エピローグ
「甘い!何をボヤボヤしている!」
今日も飛行場には、シャルロッテが隊員達を叱る声が響き渡っていた。
鬼教官、鬼指令等と呼ばれる彼女だが、航空団全員から等しく慕われ、尊敬されていた。
「今日もまるで歯が立たなかったですよ。司令の操作術は凄いですね。」
赴任して間もない少尉が頭を掻いた。
「あの人は特別だ。少々の事では追いつけまいよ。」
「杖をついておられるから、先の大戦で右足を負傷されたんでしょうけど、それがハンデにもならないんですから・・・参りましたよ。」
「お前、ほんとに司令の事を何も知らないのだな。司令は片足だ。右足を失っておられる。」
「えっ!?」
少尉は一瞬で青ざめた。彼女の操作術は、到底片足でできる次元ではなかったからだ。
「一生かけても追いつけないかもしれない・・・。」
ベルゴルド決戦の大敗北で、法皇国は遂に戦争継続能力を失った。兵器生産、食料生産、インフラ建設、そして兵隊に適する年齢層十五歳から五十歳までの四分の一を失い、国家機能の維持が覚束なくなったからである。一方的に宣戦布告をしてきたくせに、今度は一方的に終戦宣言をして軍を引き上げていった。一応は平和が戻ってきたと言えたが、その教義に従う限り法皇国は必ず再び侵略してくると思われた。その時のために準備を怠ることはできない。シャルロッテは後継を育成するのに余念が無かった。
☆
シャルロッテが負傷によって前線から離れた後、ベルゴルド決戦はどうなったのか?
地上攻撃航空団の猛攻によって、間も無く法皇国の戦車軍団は殲滅されてしまった。シャルロッテのレベルには及ばないとは言え、隊員達の命中率は五〇%を超えている。怒りに我を忘れて、連撃に次ぐ連撃を繰り返した結果、数日を待たずして法皇国の戦車は一輌も残さず撃破され尽くしたのだった。
その翌朝、地上攻撃航空団の隊員達は、まんじりともせずに夜明けを迎えた。隊員達が待ち望んでいた『シャルロッテ目覚める』の知らせは無かった。再び抑えきれない怒りが湧き上がった。隊員達の八つ当たりに付き合わされた法皇国軍の運命は悲惨の極みだった。装甲車、橋梁、塹壕、高射砲陣地・・・、ありとあらゆるものが標的にされ、爆発炎上していく・・・。一方、友軍の重砲隊も休むこと無く火を噴き続け、法皇国軍の歩兵部隊を次々と吹き飛ばしていった。最早法皇国軍は軍隊の体を成していなかった。移動手段を失った彼らは逃げることもままならなかった。その後、共和国軍歩兵部隊と機甲部隊による掃討戦が開始された。結果、戦車三万四千輛、装甲車六万一千輛、重砲五千門、総兵力二百万人を誇った法皇国軍はほぼ全滅し、再度共和国を侵略する能力を完全に失ってしまったのだった。
航空団員全員が待ち焦がれていた知らせは、法皇国軍が壊滅した後にもたらされた。
「隊長が目覚めたらしい!」
「「なにっ!!本当か!!」」
団員達は異口同音に叫ぶと、皆一様にオンオン泣き出した。法皇国軍の壊滅より遥かに嬉しい知らせだった。
「隊長に胸を張って言えるな。『我々一同、隊長を見習って頑張り抜きました』ってな!」
「「おおっー!!!」」
☆
半年ほどして、シャルロッテは、義足を付けて再び航空団に戻ってきた。軍用車から杖をつきながら飛行場の芝生の上へ降り立ったシャルロッテは、眼を瞑り、顔を大空に向けて呟いた。
「あぁ、やはり飛行場はいい。この飛行機のエンジン音、心が安まる・・・。」
眼を開けると、大空に飛行機達が舞っていた。風も心地よかった。
「やっと還ってきたのだわ!待ちかねたのだわ。私も飛びたくてうずうずしていたのだわ。」
久しぶりに聞く、エンゲルのキンキン声だった。
「私を待たずに飛んでいればよかったのでは?エンゲル。」
「何を言うのだわ!私自身は操縦できないのだわ。それと私が命を預けることができるのはシャルだけ!他の奴らは信用できないのだわ。」
「そうでも無いだろう?私が居なくても、皆立派に役目を果たしてくれた。航空団の皆は、本当に自慢の奴らだよ。」
遠くから大勢の隊員達が形振り構わず走り寄ってくる様子が見えた。シャルロッテは、再び顔を大空に向けて眼を瞑った。そして、祈るように心の中で呟いた。
「(マリー、これからも私達を見守っていてね・・・。私達は、祖国を守り抜いてみせるから!)」
カノーネンフォーゲル【完】