ベルゴルド決戦①
「法皇猊下・・・上奏いたします。」
嘗てない追い詰められた表情の大元帥チェルノブ、空軍元帥ヤドヴィートイ、陸軍元帥スカルピオーンの三名が法皇の前に跪いていた。
「・・・申してみよ・・・。」
口を開いたのはチェルノブだった。
「はっ、この三年余りの戦いで、我が国の戦争継続能力は無くなりつつあります。このままでは、我々が敗北を喫してしまいます。」
「・・・・・・・・・。」
法皇はいつものように無言だったが、理由を問う目をしていた。
「これまでの戦いの結果、資源、資金、人材、その全てが枯渇しつつあります。これらは無限ではありません。ですから、まだ枯渇しきっていない今こそ思い切った大戦略を採用する必要があります。」
いつもとは異なり、チェルノブの顔は必至の形相だった。破滅を迎える前に何とかしなければ・・・その決意をチェルノブから汲み取った法皇は、怒りを抑えて尋ねた。
「・・・具体的な方法は・・・?」
「はっ!全土に残されたすべての兵力を一点に集中し、国境線を突破、その後共和国の首都ベルイーズの占領に向かいます。」
チェルノブに代わって、スカルピオーンが説明する。
「今であれば、まだ我が方の陸軍戦力の方が共和国を上回っております。しかし、このまま後半年、現状の作戦を継続しますと彼我の戦力は逆転します。今こそ決戦を決意するべき時かと・・・。」
さらにヤドヴィートイが説明を引き継いだ。
「セラフィエルが通用しなくなって以降は、空軍戦力の整備は戦闘機のみに傾注しました。空軍は地上支援に徹し、『天空の魔女』達を陸軍に近づけさせないよう全力を注ぎます。」
最後に再びチェルノブが口を開いた。
「法皇猊下!御裁可をお願いいたします!」
「・・・許可する・・・。」
それだけ言うと、法皇は三人に背を向け、黄金のモニュメントに向かって祈りを捧げ始めた。三人の元帥は、法皇の祈りの邪魔にならないよう、音を立てないようそっとその場を離れた。
こうして、現在法皇国が保有する兵力のほぼ全てがベルゴルド周辺に集められた。共和国も戦力の集中を急いだ。機は熟しつつあった。両国の命運をかけた決戦が間も無く始まろうとしていた。
☆
ベルゴルドを拠点として展開する法皇国軍は、戦車三万四千輛、装甲車六万一千輛、重砲五千門、総兵力二百万人と言う当時動員し得る全兵力を集結させていた。三年を越える戦いで、さすがの法皇国も疲弊していた。すでに兵八百五十万人を失い、戦車五万四千輛、装甲車九万七千輛、重砲二万四百門、航空機四万六千機を失っていた。しかし、法皇ラスプーチンは自らの勝利を信じて疑わなかった。我は神に守られている、負ける訳が無いと。
四月十六日午前四時、砲兵部隊が一斉に砲撃を開始した。長きに渡る法皇国による侵略戦の最終章、ベルゴルド大戦車戦がついに開始された。共和国との国境線に最も近い都市ベルゴルドから北方の町クルスクまでの百二十kmにもおよぶ鶴翼陣を形成した法皇国陸軍は、一斉に国境線の要塞を攻撃、これを突破する大作戦だった。
この進撃に対し、シャルロッテ指揮下の第一、第二、第三地上攻撃航空団は、全航空機四百八十機を持ってこれを迎え撃った。
「我々が敵の戦車、装甲車、重砲を破壊すればするほど陸軍の防衛と反撃は容易くなる!長きに渡る戦いで、さしもの法皇国も多くの兵士、兵器を失い疲弊している。もう一押しだ!狂信者どもを駆逐し、共和国に平和をもたらすのだ!我に続け!」
「「「おーっ!!!」」」
搭乗員達は一斉に愛機に駆け寄り、辺りはエンジンの爆音に包まれた。四百八十機のカノーネンフォーゲルが順序よく滑走路に移動しては、次々と大空へ飛んでいった。
「何これ!見渡す限り平原を戦車が覆っているじゃない!さすがにこれだけの戦車が一堂に会するのは初めて見るわ。」
戦場に到着したシャルロッテは眼下の平原を見て唖然とした。二十メートルほどの幅を空けて戦車が横一列に並んで進撃している。各々の戦車の後ろには、四十メートルほどの車間距離を空けて次の列が、またその四十メートルほど後ろに次の列が、と言うように視界一面に戦車が行儀良く並びつつ前進していた。
「全機!撃て!」
四百八十機のカノーネンフォーゲルの三十七mm機関砲が一斉に火を噴いた。これまでシャルロッテが鍛えに鍛えた精鋭達である。全ての砲弾が、吸い込まれるかのように敵戦車の後部吸気口付近へと飛び、そして四百八十輛の戦車が一時にパッと燃え上がって停止した。戦車の群れの上を一旦通り抜けてからUターンしたカノーネンフォーゲルの群れは、今度は戦車の後方から追いかけるように襲いかかると、再び四百八十門の三十七mm機関砲が火を噴いた。結果、先ほど同様四百八十輛の戦車が一斉に燃え上がり停止した。
これを十二回繰り返した後、シャルロッテ達は砲弾と燃料を補給するため、飛行場に帰還した。この時点で、すでに法皇国軍の戦車は三分の二に減じており、一方のシャルロッテ側には被害はほとんど無かった。