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カノーネンフォーゲル eins  作者: 田鶴瑞穂
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マリー・ヘンシェル①

 九月一日、シャルロッテは少佐に昇進した。その時、彼女の部隊は敵軍を国境線から法皇国側に押し戻す作戦の支援に当たっていた。 

 九月二十日、数日前から続く悪天候のため、飛行場を含む戦場一帯は深い泥の中に沈んでいた。ようやく天候が回復したこの日、シャルロッテは前線近くのコンクリートで舗装された飛行場に移動してから出撃した。しかし、この日はいつもと違って戦闘機部隊が随伴していなかった。シャルロッテ達が離陸した飛行場は狭く、戦闘機部隊は別の飛行場から出発して、戦場で合流する予定になっていたのだ。

 「ねぇマリー、今日はどうにも妙な胸騒ぎがするの・・・。できれば出撃したくなかったわ・・・。」

 珍しく、彼女の表情は冴えず、いつもの元気が無かった。

 「シャルらしからぬ発言ね。大丈夫よ、いつもの通り終わるわよ。」

 と、そこへ緊急を告げる無線が入った。

 『フォーゲル1!前方を!!』

 「むっ!敵の編隊か!・・・二十機以上はいるぞ!」

 敵の編隊は散開すると、三機ずつチームを組んでヴァンダーファルケに襲いかかって来た。

 『こちらフォーゲル4!我、被弾せり、不時着する!』

 「くそっ、やはり新米から食われたか!各員、爆弾を落とせ!身軽になって退避せよ!」

 『『了解!!』』

 各機とも急いで爆弾を投下すると、退避し始めた。シャルロッテも退避を始めたが、そこへ撃墜マークを多数付けた赤い戦闘機が襲ってきた。

 「!!むっ、こいつできるな。」

 まるで空中サーカスでもしているかのように、シャルロッテは反転や宙返り、回転などを組み合わせて敵の銃弾を避けていたが、敵機はそれでも諦めずに、シャルロッテ機をマークして、後ろにぴったりと付いてきた。

 シャルロッテ機をマークしてきたのは、ボリス・コブザン大佐の戦闘機だった。彼は直感でこのヴァンダーファルケこそが「天空の魔女」に違い無いと考え、まさに命がけで挑んで来たのだった。これ以上、法皇の期待を裏切れない。彼もまた必死だったのだ。

 「それにしても、恐ろしい奴だ・・・これだけの攻撃を全て避けきるとは・・・。」

 コブザンは戦慄していた。相手は戦闘機では無い。爆撃機なのだ。にも関わらず、戦闘機並みの・・・いや違う、戦闘機以上の回避運動をし続けてこちらの銃撃は擦りもしない。

 「くそっ!!どうなってやがる!!」

 コブザンが焦りを見せたその刹那、マリーはその隙を見逃さなかった。彼女は追尾してくるコブザンのコクピット目掛けて、機銃弾を連続して打ち込んだ。銃弾は見事コブザンの頭を貫通し、ここに三十機以上を葬ってきた法皇国が誇るエースパイロットの命運は尽きたのだった。

                  ☆

 ところが、コブザンを討ち取った瞬間、シャルロッテの方にも心の隙が生まれた。このとき、シャルロッテ機の真上からもう一機の戦闘機が突っ込んで来ていたが、シャルロッテもマリーもそれを見逃していた。この戦闘機のパイロットは、魔女狩り部隊最後のエース、レフ・シェスタコフ大佐だった。彼の機がシャルロッテ機の下方へ猛スピードで通り過ぎて行ったかと思うと、ヴァンダーファルケの翼からはパッと炎が上がった。

 「やばいっ、喰らった・・・このままだと爆発の危険があるな・・・よし、マリー、不時着するぞ!!」

 シャルロッテはできるだけ平らな場所を探すと、そこへ向かって降下を始めた。そのとき、再び機体に連続した衝撃を感じた。真横からレフ・シェスタコフ大佐の戦闘機が突っ込んで来て、ヴァンダーファルケに銃弾を浴びせたのだ。何とか、機体のバランスを保ちながら、シャルロッテは強行着陸した。キャノピーを開けて、機から脱出した途端、ヴァンダーファルケが爆発した。シャルロッテは吹き飛ばされながらも、マリーが無事かどうかを確認しようとした。

