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カノーネンフォーゲル eins  作者: 田鶴瑞穂
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マリー・ヘンシェル④

 「さて、・・・頑張って歩くか。足がめちゃくちゃ痛いけどさ・・・。」

 足を引きずるようにして歩くシャルロッテは、途中で難民の群れとすれ違った。わずかな身の回り品だけを持ち、誰もが追い立てられるようにして歩いていた。戦場へ向かって歩いているのはシャルロッテだけだった。

 やがて、風景が殺伐としたものに変わってきた。草も木も焼け、地面には砲弾による穴が方々に穿たれていた。建物と言う建物は全て破壊されており、死の匂いが辺りを支配していた。

 「(問題は、如何にして戦闘区域を抜けるかだ・・・できるだけ目立たないように進まなければ・・・。)」

 シャルロッテは、耳をそばだてて砲撃音から遠ざかるように前進を開始した。少し進んでは、周りの音を聞き、再び前進することを繰り返した。やがて、日が暮れ、辺り一帯が闇に閉ざされた。

 「(よし!夜になった!進む距離を稼ぐチャンスだ!)」

 暗闇に紛れて、彼女は走った。疲れたら、破壊された家屋の影に隠れて少し眠り、元気が出たら再び走った。やがて、背後が明るくなり始めた頃、遠くにコンクリートでできたトーチカの群れが見えてきた。共和国の国境線要塞だ!シャルロッテは遂に祖国まで戻ってきたのだった。

 「(待て待て、シャルロッテ!迂闊に出て行くと、敵に間違われて撃たれかねないぞ!ここは慎重に行け!)」

 疲れていても彼女は冷静だった。彼女は首に巻いているマフラーを外すと、そこいらに落ちている手頃な棒を拾い、そこにマフラーを括り付けて白旗を作った。それを携えて要塞の近くまで移動すると、それを力一杯左右に振り続けた。

 「おい、誰かが白旗を振っているぞ!」

 一人の監視員がすぐに白旗に気付いた。

 「うん?敵の投降兵か?」

 相棒が双眼鏡を使って確認する。そこには飛行服を着た女の子が必死に白旗を振る姿があった。

 「あれは・・・我が軍の飛行服だ!おそらく撃墜された飛行機の搭乗員だ!すぐに連絡しろ!助けに行かなければ!」

 「了解!『こちら、D-3監視塔!こちら、D-3監視塔!友軍の遭難者を発見!歩兵中隊に救助を要請する。繰り返す・・・。』」

 白旗を振るのに疲れたシャルロッテは、その場に座り込んで助けを待った。あれだけ目立てば発見されているだろう、そう確信していた。案の定、数分後には要塞からわらわらと歩兵が現れた。歩兵達は周りを警戒しながらシャルロッテの所へ駆け寄ると、彼女に背を向けて小銃を構え、人垣を形成した。歩兵達の中から軍曹が進み出て声を掛けてきた。

 「大丈夫か!安心していいぞ!我々が君を守る。君の所属と名前は?」

 「・・・第二地上攻撃航空団第三飛行隊所属、ユンググラース少佐・・・。」

 その答えを聞いた誰しもが驚愕した。シャルロッテの名は全軍に知れ渡っていたが、その姿を知る者は少ない。噂に聞く鬼神とはほど遠い、まさかこんな可憐な少女だったとは。しかも、数日前の出撃で撃墜され、もはや戦死したものと思われていたのだから。

 シャルロッテは、自分の所属と名前を言うと疲れと空腹で気を失った。慌てた軍曹が彼女を背負い、駆け足で要塞へ向かった。

 「命令!敵を決して近づけるな!」

 「「「了解!!」」」

                 ☆

 シャルロッテは無事要塞内の包帯所に運び込まれ、そこで手当てを受けることになった。

 「少佐、よくぞご無事で。・・・ざっと見たところ、特に治療を要する負傷はされていないようですが、念のために後方の病院に搬送します。」

 そんな軍医の申し出に対して、シャルロッテはパンと腸詰めに齧り付きながら答えた。

 「いえ・・・軍医殿、特に自分でも痛いところとかはありません・・・なので、病院送りにはしなくても構いません。それよりも、一刻も早く部隊に戻りたいので、手配をお願いします。」

 「判りました。すぐに手配しましょう。」

 たら腹パンと腸詰めを食べた後、手配してもらった軍用車に乗り、シャルロッテは懐かしの空軍基地へと戻って来た。基地の前には、第三飛行隊の面々のみならず、地上攻撃航空団のほとんどの者が迎えに出ていた。皆を代表して、副官のフィッケルが口を開いた。

 「お帰りなさい、少佐!少佐がご無事だったと聞いて・・・一同居ても立ってもおられず、お待ちしておりました!少佐の無事なお姿を拝見出来て、我ら一同、本当に嬉しく思います!」

 フィッケルは途中で涙ぐみ、言葉が途切れてしまった。フィッケルだけでは無い。迎えに出ていた誰もが泣いていた。特にブラットは、人目も憚らずに大声を上げて泣きじゃくっていた。

「えぇ・・・みんな泣かないでよ。私は元気だからさぁ。・・・笑って出迎えてくれる方が嬉しい・・・かな?・・・いや、でも・・・嬉しいよ。すまなかった・・・有り難う、みんな・・・。」

 シャルロッテの目にも光るものがあった。彼女の言葉を聞いて、航空団員達は皆泣きながらも無理に笑顔を作った。そこへ、航空団のコック、ランケルが白衣のままのっそりと出てきた。

 「さぁさぁ皆さん。少佐のご帰還をお祝いするケーキが焼けましたよ。少佐、食堂へお出でください。知らせを聞いて、急いで焼き上げました。」

 ランケルの案内でシャルロッテが食堂に行くと、テーブルには見たことも無い巨大なケーキが置かれていた。それを見て、目を丸くしながら彼女は思った。

 「(みんなに出迎えられて、なんだか生まれ変わったような気分だよ・・・でも、この素敵な仲間達と再会できた事こそ、何よりの報酬なんだ!)」

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