新しい相棒②
「改めて白銀瑞宝章受章おめでとう、ユンググラース少佐。貴女が危うく捕虜になりそうになった話は聞いたわよ。もう貴女は十分に戦ったわ。これからは地上で貴女の技術と経験を次代の将兵に伝えて欲しいの。」
慈愛に満ちた微笑みを浮かべながら、クヴェックズィルバー大統領は勲章をシャルロッテの胸に付けようとした。ところが、シャルロッテはそっとクヴェックズィルバーの手を包み込むように握って止めると、彼女の目を見つめながら訴えた。
「・・・大統領閣下、もしこの受賞によって麾下の飛行隊の空戦指揮ができなくなる、というのであれば私はこの受賞を辞退させて頂きます。私は前線で戦い続けます。」
「な、なんですって!?私はあなたのことを考えて言っているのよ!!それを・・・。」
シャルロッテは軽く右手を挙げて、クヴェックズィルバーの台詞を止めると、凜とした声で自分の主張を続けた。
「それは十分判っております。ですが、私は目の前で死んでいった親友の敵をとらなければなりません。このまま自分だけが身の安全を図っては、ヴァルハラで親友に会えたとしても顔向けできません。私は、再び親友と会って話しがしたいのです。」
シャルロッテは、クヴェックズィルバーの眼を真剣な眼差しで見つめた。
「お願いします。胸を張って親友とまみえることができるように、私を戦わせて下さい。」
クヴェックズィルバーの眼から一筋の涙が流れた。この娘を押し止めることはできない、そう感じ取った彼女は、しばしの沈黙の後、絞り出すように言った。
「私は、貴女を自分の娘のように想っているの。法皇国に殺された、あの愛しい娘のように・・・。仕方がないわ。・・・いいわ、飛びなさい・・・その代わり、敵中への着陸は絶対禁止よ!私にこれ以上心配をかけないで頂戴。」
無意識にシャルロッテは、クヴェックズィルバーを抱擁していた。シャルロッテの目にも涙が光っていた。
「ごめんなさい・・・お母さん・・・そして、有り難う・・・。」
クヴェックズィルバーは次々と流れる涙を拭う事もせず、ただ無言で頷き、優しくシャルロッテを抱き返した。
こうして、シャルロッテの熱い訴えに、クヴェックズィルバーはついに折れた。シャルロッテは再び前線へ帰ることが許されたのだった。
☆
叙勲後、部隊に帰還したシャルロッテは、すぐにエンゲル・リングストンを自室に呼び出した。
「叙勲式から帰ってくるなり私を呼び出すなんて・・・どうしたのだわ?」
扉をノックしてエンゲルが入って来た。怪訝そうなエンゲルに椅子を勧めながら、シャルロッテは要件を切り出した。
「ああ、リングストン、わざわざすまないね。・・・ごちゃごちゃ言うのは私の性に合わないから単刀直入に言わせてもらおう。リングストン、専属の後部機銃手として私の機に乗って欲しい!」
「えぇっ、ど、どうしたの急に・・・そりゃあ、私にとって機銃手は仕事だから、少佐の機に乗ることはやぶさかではないけれど・・・、でも、専属の機銃手としてロースマンが少佐の機に乗っているのだわ?」
「・・・リングストン、これから戦いは益々激しくなっていくわ。ロースマンはいい奴だけど、その激しさには耐えられないの。先日の出撃でも、背後を気にしながらでは攻撃位置につくことができなかったわ。私は自分の背中を任せられるタフな相棒が欲しいのよ!」
「それで、何故私なのかしら?」
「すまないけど、これまでの貴女の戦歴を確認させてもらったわ。他の機銃手と比べて、断トツで貴女の活躍が素晴らしかった・・・。私の背中を任せられるのは貴女しかいなかったわ。」
「・・・そう、分かったのだわ。少佐が、そこまで私を評価してくれているのなら、私は少佐にこの命を預けるのだわ。その代わり、少佐の背中はこの私が必ず守るのだわ!」
「有り難う、リングストン。決して貴女を失望させない。約束するわ。」
シャルロッテの言葉に軽く頷いた後、エンゲル・リングストンは少し恥ずかしそうにもじもじしていたが、やがて意を決したかのように言った。
「ところで、少佐はヘンシェル中尉の事を名前で呼んでいたのだわ。専属の機銃手になったからには、私も名前で呼んで欲しいのだわ。」
「えっ、いいのかい?」
「ええ。むしろ命を預け合う仲になるんですもの。他人行儀はむしろ嫌なのだわ。」
「わかった!これから宜しく、エンゲル!私の事は、シャルって呼んでね!」
こうしてシャルロッテとエンゲルは新たな相棒となった。すぐに二人は、マリーがいたころと同様の大きな戦果を挙げ始めるのだった。