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カノーネンフォーゲル eins  作者: 田鶴瑞穂
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空軍士官学校の候補生①

 「うわぁ!何これ・・・おっきい建物だらけじゃない!」

 受験日の数日前に、受験会場のある首都ベルイーズに入ったシャルロッテは、初めて見る大都会に圧倒された。行き交う人々、馬車、自動車、高い建物群・・・どれも田舎であるヴァルダウでは有り得ないものだった。しかし、受験のことを考えているうちに、そのようなことは気にならなくなった。何故なら今回の受験は、募集八百名の所に一万六千人が応募すると言う狭き門だったからだ。大都会の雰囲気に吞まれている場合ではなかった。

 受験科目は、数学、物理、語学、航空力学、航空工学、体育、それに加えて身体検査だった。

 「(毎日図書館に通って自主学習をしてきた甲斐があったわ。この程度の問題なら余裕で解ける。)」

 生来の頭の良さに加えて、日々勉強に勤しんでいたので、シャルロッテはテストに手ごたえを感じた。また、体育の実技試験も、小さいころから牧場の仕事を手伝い、野山を我が庭のように駆け回って来た彼女にとっては余裕綽々だった。むしろ、あまりの身体能力の高さに監督官が驚いていたほどだった。

 受験の翌月、ヴァルダウに戻っていたシャルロッテのもとに待ちに待った空軍省からの郵便が届けられた。

 「ユンググラースさん、空軍省からの郵便です。受け取りのサインをお願いします。」

 「あ、あ、あ、有り難うございます!・・・はいっ、サインしました!」  

 配達員から封書を受け取った彼女は、目をぎゅっと瞑りながら、震える手でそれを開封した。しばらくして目をそっと開けて、入っていた文書を見てみると、そこには『空軍士官候補生に採用する』と書かれていた。二〇倍という途轍もない倍率ではあったが、彼女は見事合格を勝ち取ったのだった。採用通知書には、『一二九八年一月二十七日に、ヘルムートにある空軍士官学校に出頭せよ』と記述されており、鉄道運賃が無料になる軍用乗車券購入証明が同封されていた。

 「やったわ!これを見て!お父さん、お母さん、私合格したわ!」

 大望の合格でシャルロッテは有頂天になって合格通知書を見せたが、それを見た両親は、素直に祝ってやりたいと思う半面、自分の子供を軍隊に送り出すと言う不安もあり、心中は複雑だった。

 ヴァルダウの中学校からも複数名が空軍士官学校を志願していたが、残念ながら合格したのはシャルロッテだけだった。たった一人で故郷を離れていく娘を両親はいたく心配した。

 「ねぇシャル、本当に大丈夫?ヘルムートまで母さんが一緒に行こうか?」

 「何言ってるの、お母さん!親が同伴しないと学校まで来れない軍人なんて、聞いた事ないわ!大丈夫!心配しないで。私は一人でも平気よ!」

 何せ、当の本人はいよいよ本物の飛行機に乗れると言うことに夢中になっており、そこらへんの心配など全く感じていなかった。一方、学友や教師からは祝福を受けると共に、村人からは士官学校入学予定者ということで、彼女は一目置かれるようになっていた。村の名士として盛大な壮行の宴を催してもらったり、学友が壮行会を開いてくれたりと、かつては自分で作った飛行機の模型に乗って崖から落ちる変人として扱われることが多かったのが嘘の様だった。こうして出発までの時間は瞬く間に過ぎて行った。

 予定より一日早い一月二十五日に、故郷の駅頭で行われた盛大な壮行式において大勢の歓呼の声で送られて、シャルロッテはいよいよ故郷を跡にして、ヘルムートへと向かった。

                 ☆

 一月二十七日の早朝、ヘルムート駅頭に続々と入学生達が集まってきた。同じ列車の中で見かけた人も多くいた。性別も年齢も様々、さらに私服だったため、列車や駅の中では誰が入学生なのか分からなかったのだ。そんなシャルロッテ達を士官学校の教員が出迎えてくれた。

 「空軍士官学校への入学を許可された者はここへ集まりなさい。今から点呼を行う。受けた者から順に整列しなさい!」

 皆、その命令に従って点呼を受け、整列を完了した。

 「良いか!これからヘルムート総合大学医学部付属病院に出向き、そこで入学前の最終身体検査を実施する!この検査に不合格だった者は、残念ながら採用を取り消すことになるから心せよ!」

 この宣言に、入学生達は騒めいたが、異議の申し立てなどできるはずもなかった。全員大人しく引率されて病院へと向かった。病院で実施された検査は、現代日本の簡易人間ドックに近い内容で、受験の時よりもより厳密に行われた。実際にこの検査で失格し、採用取消しになった者も出たのだった。勿論、健康優良児たる我らのシャルロッテが合格したのは言うまでもなかった。

 身体検査の結果を待って、ようやく士官学校へと向かったため、学校の門を潜った時はすでに夕刻だった。にもかかわらず、休むことなくそのまま講堂に誘導されて、そこで教官の紹介と挨拶、諸々の指示と説明が行われた。教官には、空軍先進国であるカンブリア王国に留学し、現地でも優秀な搭乗員として認められたヨハネス・ステルツ大尉、ルドルフ・ゴロップ中尉、ギュンター・ラング中尉などの凄腕が揃って務めていることが分かった。

 続いて各々の軍籍番号が知らされ、衣嚢が渡された。衣嚢の中には第一種軍装一着(これは現代日本の学校における冬の制服だと考えてもらえれば良い。)、第三種軍装一着(これは略装と言われる戦闘服である。)、下着類と体育着一式、革靴二足、軍帽一つ、略帽一つ(これは第三種軍装用の戦闘帽である。)、手箱(これは文房具や小物を入れる木製の小箱である。)が入っていた。それらの貸与品に、各自の氏名と軍籍番号を記入する様指示された。入学初日はこれだけで、すでに深夜に至っていた。

                  ☆

 空軍士官学校は、陸軍のそれとは異なり新設の学校である。ヘルムート郊外に広がる田園地帯を整地して、真新しい寄宿舎と講堂、校舎、長さ八百m程のべトンで固めた三本の滑走路を有する飛行場が造られていた。

 三階建ての寄宿舎は男女別で二棟ずつあった。一階には、玄関ホールと食堂、烹炊所、浴場、教官公室があり、二・三階が候補生の部屋だった。教官公室は個室であるが、候補生は四人部屋である。部屋の窓の下には四つの机が並び、左右の壁には二段ベッドが造り着けられていた。ベッドの頭側には蚕棚状の衣嚢棚が付いていた。一つの寄宿舎には五十部屋、すなわち二百人が暮らせた。

 講堂は大きな建物で千人を収容できた。校舎は三階建てで、三十人が入れる教室が二・三階に十部屋ずつ設置されていた。他にも医療棟、適性検査場、化学兵器訓練棟などの建物があり、広い練兵場もあった。飛行場の横には大きな格納庫が五棟あり、整備工場や部品工場も兼ねていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] いよいよですね。真新しい基地、ということは陸軍に比べてこの空軍は「若い組織」なのかもしれませんね。細やかに描かれる地上の様子、とても素晴らしいです。
[良い点] これは……おもしろいです(*´ェ`*)
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