巨人機の挑戦
『法皇国軍に変化の兆候が見られる。』
情報局から新しい知らせがもたらされた。全軍を一旦ベルゴルドからクルスクを結ぶ線まで下げたようなのだ。実際、ここ一週間法皇国軍による国境線への攻撃は無かった。ただ、残念なことに法皇国軍の目的までは察知することはできなかった。偵察機部隊は、頻繁に法皇国領内を索敵し、日に日に増強されていく法皇国陸軍の様子は把握していた。このことから、情報局は戦力の再編と集中運用を図っているのではないかと分析していた。何にせよ、共和国軍にとってもこの一時的な休戦は有難かった。部隊の再編や補給、戦車や重砲の補充などをこの機に済ましておこうと、兵站部隊はフル活動を始めた。
そんな日々がおよそ二か月続き、季節は冬を迎えようとしていた。十一月に入って、昼夜を問わずめっきり冷え込むようになった。これだけの期間、戦闘から離れていたため偵察部隊もやや気が緩んでいた。毎日、ベルゴルドからクルスクの上空を周って敵情を偵察し、基地に戻る。ほとんど定期便のようなものだった。この日も退屈な任務で終わるだろう、そう考えて飛んでいた偵察機の搭乗員達は、信じられないものを見て思考が停止してしまった。巨大な機影が十二機、頭上を覆い隠すかのように通過して共和国内を目指していたのだ。通過していく巨人機を、口をぽかーんと開けて見ていた彼らは、やがてはっと意識を取り戻すと、慌てて基地に向けて状況を打電し始めた。
☆
偵察機からの連絡を受けて、戦闘航空団は緊急出動した。およそ二十分で編隊を組んで飛んでいる法皇国爆撃部隊と会敵したのだが・・・。
「なんてデカさだ・・・。」
ハルトマン少佐は呆れて言葉が続かなかった。
「翼幅が六十mはあるぞ・・・。エンジンは六発・・・。なんなんだこの機は?!」
コルツ大尉は冷静に敵機を観察していたが、その声はやはり呆れていた。
「とにかく、こいつ等を野放しにしておくのは危険だ。攻撃しよう。」
第一戦闘機隊各機は上昇して、巨人機の斜め上にポジションをとった。そして一斉に銃撃を開始した。しかし、巨人機はびくともしなかった。7.7mmならまだしも、12.7mm機銃弾ですら弾かれている。翼を撃っても、エンジンを撃っても、胴体を撃っても、どこを撃っても弾かれてしまう。戦闘隊各機は繰り返し攻撃を仕掛けて全弾撃ち尽くしたが、結局一機も撃墜することができなかった。
悔しさで歯噛みする戦闘機隊を尻目に、巨人機中隊は悠々と共和国首都ベルイーズに向かって飛び去って行った。そして、その日の夕刻、ベルイーズは炎に包まれていた。巨人機はベルイーズ市内を思う存分無差別爆撃した後、再び法皇国内へと戻って行ったのだった。
☆
「法皇様、作戦は大成功です!我が超巨大爆撃機セラフィエルは、共和国首都ベルイーズを爆撃後、一機も失うことなく帰還いたしました!」
空軍大元帥ヤドヴィートイは、満面の笑顔で法皇ラスプーチンに報告していた。ヤドヴィートイの隣で跪いていたチェルノブは、苦虫を嚙み潰したような顔を法皇に見られまいと、平伏したまま顔を上げようとはしなかった。
「・・・ヤドヴィートイよ・・・敵の戦闘機は出てこなかったのか?・・・」
法皇の問いに対して、ヤドヴィートイはこれまた嬉しさを隠し切れない浮き浮きとした声で答えた。
「いえ、出て参りました。が、奴らの攻撃はセラフィエルには通じませんでした。何せ、セラフィエルには、中戦車並みの装甲が施してあります。航空機用の武器など通じません。」
「・・・・・・・・・。」
法皇は無言だったが、その目は喜びを湛えていた。
「・・・チェルノブよ・・・。」
暫くして、法皇はチェルノブに語り掛けた。
「はっ!」
相変わらず顔を伏せ、法皇に自身の顔を見られないよう気をつけながらチェルノブは返事した。
「・・・戦車や装甲車用の資材を全てセラフィエルの建造に回すのだ・・・数百機のセラフィエルがあれば、共和国を屈服させることが出来よう・・・。」
「・・・畏まりました。」
チェルノブは悔しいと言う気持ちを噛み潰しながら、平静を装って答えた。
☆
「一体、どうすればいいんだ・・・。」
戦闘航空団の面々は、ため息をついていた。毎日のように法皇国空軍の巨人機が飛来し、その度に都市が破壊されていく。一般市民にも相当な犠牲者が出ていた。にも関わらず、我が方の戦闘機では迎撃できないのだ。毎回、戦闘機部隊は必死に攻撃を繰り返してはいたが、敵巨人機に穴一つ開けることができないでいた。幸い・・・と言ってよいのか、敵は共和国空軍を完全に舐めているのか、反撃すらしてこなかった。お陰で戦闘航空団に被害は出ていなかったが、このことが余計に搭乗員達の心を苦しめていた。
「・・・体当たりしかないか・・・。」
コルツ大尉がポツリと呟いた。
「体当たりすれば、何とか撃墜できるのでは?」
ハルトマン少佐は、すぐにその意見を却下した。
「馬鹿なことを言うな!それでは、我々が体当たりして全滅した後は、どうやって巨人機を阻止するのだ?」
「・・・。」
