空軍士官学校の候補生⑤
滑空機訓練においては、計器類の読み取りとコントロール装置の使い方を学ぶ以外にもう一つ大事なことがある。それは着陸である。と言うのも、着陸は、航空機の操縦において最も危険な場面なのである。事故の実に八十%が着陸時に起こると言われている。事故の原因は、低空での失速によるものが多い。無事に着陸するためには、まず着陸にとって最適な位置を取り、さらに降下角、軸線、速度を的確に合わせるという操作上のテクニックが必要になる。高度が三十メートルよりも低くなると、地面との摩擦で風が弱くなるため失速に注意する必要がある。ところが、高度がさらに低くなり、翼幅くらいの高さになると、今度は翼の地面効果により空気抵抗が減って滑空比が大きくなってしまう。また、接地する際には失速ぎりぎりの所で接地しないと、機体が跳ね上がったり、着陸滑走の距離が長くなったりしてしまう。かと言ってタイミングを誤ると数メートルの高さから落着することになり大変危険なのだ。
さて、我らがシャルロッテの初飛行は如何であったろうか。ついに本物の飛行機に乗って飛ぶことができる。そのあまりの喜びから、彼女の口元は緩んで口角は釣り上がり、目はギラギラとした光を放っていた。その姿は傍から見れば狂気を感じる程であったが、彼女にとって他人からどう思われようと、そんなことはどうでもいい事だった。
今回は初めてのフライトなので残念ながら単独で、とはいかなかった。曳航されながら先導する飛行機の動作を逐一なぞることで、操縦のいろはを学ぶのが実習の目的である。やがて彼女が乗る滑空機は先導の飛行機に牽引されて動き始めた。ぐんぐんとスピードがのり、ある時ふっと重力を感じなくなった。機が空中に浮かんだのだ。それは彼女にとって、永遠とも思える至福を感じるものだった。
「いぃぃぃやっほうぅ!!」
思わず歓声が口から洩れた。
「(私、飛んでる!飛んでるんだよね!やったぁぁぁー!)」
八年もの間、恋焦がれた瞬間だった。喜びのあまり意識も飛びそうだったが、繰り返しその身に叩きこんだ修練は、そのような不確かな意識下においても彼女に正確な操縦を行わした。牽引機に乗った教官たちは、初めてとは思えないシャルロッテの見事な操縦に舌を巻いていた。
やがて飛行予定時間が終わり、着陸する段になった。大きく旋回して飛行場に降りるための位置は取れた。あとは三つの舵を操作して無事地上に降りたつだけだった。しかしながら、シャルロッテを以ってしても、シミュレーターと実機では勝手が違っていた。さすがに墜落などの失敗はしなかったが、スムーズとは行かず、機体をドスンと落着させてしまった。
教官たちは、初めてのフライトでここまでできれば合格点以上の出来だと判断したが、当の本人にとっては後悔すること仕切りだった。他人の目が気になるのでは無い。シャルロッテにとっては自分の乗った機は相棒だった。その相棒に痛い思いをさせてしまったことに深い後悔の念を抱いたのだ。
「(くそっ!なんと言うことだ・・・このような仕打ちを相棒に対して二度とするものか・・・。)」
と決意したのだった。
その決意通り、二度目のフライトでは彼女は着陸においてもベテランの飛行機乗りかと見間違うばかりの技量を見せつけた。そこで、教官たちは三度目のフライトで、早くも彼女の単独飛行をさせてみることを決めた。
「あの子なら大丈夫だろう。」
「いや、むしろ牽引したままの実習では、彼女にとってはもう得るものはないだろうな。」
「三回目で、というのは早すぎる気はするが・・・確かに時間の無駄でしかないだろう。」
こうして、三度目のフライトは、牽引ワイヤーを外して行う単独飛行訓練が実施されることが決まった。
三度目にもかかわらず、操縦席に乗り込むと思わず顔がにやけてしまう。
「(まるで、遊園地の乗り物に乗り込む幼子だな・・・)」
ニコニコ顔で乗り込むシャルロッテを見て、滑空機の周りにいた整備員達は皆、心の中で「可愛いなぁ」と思っていた。勿論この場合は、“素敵な女性”と言う意味ではなく、“子どもみたいに”と言う意味でだ。
牽引機が走り始めた。引っ張られてシャルロッテの乗る滑空機も動き出す。そしてぐんぐんスピードが上がっていく。やがて、牽引機に続いて彼女の機もふわっと浮かび、大空に向かっていった。
「ひゃっほうぅ!!」
相変わらず口からは変な声が無意識に出てしまう。周りに聞かれる心配が無いことが幸いだった。聞かれていたならば、「これは遊びではないのだぞ」と叱られてしまっただろう。
飛ぶこと十数分、シャルロッテは「いぃぃえぃ!」とか「やほうぉお!」とか上機嫌で奇妙な歓声を上げ続けていたが、前を飛ぶ牽引機から牽引ワイヤーを外せと言う合図が出たことは見逃さなかった。直ちにハンドルを引いてフックを解除すると、牽引ワイヤーが外れた。
そこから数十分間、彼女は悠々と空を舞い、単独飛行を堪能した。勿論、決められたメニューを全てこなして、だ。着陸も万全だった。教官たちは滑空機での演習は最早彼女には必要の無いことだと認めざるを得なかった。こうして彼女は数日で滑空機訓練を卒業してしまった。この時、彼女と共に動力機訓練に移行できたのは、ハルトマンとコルツの二人しかいなかった。