新しい相棒③
「ファルケ1へ、こちらファルケ4!やられた・・・方向を変える!」
「こちらファルケ8!操縦不能!離脱する!」
次々と無線を通じて被害報告が入ってくる。魔女狩り部隊のエースパイロットはレフ・シェスタコフ大佐を残すのみとなっていたが、その残った彼が曲者だった。何せシャルロッテを撃墜したほどの腕前である。並みのパイロットでは相手にもならなかった。
「一度に二機も食われたか。・・・間違い無い。エンゲル!奴がマリーの仇だ!これからわざと囮になるから、奴が真後ろに付いた時を狙って撃ちまくってくれ!」
「了解したのだわ!任して!」
シャルロッテは、わざと下手くそを装う操縦で飛んだ。
「はっ!撃ち落としてくれと言わんばかりの操縦だな!いいだろう、お前も『目の前の七面鳥』になってもらおうじゃぁないか!」
シャルロッテを討ち取ったと勘違いしているシェスタコフ大佐は油断していた。目の前のパイロットが本当の初心者なのか、それとも下手を装う狼なのかを判断しようとはせずに、いきなり襲いかかってしまったのだ。彼は易々とシャルロッテ機の背後に回り込み、射撃体勢に入った。そのとき!
「よっしゃぁあああ!エンゲル!撃ちまくれぇぇええ!」
シャルロッテが吠えた。それを受けて、エンゲルは機関銃をシェスタコフ機に向かって撃ちまくった。
「うおおおおおおおっ!!」
完全に虚を突かれたシェスタコフは、まともに機関銃弾を喰らってしまった。次々と銃弾はシェスタコフ機に吸い込まれていく。と、次の瞬間、シェスタコフ機は大爆発を起こして四散してしまった。
「え・・・敵機が・・・爆発したわ!やっつけたの・・・かしら?」
撃った相手の空中爆発を初めて見たエンゲルは、信じられないと言った様子だった。
「やったな!エンゲル!見事撃墜だ!」
シャルロッテの目からは自然と涙が溢れた。
「(やったよ、マリー・・・。仇を・・・仇をとったよ!)」
傍受した無線から、撃墜した戦闘機の操縦者は、間違い無く法皇国のエースパイロットレフ・シェスタコフ大佐と判明した。こうして共和国空軍は、遂に魔女狩り部隊の殲滅に成功したのである。これを切っ掛けにして、地上攻撃航空団による本格的な戦車狩りが再開された。見る見るうちに法皇国戦車の残骸は増加し、国境線を埋め尽くしていった。
☆
「・・・どういうことだ・・・チェルノブよ・・・。」
相変わらず無表情ではあったが、法皇ラスプーチンの目には怒りの炎が燃えさかっていた。法皇の前に土下座するチェルノブ大元帥は、恐れのあまり息も絶え絶えだった。
「・・・魔女は討ち取ったのではなかったのか・・・?」
チェルノブの顔色は、血の気の無い青白さを通り越して、まるで死体のように真っ白だった。
「間違い無く討ち取ったと・・・そう思っていたのですが・・・いえ・・・現状の被害を生み出しているのが、『天空の魔女』とは限りません。共和国に別のエースが誕生したのかも・・・。」
彼は、自分でも苦しい言い訳だと感じていた。一度の出撃で二十輛以上の戦車を破壊できるパイロットなど、そうそう居るものでは無かった。報告では、その爆撃機は一日の内に百輛以上の戦車を破壊していると言う・・・。
「(間違い無い!天空の魔女だ!奴は復活したのだ!)」
本当の意味で魔女かもしれない・・・そうチェルノブは恐怖した。報告書を読む限り、魔女は間違い無く死んだと思われた。実際、二週間近く魔女が現れた形跡はなかった。ところが、レフ・シェスタコフが戦死した翌日から、再び人間離れしたスピードで戦車が撃破されるようになったのだ。
「(生き返るような奴を倒せるはずがない・・・。)」
チェルノブは、覚悟を決めて上奏した。
「法皇様!魔女狩り部隊は、我が国における全てのエースパイロット集めた部隊でした。それが壊滅した以上、最早魔女を狩る手段はありません。ですから、狩るのではなく、奴の攻撃の邪魔をするのです。陸上部隊が進撃する際は、必ず戦闘機隊の護衛を付けます。パイロットの犠牲者が山と積まれることでしょうが、陸上部隊の被害は抑えることができます。圧倒的な物量で押しまくり、国境線を抜くのです。これしかありません!」
相変わらず怒りの炎が燃えさかる目で見ながら、法皇はチェルノブの上奏を聞いていた。その時、それまで黙って二人の遣り取りを聞いていたヤドヴィートイ空軍元帥が突然法皇に対し発言した。
「法皇様!このヤドヴィートイめに妙案がございます!」
何事かと、法皇はチェルノブから視線を外し、ヤドヴィートイの方を見た。
「・・・発案を許す・・・。」
法皇は相変わらず平板なイントネーションで、ヤドヴィートイに発案の許可を与えた。
「はっ!有り難うございます。実を申しますと、現在、敵の戦闘機では撃墜できない重装甲を備えた巨大爆撃機を開発中であります。試作機は既にできております。これを量産し、敵の領内を焼き払えば、国境線を抜かなくとも勝利は我が法皇国のものでございます。」
ヤドヴィートイの案を聞いたときも法皇の表情は変わらなかったが、その目には喜びの色が浮かんでいた。
「・・・ヤドヴィートイよ・・・いつ量産できる・・・。」
「はっ!二ヶ月あれば、大隊規模の機数は完成できるかと。」
『二ヶ月』と聞いて驚いたチェルノブは、ヤドヴィートイを責めたてた。
「二ヶ月も法皇様をお待たせすると言うのか?そんな案を今ここで述べるとは?!大隊が完成してから上奏すれば良かったのではないのか?!」
それに対し、ヤドヴィートイは涼しい顔で答えた。
「爆撃隊の完成まで黙っていたら、それまでの間にさらに数千輛の戦車を失うと思いましてな。それでは犠牲が多過ぎる。ここは一旦陸軍の攻撃を止め、我が爆撃隊の戦果をご覧になられてから再開されるのが良いと判断いたしました。」
チェルノブは、ヤドヴィートイの言葉に反論する術を持たなかった。黙っているチェルノブを見て、法皇が先に発言した。
「・・・ヤドヴィートイよ・・・お前の案を試してみようぞ・・・。」