「天空の魔女」殲滅部隊②
法皇の御言葉に添うべく、チェルノブは空軍総司令官ズミェイ・ヤドヴィートイに、『天空の魔女』を殲滅するための特別部隊、通称『魔女狩り部隊』を編成するよう命じた。早速、ヤドヴィートイは各地から選りすぐりのパイロット十五名を招集した。その内、指揮官として選ばれた三名は、いずれも神御名勲章を受章している英雄だった。一人目は、撃墜数二十三機、共同撃墜数四十二機のレフ・シェスタコフ大佐。二人目は、撃墜数十五機、共同撃墜数一機のアレクセイ・リャザンツェフ少佐。三人目は撃墜数二十八機のボリス・コブザン大佐である。部隊員十二名もそれぞれ単独撃墜記録を持つ猛者達だ。この部隊ならば、必ずや法皇様の御期待に添えるであろう。報告を聞いたチェルノブは大いに満足した。
☆
とにかく、このままでは地上攻撃ができない。シャルロッテは迷わず、戦闘飛行隊に協力を求めた。
「正体は掴めていない。しかし、雲の中でこちらに機銃弾を命中させているんだ。只者とは思えない。」
「たまたま当たったのでは無いと?」
ハルトマン大尉は、素直に疑問をぶつけてきた。
「エースであるへリンクを含めて三機も失ってしまった。偶然では有り得ない。」
「短時間で三機か・・・一機だけでは無いな・・・。」
シャルロッテの返事を聞いて、今度はコルツ中尉が呟いた。
「少なくとも編隊、もしかすると部隊単位でベテランを投入してきたのかもしれないな。」
「自惚れではなく、事実として地上攻撃航空団は我が国防衛の要よ。我々の行動が制限されれば、それだけ法皇国にとって有利になるわ・・・。」
「その通りだな。よし、上を説き伏せて、我が第一戦闘飛行隊が援護に就こう。」
ハルトマン大尉の言葉に、シャルロッテは胸を撫で下ろした。
「宜しくお願いします。」
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次の日の出撃から、エースパイロット揃いの第一戦闘飛行隊が随伴してくれることになった。シャルロッテ達第三飛行隊はそれを心強く思いながら出撃した。
編隊が法皇国軍の密集部隊を発見したときの事である。突然、フリッチ中尉のヴァンダーファルケが火を噴いて、そのまま錐揉み状態で墜落していった。
「!!敵襲!」
シャルロッテは無線機に向かって叫びながら、ヴァンダーファルケを急旋回させた。視界が回転していく中で太陽が見えた。その瞬間、シャルロッテの勘が警鐘を鳴らした。
「!!太陽よ!太陽の中に敵がいる!」
その言葉を聞いて、すぐにハルトマンとコルツが反応した。二機のシュバルツファルケが太陽に向かって上昇して行った。はたして、そこには法皇国の新鋭戦闘機ケルビムが既存の戦闘機スローン四機を伴い、攻撃態勢に入ろうとしていた。
すれ違いざまに、シュバルツファルケの12.7mm機銃が火を噴いた。次の瞬間、一機のスローンが主翼から炎を噴き出しながら、もう一機が尾翼をばらまきながら錐揉み状態で墜落していった。
敵編隊の上を取ったシュバルツファルケは、反転して今度は急降下しながら銃撃を開始した。再び、二機のスローンがバラバラになりながら墜落した。残るはケルビム一機である。しかし、こいつが曲者だった。上手く横滑りを利用しながら、ハルトマンとコルツの銃撃を器用に避け、チャンスが回ってきたら反撃してくるのである。
「こいつ、できるな!」
ハルトマンは素直に感心した。しかし、二対一の戦いである。次第にケルビムは追い込まれていく。そして遂にコルツの一撃が翼に命中し、パッと火の手が上がった。さらにハルトマンの銃撃がキャノピーを砕く。すかさずコルツ機の銃撃がエンジンに命中し、さしもの新鋭機も爆散した。
このとき、戦死したのはアレクセイ・リャザンツェフ少佐で、早くも法皇国の「魔女狩り部隊」の一編隊が消滅したのだった。
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確認できた法皇国の戦闘機部隊は全部で十五機だった。その内、五機は撃墜した。残りは十機である。しかし、かなりのベテラン揃いと見えて、撃ち漏らしただけで無く、こちら側の戦闘機も二機撃墜されていた。戦闘機隊と地上攻撃隊の指揮官同士の話し合いが持たれ、この十機をどうにかするまでは、常に戦闘機隊が地上攻撃隊に随伴することが決まった。
「皆さんの御陰で安心して対戦車戦ができます。有り難うございます。」
シャルロッテは、戦闘機隊の面々一人ずつに挨拶して回った。
「ユンググラース大尉、そんなに恐縮することは無い。友軍の支援をするのは当たり前だからな。」
ハルトマン大尉が苦笑しながら言った。
「いいえ、『親しき間にも礼儀あり』ですわ。」
シャルロッテは当然の事をしているという態度を崩さなかった。
「まぁ、こんな可愛いお嬢さんに礼を言われると悪い気はしないからな。張り切って護衛しなきゃって思うから、効果は絶大だ。」
コルツ中尉が和やかにそう言うと、シャルロッテは膨れっ面を見せて答えた。
「おだてても何も出ませんよ。からかわないでください。」
「いや・・・おだてでは無いんだが・・・。」
コルツ中尉は困った顔を見せた。その様子を見て、両隊の隊員は腹を抱えて笑った。
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「ヤドヴィートイよ・・・一体どうなっているのだ。一向に「天空の魔女」を狩ったと言う報告が無いのだが・・・。」
チェルノブ大元帥が憔悴しきった表情で問い質した。実は、毎日のように法皇に呼び出されては、まだかまだかとせっつかれていたのだ。
「はい、実は二回目の出撃で、アレクセイ・リャザンツェフ以下五名が戦死しました。他の十名はまだ健在で、毎日のように迎撃しておりますが、敵の戦闘機隊に阻まれて、未だ魔女を狩れてはおりません。」
ヤドヴィートイは、申し訳なさそうに答えた。
「あのリャザンツェフが・・・仕方ない・・・優秀なパイロットを選別して大隊規模の戦闘機隊を編成せよ。少数精鋭ではどうやら魔女は狩れないようだ・・・。」
「了解いたしました。本日中に編成して、現地に向かわせます。」