだ。

 「(なるほど、この子は凄いパイロットになるかもしれない・・・。)」

 ステルツは、驚きとともに、今ここでこの天才にまみえることができた幸運を噛み締めていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] これで突然、彼女が偵察隊に配属されたら本当にルーデル魔王のようだ……(笑)
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