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カノーネンフォーゲル eins  作者: 田鶴瑞穂
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マリー・ヘンシェル②

 九月二十日夕刻・・・。陽は既に没していた。辺りはしだいしだいに暗くなり、空には星々が瞬き始めていた。

 「そっちだ!!」

 「追い詰めろ!!」

 「ヤツクニック、ストーイ!!」

 法皇国兵達は、しぶとかった。すでに二時間は走り続けていたが、まだ追跡して来る。

 「畜生・・・!今まで短距離だってこんなタイムで走ったことなんかなかったわよ!!いやっ・・・諦めるな!諦めたら、そこで全ては終わりよ!シャル、走りなさい!」

 自分自身を叱咤激励したが、さすがの彼女も脚が痙攣して倒れてしまった。

 「だ、駄目っ・・・もう動けない。逃避行もここまでか・・・。せめて拳銃でもあれば、自決できるんだけど…いやっ、何を考えているの!あなたはマリーの言葉を忘れたの!まだ、あきらめるな!土を掘って体を隠せっ!砂を被って少しでも体を隠すんだ!」

 シャルロッテは、地面に這いつくばって草間に隠れた。

 「(発見されずに済む可能性はほとんど無いだろうな・・・。だからと言って希望を捨てていいものか。信じることによって不可能が可能になる事だってあるんだ!)」

 わざと都合の良いことを考えるようにしながら、彼女はそっと法皇国兵の動きを観察した。

 「狂信者共は近付いて来ているけど、秩序だった探し方じゃない。中にはまるで見当違いの場所を探してるやつもいる。うまくいけばこのまま・・・まずい!一人こっちに真っ直ぐ向かってくるやつがいる!一歩ずつ間隔を詰めてくる。こっちに来るな!!」

 そのとき、頭上でエンジン音が轟き、ヴァンダーファルケが一機、猛スピードで通り過ぎた。明らかに法皇国兵の間に動揺が走ったのが見て取れた。

 「(あれは・・・フィッケルのファルケだな。護衛の戦闘機もいる。でも・・・今の私には、あいつらに『私はここにいる』って叫んで助けてもらうことは出来ない。腕一本でも挙げれば、狂信者共に見つかってしまうわ。)」

 ヴァンダーファルケとシュバルツファルケは、何度か上空を旋回していたが、やがて西へと飛び去って行った。

 「(行っちゃったか・・・今頃あいつらは『今度ばかりはあの人も助からなかった』とか呟いてるのかな・・・なんだか寂しいな・・・。)」

 その頃には陽の残光は完全に消え、暗闇が辺りを包み込み始めていた。

 「(!?・・・このまま闇に紛れれば、もしかして・・・。)」

 そんな彼女の淡い期待を引き裂くように、今度は複数の犬の吠える声が聞こえ始めた。

 「(くそっ!あいつら犬まで連れて来たのか。せっかく濃くなり始めた闇が私を守ってくれると思ったのに・・・!この世に正義はないのかっ!?)」

 絶望が、しだいに彼女の心を支配していく。悔しくて、大粒の涙が一滴、また一滴と流れたが、何とか嗚咽は噛み殺して我慢した。と、そのとき、思いもしなかった不思議なことが起こった。

 「(えっ・・・!犬が・・・犬が私の横を通り過ぎていく・・・私の匂いを嗅ぎ付けなかったの?えっ・・・何で!・・・それに、法皇国兵の誰もが私を見つけられないのは何故なの???)」

 何人もの法皇国兵や軍用犬がシャルロッテのすぐ横を通り過ぎたにもかかわらず、彼女の存在に気付いたものは誰もいなかった。そのまま、兵士達と犬達はゆっくりと暗闇の中に消えて行った。

 それから小一時間、念のために伏したままシャルロッテはじっとしていたが、やがてゆっくりと立ち上がった。辺りに人の気配は無かった。まるでこの世には自分だけしか存在しないかのような静けさだった。

 「・・・よし、移動するか・・・。携帯コンパスが燐光性じゃないから暗くなると針が見えない。私が目指すのは西だから、今のうちに方位を確認しておこう・・・。星座が沈む方角が西・・・だよね。ちょうど一際目立つ星々の集まりが見えるな。あれを道標にして移動しよう。」

 シャルロッテは、西を目指して歩き始めた。

 「お腹が空いたなぁ・・・喉も渇いた。あぁ、ホットミルクが飲みたい!チョコレートも食べたい!・・・くそぉ、お腹減ったぁぁぁ!」

 法皇国が見張りの兵士を配備していそうな場所は全て避けながら、丘を登り、谷を下り、小川を越え、沼地や湿原、刈り入れを済ませた切り株だらけのトウモロコシ畑などをシャルロッテはひたすら歩き続けた。全身が痛み、そのうちに足の感覚も無くなって来た。

 「ダメ・・・もう脚に力が入らない・・・気力も尽きてきた・・・このまま水も食料も無い状態で進むのは不可能だわ・・・。」

 意識も遠のきそうになったその時、シャルロッテは少し先に農家が一軒ぽつんと建っているのを見つけた。彼女は最後の気力を振り絞り、這うようにしてようやくその家までたどり着いた。お世辞にも綺麗とは言い難い、やや傾いたぼろ屋ではあったが、空き家で無いことは、閉じられた窓から微かに漏れる明かりから窺い知れた。

 「どなたか!どなたかいませんか!」

 扉を叩いて問いかけると、しばらく間を置いてから、ゆっくりと扉が開けられた。そこには、継ぎ接ぎだらけの服を纏った一人の老婆が立っていた。老婆は不審そうに尋ねた。

 「・・・どなたかの?」

 「・・・夜遅くに申し訳ありません。戦火に巻き込まれて、村を追われた者です。親類を頼るための旅の途中なのですが、喉が渇き、お腹も減ってこれ以上歩くことができません・・・。女の身で野宿もできずに歩いていたところ、お宅を見つけました・・・。どうか哀れに思って、一晩だけ泊めていただけませんか?」

 老婆は、シャルロッテを頭のてっぺんから足の先まで、まるで品定めをするかのようにじろじろと眺めた。続いて周りを見渡し、彼女の他には誰もいないことを確認した。

 「本当にあんた一人のようだね・・・。若い娘がかわいそうに・・・。汚い家だが、どうぞ、入っておくれ。」

 見た目だけは可憐な少女であることが幸いして、老婆は警戒心を解いてシャルロッテを家の中へと招き入れてくれた。

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