ダイヤモンド付黄金瑞宝勲章②
一三〇二年一月一日、出撃から帰還したルシャルロッテ達は新年を祝った。兵舎は飾り付けられ、食卓には航空団のコック、ランケルが腕によりを掛けて作ったご馳走が山と並べられた。隊員の皆で国歌を合唱して、このひと時のお祭りは大いに盛り上がった。
しかし、その二日後、事態は急展開を迎えた。これまで突撃一本槍だった法皇国軍が、全軍を国境線からクルスク並びにベルゴルドの二都市まで退かしたのである。共和国情報局は、その意図を解明すべくフル回転で情報収集に当たった。結果、どうやら戦力の逐次投入を止め、部隊の補充と追加、再編成を図り、軍団を整えるようだった。情報局の見立ては、『大規模作戦を準備している』と言うものだった。
地上攻撃航空団も法皇国軍の大規模攻勢に備えて、急ぎ部隊の再編成に着手することにした。そんな大忙しのシャルロッテのもとに、奇妙な命令が舞い込んできた。
『即刻ベルイーズの大統領官邸に出頭し、大統領に報告せよ』
☆
シャルロッテはいろいろな意味で気が重かった。急がなければならない部隊編成を放って出頭しなければならないことや、また空を飛ぶなという話になりそうだなと言う予感などがシャルロッテの胃を責め立てるのだった。
シャルロッテがベルイーズの大統領官邸に出向くと、共和国の西側国境近くに設置された共和国軍大本営に向かうよう命令された。大統領専用列車に載せられ、ヘッセン州にあるクランスベルグ城内に設置されていた大本営に到着した彼女は、そこでとある会議室に案内された。
扉の前で一息深呼吸をした後、シャルロッテは努めて元気な声で名乗った。
「シャルロッテ・ユンググラース中佐、入ります!」
「よく来たわ、シャル!入りなさい。」
大統領の声で返事が返ってきた。深く考えること無くシャルロッテは扉を開けて中に入った。扉を閉め、屋内の方を向いた途端、彼女は固まってしまった。何故なら、そこにはグリュックスシュヴァイン空軍元帥、ルーデルヴォルフ海軍元帥、ヴォルフェンビュッテル陸軍元帥を始めとして、軍の最高幹部が勢揃いしていたのである。三軍の将軍が綺羅星の如く集まっているのを見て、シャルロッテは場違い感のあまり目眩がしそうだった。
そんな、シャルロッテに構うこと無く、クヴェックズィルバーは要件を話し始めた。
「まずは貴女にお祝いを言わないといけないわね・・・。貴女のためにだけに作られた特別な勲章を授けるわ。それと先月三十日付で大佐に昇級します。さぁ、この勲章を受け取りなさい。」
「あ、有り難うございます!私のためだけの特別な勲章だなんて・・・!光栄と感激で身の震える思いです!」
シャルロッテに、十八金製の勲章本体に五十個ものダイヤモンドがちりばめられた「ダイヤモンド付黄金瑞宝勲章」がその場で授与された。これは出撃回数二千四百回、戦車撃破数五千輌の功によるものであった。
「・・・さて、貴女にわざわざここに来てもらったのは、私が貴女にどうしても言わなければならないことがあるからよ・・・。」
シャルロッテの胸に勲章を付けながら、クヴェックズィルバーは少し言い難そうに語り出した。シャルロッテはこの瞬間、最も悪い予感が当たったことを確信した。
「・・・はっきり言うわ。貴女には、もう二度と飛んで欲しくないの。貴女はもう十分に飛んで、十分すぎる功績を挙げたわ。貴女の命は、我が国の国民のためにも失われてはいけないのよ。」
一度目を瞑り、深呼吸をしてからシャルロッテはゆっくりと瞼を開き、真っ直ぐクヴェックズィルバーの目を見つめながら言った。
「・・・大統領閣下・・・私の意志は変わりません。もし私が、自分の航空団と行動を共にするのが許されないのであれば、私はこの勲章の授与と昇進を辞退いたします。」
今度は、クヴェックズィルバーが目を瞑る番だった。しばらく沈黙の時が流れた。シャルロッテにとってもとても長く感じる時間だった。その後、クヴェックズィルバーはゆっくりと目を開けた。その目には諦めと羨望が入り交じった光が灯っていた。
「……分かった。いいわ、飛びなさい。」
「有り難うございます、大統領閣下!!」
クヴェックズィルバーの言葉を機に、居並ぶ高官が次々とシャルロッテに祝福の言葉を掛けてくれた。
「よくぞ言った!やったじゃねえか、シャルロッテ・・・よくもまぁ、飛行禁止を解かせたもんだな。しかし、命は大切にしなよ。俺にあんまし心配かけるんじゃねぇぜ。」
元帥らしからぬ、しかし彼らしい言葉でグリュックスシュヴァインはシャルロッテを気遣ってくれた。
「受勲おめでとう、ユンググラース君。これからも君が我が将兵を守ってくれることは、百万の味方を得たようだ!よろしく頼む。」
ヴォルフェンビュッテル陸軍元帥は、本音を吐露して喜んでくれた。
このような高官達の言葉を聞いて、シャルロッテは自分の判断が間違っていなかったことを確信する事ができた。
☆
帰隊する為に大本営を辞したシャルロッテであったが、飛行機に乗り換えるため立ち寄ったベルイーズで、彼女を一目見ようとする群衆に取り囲まれる羽目になった。ダイヤモンド付黄金瑞宝勲章受章の知らせは、すでに新聞やラジオで知れ渡っていたのだ。これには、シャルロッテも閉口した。
「いくらなんでも人が多過ぎ!・・・一刻も早く帰隊したいのに、これじゃあ身動きが取れないよ・・・。」
警察隊の協力もあって、何とか脱出したシャルロッテは、一路部隊へと戻った。共和国最高勲章を得て帰隊したシャルロッテを、隊員達は全員で我が事のように祝ってくれたのだった。