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カノーネンフォーゲル eins  作者: 田鶴瑞穂
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有り難くない特別休暇

 ステルツ大尉の死という衝撃から立ち直ろうと、シャルロッテはがむしゃらに出撃を続けていた。そんな彼女に朗報が舞い込んだ。出撃回数が五百回を超えた彼女に、黒瑞宝章が叙勲されることになった。勲功として昨年のオデルサ沖大航空戦での敵艦撃沈が挙げられていた。七月十八日、飛行機で現れたリヒトマイヤー空軍大将が、大統領代理として彼女に勲章を与えた。

 しかし、禍福は糾える縄の如し、叙勲と共にシャルロットにとっては全く有り難く無いご褒美も付いてきたのだった。それは、彼女の圧倒的な出撃回数の多さから、強制的に休暇が割り当てられることだった。しかも、休暇後は補充大隊に転属するというおまけ付きで。経験を後輩に伝えるための処置ではあったが、最前線で飛び続けることが生きがいのシャルロッテにとっては、死刑判決のようなものだった。シャルロッテは、すぐに副官のプレスラーのもとに駆けつけ、休暇と転属の撤回を空軍省に陳情して欲しいと願い出た。

 「プレスラー大尉!!私は休暇などほしくはありません!何とか隊に残れるよう陳情していただけませんか!!」

 「・・・そんなわがままを言われても困る。まぁ、しかし、私としても優秀な君が抜けるのは痛い。すぐに部隊に復帰できるようには頼んでみるがね。」

 結局、彼女の願いは叶わず、強制的に故郷へ還ることとなった。普通、前線で闘う将兵にとって故郷へ帰れる休暇は、勲章や昇進以上に稀少かつ待ち遠しいものなのだが、彼女の場合は違った。道中彼女の心はずっと暗く沈んだままだった。

 「父さん、母さん、ただいま……。」

 「おお帰ったか、シャル・・・なんだか元気が無いな。大丈夫か?どこか具合でも悪いのか?」

 「いえ、大丈夫よ。何でも無い・・・。長旅で疲れただけ・・・。部屋で少し休むね・・・。」

 両親や同郷の友達と久しぶりに会ったにもかかわらず、シャルロッテの気持ちは晴れなかった。

 数日後、シャルロッテはグラーツ補充大隊に赴任した。指導官として彼女は編隊飛行、急降下、爆撃、銃撃などさまざまな技術を学生に伝えたが、教官は彼女独りしかおらず、毎日八時間もの間飛び続ける生活が二ヶ月も続いた。結果、身体を壊してしまい、今度は強制的に入院させられてしまった。この入院にシャルロッテはいらいらを募らせるばかりだった。

 「入院なんて冗談じゃない。体は大して良くもならないし、厳しい食事制限でお腹は減るし、まるで監禁生活だわ・・・。叙勲以来碌な事が無いわ。私が何をしたって言うのよ!」

シャルロッテは、前線への復帰を渇望するようになっていた。

                  ☆

 数週間後、幸いなことにシャルロッテの体調は元に戻り、退院することができた。また、程なくして補充大隊に前線進出の命令が出た。カフカース地方に進出し、法皇国最大の油田地帯を攻撃する『青の一号作戦』が発動されたのだ。原油の補給を阻害することで、法皇国軍の大規模行動に制限を加えるという目論見であった。

 シャルロッテにとって、動かず、且つ大きな油井を攻撃することは容易く、面白いように油田は損害を増加させていった。学生達にとっても格好の演習の場となっていた。

 この作戦で、シャルロッテは出撃数を増やし、十一月には七百回に達していた。この空軍の英雄を讃えるため、シャルロッテの部隊の上級組織である第四航空軍団の司令官クルト・プルークバイル中将がわざわざ部隊を訪れた。

 「ユンググラース中尉、出撃回数七百回達成おめでとう。キミの戦果はまさしく我々の誇りだよ。」

 「ありがとうございます、将軍。」

 「君の出撃七百回達成を祝って、シャンパンを特別に取り寄せた。一箱あるから持って帰りたまえ。」

 「将軍・・・まことに有り難いことですが、私は不調法でして・・・。」

 「えっ!?それは悪かったね。兵士には酒だろうと思い込んでいたよ。では、後日別のものを送ろう。」

 数日後、巨大な箱いっぱいに詰まったクリーム菓子がシャルロッテのもとに送られてきた。

 「いや・・・これはいくら何でも多過ぎだろう・・・。私独りではとても食べきれないよ。皆で食べよう。」

 「えっ、いいんですか?教官!」

 「よいよい。食べ物ってやつは、皆で食べるとより美味しく感じるものさ。」

 前線では甘いものなど滅多に手に入らない。隊員達は喜んでお菓子を頬張った。シャルロッテも一緒に食べていたが、思いの外たくさんあり、食べても食べても無くならなかった。やがて全員が胸が悪くなったような顔を見せるようになったので、他の部隊にまで持って行って配りまくることになった。

 「うんっ!皆喜んでくれた!これでよし!」

                  ☆

  『青の一号作戦』を終えた補充大隊は、それぞれが正規部隊に入るため解散となった。シャルロッテもまた古巣の第二急降下爆撃航空団に戻ってきた。

 「お帰りなさい!シャル!」

 「只今!マリー!」

 基地では、マリー・ヘンシェルがシャルロッテの帰隊を心待ちにしていた。いや、これは正確な表現では無い。パイロットの皆がシャルロッテの帰隊を待っていてくれた。特に、ハンス・ブラットは子供みたいに泣きじゃくって喜んでいた。

 「中尉!よくぞ戻って来てくれました!ううぅ・・・。」

 「そんなに泣くな、ハンス。ここは私の実家のようなものだ。戻るに決まっているだろう。」

 「はい!お帰りなさい、中尉!ううぅ・・・。」

 「(ああ・・・家に帰って来たのだなぁ・・・。)」

 シャルロッテは、数ヶ月ぶりに張り詰めていた気持ちが解れていくのを感じていた。

                 ☆

 シャルロッテが前線を離れている間に、戦況は悪化していた。急降下爆撃隊は、押し寄せる法皇国軍に対して懸命に爆撃を行ったが、法皇国軍の突撃が途切れることはなかった。なぜなら、法皇国軍は日に日にその戦力を増強させていたからである。鉄道を無力化された奴らは、何と自走で戦車を、歩兵は輸送車を使って前線に連れてくる方法に兵站を切り替えたのである。鉄道輸送に比べて効率はひどく悪いが、それでも二四時間休み無く行われる兵力の補充は、撃破されることによる減少分を上回っていたのである。

 「奴ら、まるで下水に巣くうドブネズミのようね。駆除する尻から増えてくるわ。」

 げんなりした表情で、シャルロットは嘆いた。

 「何らかの手を打たないと、このままだと奴らに要塞線を突破されてしまうわね。」

 マリーも暗い表情で答えた。

 「そうなると、一般市民にも犠牲者が出てしまう。でも、どうすれば・・・。」

 シャルロッテは自分の力に限界を感じ、焦燥に駆られ始めていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ブラウ作戦や。 ルーデル魔王のように入院先から勝手に抜け出すのでは、とハラハラしました
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