 「マリー!無事なの?どこにいるの?!」

 シャルロッテは立ち上がって、周りを見渡した。すると、燃え上がるヴァンダーファルケから数メートル離れたところに、倒れているマリーを見つけることができた。シャルロッテはすぐに駆け寄って、マリーを抱き上げた。

 「マリー!マリー!!」

 シャルロッテの必死の呼びかけに、マリーは反応してゆっくりと目を開けた。

 「シャ・・・シャル・・・私はもう駄目・・・ここまでのようだわ・・・。」

 「ば、馬鹿っ!!何を言ってるの!!」

 そのとき、シャルロッテはマリーを抱きかかえている自分の手がべったりと濡れていることに気付いた。それは、マリーの血だった。

 「えっ・・・!?」

 自分の手に付いた大量の血を見て固まっているシャルロッテに、マリーは最後の力を振り絞って訴えた。

 「さ・・・さっきの銃弾を喰らったのよ・・・もう、私は助からないわ・・・。」

 「いやっ!マリー、諦めるなっ!!私が貴女を担いで行く!一緒に祖国へ帰ろう!」

 「・・・だ・・・駄目っ!私を連れていては・・・貴女も捕まって・・・しまう・・・。私を・・・私を置いていきなさい・・・。」

 「い、嫌だぁーーー!!親友を敵地に置いていけるかぁあああ!!何があっても私は貴女を担いで行くぞぉぉお!」

 大粒の涙をボタボタと垂らしながら、シャルロッテは絶叫していた。悲しくて、悲しくて、仕方なかった。己の無力が悔しくて、悔しくて、どうしようも無かった。

 「・・・聞き分けて・・・シャル・・・お願い・・・だから・・・あ、貴女の命は・・・貴女だけのものだけじゃ・・・無い・・・祖国を・・・守るためには・・・無くては・・・。」

 マリーも必死だった。自分の為にシャルロッテをここで死なせてはならない。それが自分の最後の使命だと感じていた。

 「わ、私の親友なら・・・我が儘を・・・言わないで・・・。私の望みを叶えて・・・わ、私の・・・望みは・・・シャルに生きて・・・生きてもらうこと・・・生きて・・・私の・・・祖国・・・を、救っ・・・。」

 マリーはすでに目が見えなかった。身体の感覚も無くなりつつあった。しかし、不思議なことにシャルロッテの身体の温かみだけは感じていた。

 「お・・・ね・・・が・・・・・・。」

 本当に、もう駄目なのか。どうすることもできないのか。シャルロッテは、必死に考えたが、何も浮かばなかった。その思考が途切れた瞬間、ふと彼女は気付いた。ついさっきまで腕を通して伝わって来ていたマリーの鼓動が止まったことに。大きく見開かれた目から止めどなく涙が溢れてきた。マリーはもういない・・・。その現実の前に心が押し潰されそうだった。

 しかし、戦場は冷酷にも彼女に悲しんでいる暇を与えなかった。遠くから法皇国語で叫ぶ声が聞こえてきた。

 「・・・異教徒の飛行機が落ちたのはあそこだ・・・」

 「・・・生き残りがいるかもしれない・・・生きたままつかまえろ・・・」

 その声は、シャルロッテを悲しみの淵から現実に引き戻した。

 「・・・このまま捕まったら、マリーの最後のお願いを叶えることができなくなる・・・くそ、誰が狂信者共に捕まるものか!!」

 シャルロッテは、マリーをそっと地面に横たえると、彼女の両手を胸の上に組ませた。

 「マリー・・・貴女を置いて行く私を許してね・・・貴女の願いは、きっと私が叶えてみせる!ヴァルハラで見てて頂戴な・・・さようなら、私の親友・・・。」

 そう言い終わると、シャルロッテは全力で西に向かって走り出した。彼女の存在に気付いたのだろう。法皇国兵の会話がにわかに増え、小銃を発砲する音が散発的に聞こえ出した。時たま銃弾が彼女の肩をかすめたが、それでも走り続けた。

 「今は何も考えずに走れ!生きるんだ、マリーのために。ただ生きるんだ、マリーの代わりに。ひたすら西に向かって走れ!!」

 すでに陽は西の地平線に落ちようとしていた。シャルロッテは、その残光を目印に、国境を目指して走った。

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[良い点] ああああマリー……マリー……
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