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カノーネンフォーゲル eins  作者: 田鶴瑞穂
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ゾイレ・クヴェックズィルバーの戦い⑤

 法皇国軍の大規模な侵攻が再開されたとの報告がもたらされた瞬間、分隊の全員にさっと緊張が走った。しかし、続いてもたらされた報告によると、敵の主力はここハルキよりも百キロメートルほど北のスーモと、そのスーモの百キロメートルほど北にあるフルヒを結ぶラインを侵攻中とのことで、ハルキ方面に敵が来襲すると言った情報は全くなかった。

この情報を聞いて、皆の間にホッとした空気が流れた。

 「思っていたよりも北だな。」

 「取り敢えず、警戒を怠らずにいれば良いか。」

 「いや、フルヒには帝都ベルイーズに直通する国道がある。奴らの狙いは首都攻略かもしれないぞ。」

 周りでは様々な意見や感想が飛び交っていた。ゾイレは、と言うとやはり彼女もほっとしていた。戦う事に躊躇は無いのだが、やはり戦闘の中に居ると、猛烈なストレスを感じて胃が痛くなる。この間に少しでも眠って体を休めよう、そう思った時だった。

 「前方に砂煙を確認!・・・敵戦車発見!・・・数は、多数!連隊規模と思われます!」

 「何!?何だと!」

 見張り員の報告に、その場に居るものは皆さっと血の気が引いた。一度緊張を解いてしまっていた分、焦りが強かった。

 「総員戦闘配備!持ち場に就け!」

 各々が銃を引っ掴み、狭い塹壕の中を一列になって小走りで移動する。それぞれの持ち場に就いて銃を構えて目を凝らす。なるほど、数キロメートル先に砂煙がもうもうと揚がっている。砂煙の量から考えてかなりの数の戦車が迫っていることが分かった。

 ゾイレも対戦車ライフルを構えて、敵が有効射程距離内に近づいて来るのを待った。鼓動が早まり、息が荒くなるのを感じた。しだいに脂汗が滲み出てくる。ようやく敵が視認できる距離に近づいて来た。

 「な、何だ、あれは?!」

 隣の兵士が、思わず声に出して言ったが、それは彼だけが思ったことではなく、ここにいるすべての者の共通した思いだった。それは見たことの無い型の戦車だった。しかも一台や二台では無い。迫りくる全ての戦車が新型だった。

 「新型のみで構成された戦車連隊だと!そんなものが何故ここに!」

 混乱する共和国軍を嘲笑うかのように、前列を構成する複数の戦車が一斉に砲弾を発射した。 狙いは加農砲を備えたトーチカだった。砲弾は、トーチカのスリット状の窓から中へと吸い込まれていった。間を置いて爆発が起こり、トーチカは沈黙した。

 続いて今度は塹壕に向けて一斉に砲弾が放たれた。此処彼処で爆発が起こり、土煙が上がる。反射的に塹壕内に伏せた者は土砂を被っただけで済んだが、塹壕から顔を覗かして銃を構えていた兵士達は吹き飛ばされピクリとも動かなくなった。

                 ☆

  「嬢ちゃん!あぶねぇえええ!」

ヘルマンが腕を伸ばしてゾイレを弾き飛ばした。それとほぼ同時に敵戦車の榴弾が着弾し、目の前で炸裂した。ヘルマンのお陰で、ゾイレは榴弾の破片の直撃は避けることができたが、爆風によって塹壕の壁に叩きつけられてしまった。目の前が歪み、よく見えない。瞬きを繰り返した後、頭を横にブンブン振るとようやく視界の歪みが解消された。

「有り難う、ヘルマンさん・・・。お陰で助かったわ・・・。」

ヘルマンに対しゾイレは礼を言ったが、返答は無かった。不審に思って周りを見渡すと、そこには信じられない光景が広がっていた。何と、ゾイレを除く分隊の全員が倒れ伏しており、そこには生者の気配が全く感じられなかったのだ。その中にヘルマンも居た。彼は目を見開いたまま倒れていた。

