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カノーネンフォーゲル eins  作者: 田鶴瑞穂
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エンゲル・リングストン②

 「エンゲル・リングストンなのだわ。皆さん、仲良くしてね!」

 金髪碧眼の美女エンゲル・リングストンは、シャルロッテよりも八歳年上の軍医だった。一三〇〇年十月、軍医として第二急降下爆撃航空団第三飛行隊に配属された。

 「私は軍医だけど、医者としての仕事が無い時は、皆さんのお手伝いをしたいのだわ。」

 エンゲルは、配属後すぐに地上攻撃隊の控え室を訪れると、唐突に言い放った。

 「先生、お手伝いとは具体的に何をするとおっしゃるんで?」

 訝しむ皆の様子を見て、副官のフィッケル中尉が代表してエンゲルに尋ねた。

 「私は飛行機の操縦はできないのだわ。でも、銃の扱いには慣れているのだわ。だから後部機銃手としてなら、皆さんと一緒に戦えるのだわ。」

 エンゲルの申し出にフィッケル達は戸惑ったが、とりあえず明日の出撃に同行してもらい様子を見ることになった。

 次の日、エンゲルはフィッケルの機に同乗して出撃した。いつもの様に法皇国軍戦車を攻撃していると、この頃には地上攻撃隊の出撃には漏れなく付いてくるようになっていた「天空の魔女」殲滅部隊、通称「魔女狩り部隊」が襲い掛かって来た。

 「先生!敵機が後ろに回り込んで来たら撃ってください!」

 「分かったのだわ!」

 間も無く三機編隊のスローン戦闘機がフィッケル機の後ろに回り込んできた。

 「くそっ!三機もか!逃げ切れるか?!」

 フィッケルの額に脂汗が滲んだ。と、次の瞬間、一機のスローンが火を噴いたかと思うと錐揉みをしながら墜落していった。

 「えっ?!」

 フィッケルが状況を把握できずにいると、続いてまた一機のスローンが主翼を飛び散らせた後に爆散した。

 「フィッケル!またやったのだわ!では、もう一機!」

 残っていた最後の一機にもすぐに主翼の付け根に銃撃が命中した。主翼が回るような動きをしながら捻じ切れたスローンは、これまた錐揉みしながら墜落していった。

 初出撃で三機の敵を撃墜したエンゲルに地上攻撃部隊の皆は驚きを隠せなかった。その後もエンゲルは出撃の度に敵機を撃墜し続け、隊員達から絶大な信頼を寄せられるようになっていった。

                  ☆

 ある出撃計画の無い日、搭乗員宿舎にやって来たかと思うと、エンゲルはいつもの調子で唐突に言い出した。

 「みんな、暇でしょ。こう言う暇なときには身体訓練が一番なのだわ!」

 唖然とする隊員達を代表して、またしてもフィッケルが尋ねることになった。

 「先生、身体訓練とは、いったい何をやるんですか?」

 「ふふんっ、よくぞ聞いてくれましたのだわ。『バリツ』を教えてあげるのだわ!」

 そう言って胸を張るエンゲルではあったが、隊員達は訝し気に顔を見合わせた。そう、誰も『バリツ』とやらが何なのか、分からなかったからだ。

 「先生、『バリツ』とは何なんですか?」

 フィッケルの問いに対し、知らないとは意外だと言わんばかりの表情を見せたエンゲルは、軽く咳ばらいをすると説明を始めた。

 「『バリツ』とは、あの有名な極東海戦で法皇国海軍を殲滅した神秘の国に伝わる格闘技なのだわ。私は、医学生時代に極東からの留学生に『バリツ』を教えてもらって修得したのだわ。『バリツ』は、医学的に見ても恐ろしく合理的で体に無理を強いない術なのだわ。基本練習をするだけでも健康増進と身体強化は間違いないのだわ。」

 他ならぬエンゲルの言うことなので、隊員達は信じてエンゲル流身体訓練を受けてみることにした。結果、エンゲルの指導を受けた隊員の身体能力は、明らかに向上していった。

 「何やらみんな、最近面白いことをしているそうじゃない?」

 ある日、噂を聞きつけたシャルロッテが道場を訪ねて来た。

 「あら、隊長さん、貴女も『バリツ』をやってみます?」

 元々体を動かすことが大好きなシャルロッテは、エンゲルの申し出を快諾し、練習に参加することにした。結果、すっかり『バリツ』の虜になり、毎回必ず訓練に参加するようになった。やがて基礎練習だけでは我慢できなくなった彼女は、エンゲルに実戦練習を頼むようになり、エンゲルが舌を巻くほどめきめき腕を上げていった。このことが切っ掛けとなって、彼女はエンゲルとも親友の間柄になっていった。

                   ☆

 エンゲルは、日頃から医者として隊員達の健康にも気を配っていた。

 ある日、出撃から皆が帰還した時のこと、フィッケルを見かけたエンゲルは、彼の様子にはっとした。彼は、独りでブツブツと何事かを呟いていた。

 「やれやれ、今日もどうにか生きて帰れた・・・機体がかなり被弾してボロボロになったが、うまく着陸できた・・・寿命が縮まったよ・・・。」

 「(・・・フィッケルはもう限界かもしれない。顔色が非常に青白いわ・・・。)」

 注意深くフィッケルの独り言を聞き取り、彼の様子を観察したエンゲルは、彼の状態を心配して、何時になく真剣な面持ちでシャルロッテに相談を持ちかけた。

 「ユンググラース大尉、相談事があるのだわ・・・。」

 「あら、珍しいわね。なに?ドクトル。」

 「フィッケル中尉の事なのだけど・・・。彼はしばらく飛行させない方が良いと思うのだわ。かなり精神的に参っている様子が覗えるの。できない場合は、少なくとも貴女と一緒の出撃は見合わせるべきだと考えるのだわ。」

 エンゲルの提案を聞いたシャルロッテは、目を瞑るとしばらくの間黙考していた。やがて、目を開くと、真っ直ぐにエンゲルを見つめながら答えた。

 「・・・ドクトル・・・フィッケルの健康が損なわれているのは私も気付いているわ。どんなパイロットも、その精神力は無尽蔵じゃない事も判っているつもりよ。だから、ドクトルの言いたい事はよく分かるの。でもね、フィッケルは、私と一緒には出撃しないなんてことを夢にも思っちゃいないのよ。その事も私はよく知っているわ。だからあいつに飛ぶなと命じても、おそらく従うことは無いと思うわ・・・。」

 それを聞いたエンゲルは、シャルロッテの説得は無理だと感じたのか、諦めた表情を浮かべた。

 「大尉・・・分かったのだわ・・・。でも、私がフィッケルを説得することは、まさか止めないでしょうね?」

 「それは勿論止めないわ。」

 「有り難う、大尉。私からフィッケルを説得してみるのだわ。」

 しかし、シャルロッテが言ったように、エンゲルがフィッケルを説得しても彼は聞かなかった。

 「・・・ご心配、有り難うございます、ドクトル。でも、俺は隊長が飛ぶ限り一緒に飛びます。・・・俺はあの人の副官ですから・・・。」

 このように、エンゲルの心配をよそに、シャルロッテとその部下達は出撃を止めることはなかった。

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