再び沈黙がその場を支配した。と、その時、待機室の扉をノックする音が聞こえた。
「失礼する。」
扉を開けて入って来たのは、シャルロッテだった。
「ユンググラース少佐・・・何か御用ですか?」
太陽の光を纏ったようなシャルロッテの登場で、重苦しかった空気が緩和された。ほっと一息ついて、ハルトマンが彼女の用向きを尋ねた。
「例の巨人機について聞きに来たのよ。どんな飛行機なの?」
「えっと・・・どんなとは?」
「ああ、すまない。言葉足らずだったわね。戦闘機の攻撃が全く通じない理由を教えて欲しいの。」
「おそらく、機体のあらゆる所・・・翼、エンジンカバー、格納庫・・・そう全身に装甲が施されていると考えられます。12.7mm弾ですら弾かれていますから。」
コルツの説明を聞き、納得したようにシャルロッテはうんうんと頷き、それからおもむろにハルトマンに向き直って言った。
「次の出撃に、我々地上攻撃団を加えて欲しい。どうだろうか?」
「えっ?それは、どういった理由で?」
驚く戦闘機乗り達に、シャルロッテは自分の考えを述べた。
「巨人機と言う奴は、要は、空飛ぶ戦車なんでしょう?戦車殺しは、我々地上攻撃団の得意とするところよ。」
「しかし、徹甲爆弾を飛んでいる飛行機に当てるなど・・・。」
「ふふっ・・・忘れてやしない?カノーネンフォーゲルなら、37mm砲を装備しているのよ!」
その場に居る全員が、あっと言った。
「確かに、戦車の装甲すら貫徹するカノーネンフォーゲルの機関砲なら、もしかして!?」
「ふふっ・・・決まりね!じゃぁ、次の出撃にはお供するわ。よろしくね!」
そう言うとシャルロッテは部屋を出て行った。戦闘航空団の空気は一変した。希望が見えて来たのだ。部隊長のハルトマンは、シャルロッテの提案を具申するため、直ちに戦闘航空団司令の所へと走った。
☆
法皇国空軍のセラフィエル隊は、この日も悠々と空を進軍していた。このおよそ一か月の間、まさに『無人の荒野を行くが如し』。セラフィエルを阻止できるものはいなかった。共和国の主要都市で無傷の街は無くなった。このまま、無差別爆撃を続けて行けば、共和国の戦争継続能力は失われるだろう。我が法皇国は、犠牲を出すことなく勝利できるのだ。
「敵機襲来!」
見張り員が叫ぶ。しかし、危機感を抱くものは誰もいなかった。どれだけ共和国の戦闘機が攻撃をしようとも、セラフィエルには穴一つ開かないのだ。今日もまた敵が銃弾を撃ち尽くした後、成すすべもなく帰って行く姿を見て笑ってやろう。そう思っていた。
ところが、次の瞬間、一機のセラフィエルが大爆発を起こして墜落していった。
「何が起こったのだ?」
他のセラフィエルの搭乗員達は一体何が起きたのか、全く理解できなかった。
☆
出撃前、シャルロッテは部隊員に対しこう訓示していた。
「多分、撃墜できるはずだけど、やってみるまでは絶対とは言えないわ。私が試しに攻撃してみる。成功したら、皆も私に倣って攻撃を開始してね。もし、失敗だったらすぐに基地に引き返すこと。その時は別の手を考えなきゃね。」
戦闘航空団と共に出撃した地上攻撃航空団は、セラフィエル隊を発見すると、すぐに上昇して射撃位置を確保した。そして、訓示通り、シャルロッテの攻撃を息をのんで見守った。シャルロッテは、まるで演習のようにゆっくりと射点に着くと、セラフィエルのエンジン一基に対し37mm砲を一発お見舞いした。果たして、セラフィエルのエンジンは爆発を起こした。エンジンの爆発が燃料庫に延焼したのか、続いて左翼が大爆発を起こして吹き飛び、そのままセラフィエルは墜落していった。
地上攻撃航空団の皆はわっと歓声をあげた。そして、すぐに自分たちも射点に着くと攻撃を開始した。セラフィエルは次々と爆発して墜落していった。そして、これは無敵だと思われていた巨人機の神話が終わった瞬間だった。
☆
「・・・ヤドヴィートイよ・・・一体何が起こったのだ・・・。」
法皇ラスプーチンは、本当に信じられないといった態で尋ねた。この一か月間無敵の存在として君臨し、共和国の都市という都市を灰燼に帰していたセラフィエルが、わずか一週間で全て撃墜されたと言う。
「・・・法皇様・・・申し訳もございません。我がセラフィエルは、どうやら『天空の魔女』によって倒されたようです。」
空軍大元帥ヤドヴィートイは、苦渋に満ちた表情で言葉を絞り出した。
「・・・生きて戻った者はおりませんが、傍受した無線を分析しますと、大砲を積んだ爆撃機によって撃墜されたと言う事実が確認できました。我らが宿敵、ユンググラースの仕業としか・・・。」
それを聞いた法皇は、くわっと目を見開いて、珍しく感情の籠った声で言った。
「・・・どこまでも神に対して逆らうのか・・・何という罰当たりな・・・。」
身を震わす法皇に対し、今度はチェルノブが上奏した。
「法皇猊下!陸軍による侵攻を再開いたします!神に楯突く愚かな者どもに正義の鉄槌を下さねばなりません!」
「・・・もちろんだ・・・チェルノブよ・・・攻撃を再開せよ・・・。」
「はっ!承知いたしました!」