「ヘルマンさん!ヘルマンさん!・・・」

ゾイレは、彼を抱きかかえて呼びかけた。しかし、彼からは何の反応も返ってこなかった。

「ヘルマンさん!いつもの様に、『お嬢ちゃん』って呼んでよぉ・・・何で呼んでくれないの・・・ヘルマンさーん!」

 ゾイレの目から大粒の涙が零れた。この世に自分だけが残されたような、絶望的な孤独感が彼女を襲っていた。その感情を断ち切ったのは、皮肉なことに敵戦車の榴弾が炸裂する音だった。

「(そうだ!悲しんでいる場合じゃない!ヘルマンさんの・・・分隊の皆の敵を取らなくっちゃ・・・。そして、祖国を・・・祖国を守るんだ!)」

 目に何やら液体が垂れて来たので、手の甲で擦った。手に着いたそれを見てみると血糊だった。ゾイレは懐から手ぬぐいを取り出すと、それを頭に巻き止血を試みた。そして血まみれになりながらも対戦車ライフルを構えた。狙いは操縦席だ。敵戦車との距離は千メートルを切った。九百・・・八百五十・・・八百・・・七百五十・・・七百メートル!ゾイレは引き金を引いた。彼女の肩に猛烈な衝撃が走った。ライフルから発射された弾丸が敵戦車に命中した。命中後、戦車はその機動を止めたが、弾丸が貫徹したようには見えなかった。暫くして、砲塔がゆっくりと回転し、こちらに照準を合わせてきた。ゾイレはボルトハンドルを曳いて次弾を装填し、今度は砲塔に照準を合わせた。再び肩に大きな衝撃が加わる。灼熱した塊が敵戦車の砲塔に向かう。ガキィーンと言う高い音が鳴ったが、やはり今度も装甲に孔が開いた様子は無かった。

                  ☆

 ハルキ要塞に襲い掛かってきたのは、法皇国最強と謳われる第一親衛軍の第五、第六機甲連隊だった。この二つの連隊は新型戦車のみで構成されていた。この新型はそれまでの戦車とは異なり車体全体に傾斜装甲が施されていた。また、砲塔も側面がカーブを描いた形状をしている。これらの工夫は、命中した弾丸や砲弾を弾く効果が高く、同じ厚さの装甲よりも防御力が格段に優れていた。また、装甲板は電気溶接されており、車体表面にはリベットが無かった。速度は時速五十キロメートル。これまでの戦車では考えられない高速走行を実現していた。搭載砲も共和国軍戦車には未搭載の七十六ミリ砲。このように、あらゆる面で共和国側を圧倒していた戦車だった。

                  ☆

  「弾かれた!?」

 此奴はこれまでの戦車とは明らかに違う。対戦車ライフルの弾を七百メートルの距離で弾く奴はこれまではいなかった。

 「くそっ!なんて厚い装甲なんだ!」

 ゾイレはボルトハンドルを曳いて次弾を装填する。ほぼ同時に敵戦車の砲口から火炎が噴き出した。反射的に塹壕内に屈んだ瞬間、頭上で爆発が起こり、彼女の上に土砂が崩れ落ちて来た。慌てて土を掻き分けて外に出た。埋まっていた対戦車ライフルを引っ張り出し、土を拭って再び構えた。

 「今度こそ!」

 再びライフルの引き金を引いた。反動と共に灼熱した弾丸は敵戦車に向かって飛んで行く。ガギィィィンと言う金属同士がぶつかり合う音が鳴ったが、やはり弾は貫徹しなかった。

 「!!!」

 再び目の前で爆発が起き、塹壕に潜むゾイレ達は後方に吹き飛ばされた。耳鳴りが響き、頭がくらくらする。塹壕の壁に打ち付けられた背中が痛い。ゾイレは意識をはっきりさせるため、首をぶんぶんと振った。焦点の合っていなかった目が再び敵の姿を映し出した。三度ライフルを構え直す。敵はすぐ目の前に迫っていた。引き金を引く。運転席の防御板に命中した弾丸は、防御版を砕いたが、貫徹はできなかった。

