ベルゴルド決戦③
「嘘っ!嘘よぉぉぉ!」
クヴェックズィルバーは報告を受けて、まず絶叫した。
「ユンググラースが撃墜された!意識不明の重体ですって!!嘘よ!あの娘に限ってそんな・・・そんなことが!!」
側近達は狼狽えた。何故なら、大統領は実の娘が戦死したと聞いた時も、眼に涙を溜めて身を震わせはしたが、感情を露わにして取り乱すと言うことは無く、冷静に対応を指示したのだ。ところがどうだ。シャルロッテの重体の報を聞いてここまで取り乱すなど、誰も予想していなかった。
「・・・おのれぇぇえ法皇めぇぇえ!一度ならず二度までも・・・私の、私の愛しい娘を奪うのかっ!・・・許さない・・・許さない・・・許さない・・・許さない・・・許してなるものか!!・・・私は戦うぞっ!戦い抜いて、必ずや!必ずや貴様を地獄に送ってやるっ!」
跪きながら累々と涙を流し、身を震わせてクヴェックズィルバーは復讐を誓った。その様子を見た側近達もまた、改めて大統領と最後まで共に戦う決意をしたのだった。
ヴォルフェンビュッテル陸軍元帥は極めて冷静なふりをしながらも、傍から見れば取り乱したようにしか思えない命令を発していた。
「防衛に就いている数個の大隊を割いてもかまわない。ユンググラースの救出を優先せよ!大佐は、まだ我が軍にとって必要な人物だ。死なせてはならない!」
空軍元帥グリュックスシュヴァインもまた、いつもの取っつき易い態度をかなぐり捨てて、鬼の形相で命令を下していた。
「おいっ!何としてもユンググラースを後方の安全な病院まで輸送しろ!奴は俺たちの切り札だ!失う訳にはいかねぇんだ!」
皆がシャルロッテのことを想っていた。いつの間にか、彼女は共和国にとって欠くことのできない人物になっていたのだ。
シャルロッテが撃墜された、意識不明の重体だとの報は、地上攻撃航空団の隊員達にも知れ渡った。隊員達にとって、司令官シャルロッテは憧れの的、栄光のシンボルだった。その彼女が撃墜されたのだ。全員が衝撃のあまりしばらく放心していたが、やがて抑えきれない怒りが湧き上がってきた。
「俺たちの隊長をよくも!!!」
「許さんぞ!決して許すものか!!」
「貴様たちの肉片の一片たりともこの世に残すものか!」
「必ず俺たちが!隊長の代わりとなってお前たちを地獄に送ってやる!!」
「法皇国の奴らめぇ!この世に生まれてきたことを後悔させてやる!」
そこからの地上攻撃航空団は全員が鬼神となった。四百機余りのカノーネンフォーゲルは対空砲撃などものともせず、法皇国軍へと襲いかかっていった。
☆
・・・。・・・。・・・。・・・。
「(頭の中が白い……。こ、ここは……。ここは一体何処……。)」
「・・・目が覚めたかい、大佐。」
覚えの無い男の声が聞こえた。
「ここは・・・どこ?貴男は・・・?」
「ここは前線から十キロメートル後方、セローにある包帯所だよ。大佐、君は重傷を負って運ばれてきたんだ。私はゲー・レーザークラッベ。ドクトルだよ、大佐。」
「そうですか、包帯所・・・・・・そうだ!私は空中で負傷して、その後・・・!!あの、ドクトル!!私の足はどこですか!!まさか私の足は、無くなってしまったんですか!!」
「・・・残念ながらその通りだ。ここへ運ばれてきた時点で、すでに右足の膝から下は吹き飛んでいたのでね、処置の仕様が無かった。」
「そうでしたか・・・。」
「君の悲しみは分かるよ、大佐。・・・もう普通に歩けないんだからね。」
「違います!ドクトル!そんなことはどうでもいい!今の私にとって問題なのは、この国家存亡の危機に、飛べないということです!」
「えっ・・・!?いや、それどころでは無い重症だよ、君は。」
「私が飛ばなければ、法皇国の戦車が我が国を蹂躙してしまう!ううっ・・・。くそっ!!」
「そんなに思い詰めると、傷に障るよ、大佐。・・・実は、グリュックスシュヴァイン元帥から連絡があって、君が意識を取り戻したらすぐに安全な後方の病院へ移送しろとのことだった。しかし、まだ出血があるようだし、明日まで様子を見よう。」
そう言うと、ドクトルゲーは別の負傷者の様子を見るために、シャルロッテの側を離れていった。
「くそっ!・・・くそっ!・・・くそっ!!」
シャルロッテは、悔しさと焦燥と怒りで脳の血管がぶち切れそうだった。今ここで飛ばずして何時飛べばいいと言うのか!!すでに顔に巻かれた包帯は涙と血でぐしょぐしょだったが、シャルロッテは両拳をぎゅっと握り締め、身を震わせながら泣き続けた。
突然、誰もいないはずの背中側から、懐かしい声が聞こえてきた。
『いい、シャル。あなた一人で戦っている訳ではないのよ。もっと仲間を信頼しなさい。』
「(えっ!?この声は・・・!)」
シャルロッテは、思わず泣くのを止めた。しかし、体が強張って身動きが出来ず、確認したくても周りを見渡すことはできなかった。彼女が目を見開き、その身を小刻みに震わせていると、再び声が聞こえて来た。
『もっと肩の力を抜きなさい。皆が頑張っている。貴女は、貴女の責務を果たせば良いだけ。』
そう、これは、マリー・ヘンシェルの声だ。すると、まるで呪縛から解放されたようにシャルロッテは体を動かせるようになった。慌てて周りを見渡した。当然の事ながらマリーはいない。しかし、彼女には確かにマリーの声が聞こえた。
「・・・ごめんなさい、マリー。自分が、自分が、って思い詰めていたわ。いつまで経っても私は駄目ね・・・。そうよね・・・自分一人が戦っているわけではないのよね・・・。」
シャルロッテは眼を瞑り、まるで祈りを捧げるように手を組んだ。しばしその状態を続けた後、静かに眼を開けて呟いた。
「有り難う、マリー。私の親友・・・。もう大丈夫・・・。心配しないで・・・。」