新しい相棒①
いったい何時ぶりであろうか、チェルノブ大元帥は満面の笑みを浮かべていた。
「ヤドヴィートイよ・・・本当に間違いないのだな?」
そう問いながらも、口角は知らず知らずの内に上がってしまう。
「はい!レフ・シェスタコフ大佐から、それらしき爆撃機を撃墜したとの報告を受けてから一週間、『天空の魔女』が現れたと言う報告は未だありません。毎日必ず出撃していた魔女が、これほど長い期間見られなかったことはありませんから、撃墜したのは間違い無いかと。」
「死体は確認したのか?」
「はい!撃墜された爆撃機は地上で爆発、すぐ側に女の死体を確認しております。」
ここで、チェルノブは少し疑うように眉をひそめて問いかけた。
「その死体は魔女ではなく、同乗者のものではないのか?」
ヤドヴィートイ空軍元帥に代わって、スカルピオーン陸軍元帥が答えた。
「撃墜直後から、情報部隊が二十匹の軍用犬を引き連れて、撃墜地点を中心に半径十キロ内を隈無く捜索いたしました。結果、誰も発見できなかったとの報告を受けております。」
それを聞いて、チェルノブはようやく納得した表情を見せた。
「ならば良し!私は法皇様にご報告してくる。・・・最早恐れるものは無い。スカルピオーンよ、全軍に進撃を命じよ!今こそ、国境線を越えるのだ!」
深々と礼をする陸軍元帥を尻目に、チェルノブは法皇のいる大聖堂へと急いだ。
☆
シャルロッテ生還の知らせは、共和国国民を驚喜させた。皆が彼女の生還を祝福した。しかし、当のシャルロッテはその祝福からまるで逃れるように、部屋に引きこもってしまった。法皇国内での逃避行中は必死だったため意識していなかったが、祖国に帰還し、時間が経つにつれて再び罪悪感が湧き上がり、それが彼女を押し潰そうと襲いかかって来たからだ。
「ユンググラース少佐、入りますのだわ。」
ノックの後、扉から軍医のエンゲル・リングストンが顔を覗かした。
「ああ、リングストンか。すまないが、今は一人にしてくれないか・・・。」
シャルロッテは、エンゲルの方を見ようともせずに、呟くように答えた。
「ユンググラース少佐。少佐がヘンシェル中尉の死を悔やんでいるのは分かるのだわ。でも、それは貴女でもどうしようもなかったことなのだわ・・・。」
「分かっている、分かっているけれど!それでも後悔の念が消えなくて・・・。何とかできたんじゃないかって・・・。」
握りしめた両拳を震わせながら、シャルロッテは絞り出すように言葉を吐き出した。ポツリポツリと涙の滴が拳を濡らしていた。
「・・・地上勤務に付けという先日の命令に少佐が従わない理由はそれですの?軍医として一言言わせていただきますと、もっとあなた自身を大事にして欲しいのだわ。」
「リングストン・・・地上勤務なんて出来るわけないでしょ!・・・相も変わらず怒濤のように進撃してくる法皇国軍をどうやって食い止めるか、私の身体なんかよりも、そっちの方が重要なのよ・・・。マリーの死に報いるためにも、体が動く限り私は出撃を続けるわ。今の私にできる事はそれだけなんだから・・・!!」
そこに、付けっぱなしだったラジオから、法皇国のプロパガンダ放送が流れてきた。
『ぴぴっ・・・ががが・・・我が法皇国軍は・・・ぴぴ・・・ついに憎き「天空の魔女」、共和国空軍飛行隊長ユンググラース少佐を討ち取った・・・がが・・・ぴぴぴ』
涙を溜めた眼で憎々しげにラジオを見つめた後、ようやくシャルロッテはエンゲル・リングストンの方へと向き直った。
「それに・・・狂信者の馬鹿共は、宣伝放送でこんなことをほざいているのよ。私を討ち取ったと言う宣伝は、奴らに力を与えることになってしまうわ。奴らが勢いづく前に、私が健在であることを示さなければいけないわ!!」
☆
数日後、相変わらず眼は腫れていたが、ようやくシャルロッテは出撃を再開した。
「少佐殿!本日より少佐の後部機銃手を務めさせて頂きますロースマン曹長です。宜しくお願いします。」
後部機銃手に整備兵だったロースマン曹長が新たに任命された。ところが、いざ戦場に出てみるとロースマンは後部機銃手としての任務を果たせなかった。
「こちらフォーゲル3、敵機だ!畜生、数が多い!」
「こちらフォーゲル1。よし、フォーゲル3、逃げるぞ!私から離れるな!」
僚機を引き連れ、シャルロッテは撤退を始めたが、速度が勝る戦闘機に背後をとられてしまった。
「て、敵が!・・・敵が!・・・」
多数の敵機に囲まれてロースマンはパニックに陥ってしまっていた。シャルロッテは器用に敵の射撃を避けながら飛んでいたが、反撃しなければ打ち落とされかねなかった。
「うるさい!!ロースマン、いいから早く撃て!!」
「もう駄目です。うわぁ!」
急降下や旋回を繰り返し、なんとか敵の追撃を振り切ったが、シャルロッテはロースマンとのコンビの解消を願い出た。さすがのシャルロッテも、背後を気にしながらでは攻撃位置につくことができなかったからだ。彼女は、改めてマリーの存在の大きさを感じないわけにはいかなかった。
☆
翌日、シャルロッテはとんでもない知らせを受け取った。
「た、大変ですユンググラース少佐!大統領から直通の長距離電話です!白銀瑞宝章を授与したいとの事です!」
「大統領からの電話ですって!?・・・お、お電話代わりました。ユンググラース少佐です。この度は身に余る光栄、まことに恐縮です。」
『貴女が喜んでくれるのなら、それに越したことはないわ。それよりも、貴女には言わなきゃいけないことがあるの。』
「は、はい、どのような事でしょうか・・・?」
『いいこと、貴女は今度一切飛んじゃ駄目。これからは地上勤務に専念するのよ!』
「待ってください!大統領閣下、それだけは・・・いえ、取り敢えず、これから大統領官邸に向かわせて頂きます。」
リヒト・クヴェックズィルバーの命令はシャルロッテに衝撃を与えた。彼女は叙勲のために愛機に乗って首都にある大統領官邸に向かった。
「(・・・こういうとき、マリーが一緒だったらどれほど嬉しかったろう・・・。どうにもならないことだと分かってはいるけど・・・。)」
自身の功績を評価された叙勲自体は素直に嬉しかった。しかし、飛ぶことが出来なくなるかもしれない、そう思うとシャルロッテの心は暗かった。
クヴェックズィルバーと会うまで時間があったので、シャルロッテは首都ベルイーズにある高級ホテルで二日間誰とも会わずに、独りで自分を見つめ直し続けた。その結果、あくまでも自分の主張を貫き通す決意が固まっていった。