 突然、近くで生き残っていた兵士が起き上がって、戦車に向けて手榴弾を投げた。手榴弾は敵戦車の上で爆発したが、これと言ったダメージは確認できなかった。

 「化け物め!」

 生きている兵士は皆咄嗟に塹壕の中に身を伏せた。塹壕の真上を敵戦車が乗り越えて行った。慌てて、逆方向に向けて対戦車ライフルを構えた。敵戦車は尻を見せている。戦車の車体は後方が最も装甲が薄い。距離もほとんど無い。これで貫徹しなければ、最早手の打ちようが無いと言うことになる。狙いを定めて引き金を引く。すると、ドンッと言う音と共に敵戦車から煙がモウモウと揚がり、ようやく動きを止めた。どうやらエンジンを直撃できたようだ。ところが、ほっとしたのも束の間、背後で砲弾が炸裂し、またもや体を壁面に叩き付けられてしまった。次列の戦車が砲撃を仕掛けてきたのだ。

 ゾイレは倒れたまま起き上がることが出来なかった。次々と敵戦車が塹壕を越えて行く。彼女の目から涙が溢れた。目の前で、敵が愛する祖国の地を蹂躙していく。それに対して何もできない自分が悔しかった。情けなかった。その時、指先に何か固いものが触れた。見ると手榴弾を束ねた対戦車用の手投げ爆弾だった。それを見た途端、彼女は血が沸騰するかのように感じた。痛みの感覚がふっとなくなり、何者かに操られるかのように立ち上がった。手投げ爆弾を引っ掴むと塹壕から躍り出た。そして、目の前にいる敵戦車の後部吸気口に向けて爆弾を投げつけた。爆発が起こり、敵戦車のエンジン室カバーが吹き飛んだ。しかし、致命傷にはならず、敵戦車は前進を止めなかった。歯軋りをして、塹壕内に対戦車ライフルを取りに戻ろうとしたその時、またもや目の前で榴弾が炸裂した。榴弾の破片をまともに喰らってしまったゾイレは、吹き飛んで倒れてしまった。もう動けそうには無かった。

 津波のように祖国に雪崩れ込む敵機甲連隊を眺めることしかできないゾイレの目から、再び涙が溢れた。無意識に、彼女は敵戦車を掴んで留めようと、震える手を必死に伸ばしていた。もちろん、そんなことが出来ようはずもなかった。

 その時、自分の手の先、澄み渡る大空に大きな鳥がこちらに向かって来るのが見えた。一羽、二羽、三羽・・・全部で十五羽が、どんどん近づいて来る。

 「(駄目よ、鳥さん達、こっちは危ないわ・・・。来ては駄目!)」

 ゾイレが必死に祈ったその瞬間、先頭の鳥の翼が赤く光った。すると、目の前の敵戦車が炎に包まれ停止したではないか。鳥は、大きく旋回すると、再び翼を赤く光らせた。今度の戦車は、まるでビックリ箱のように砲塔を吹き飛ばして停止した。

 「(えっ!?どういう事??)」

 次々と敵戦車が破壊されていく。敵の侵攻は完全に止まっていた。

 「(有り難うございます・・・主よ・・・。我が祖国を守るため、使いを遣されたのですね・・・。これで・・・安心して・・・。・・・。)」

 ゾイレは静かに目を閉じた。苦痛はすでに感じなかった。自分は精一杯頑張った。これからは、残った者が自分達に代わってきっと祖国を守ってくれる。そう信じて、彼女は永遠の眠りに就いた。

 「(お母様・・・貴女の娘は・・・祖国の為に・・・少しでもお役に立てたでしょうか・・・。)」

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― 新着の感想 ―
[良い点] なんとなくスターリン戦車かと思いきや、T34−76型でしたか。この世界にもT34ショックが巻き起こったのか…
[良い点] あああああああゾイレ!!!なんてこった……間に合わなかったのか…… [一言] 最後まで勇敢に戦い続けた彼女に最大の敬意を
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