ゾイレ・クヴェックズィルバーの戦い④
対戦車ライフルの威力は素晴らしかった。トーチカの加農砲と連携することで敵戦車の進攻を完全に阻むことができた。
「嬢ちゃん、すげえなぁ。百発百中じゃあねぇか。」
そうやって褒めてくれたのは、ゾイレの初陣の際に声を掛けてくれた男、ヘルマン・デッカー兵長だった。彼は叩き上げの兵卒で、何事においても不慣れだったゾイレを補佐し、ここまで彼女を引っ張ってくれた頼もしい戦友だった。
「有り難う兵長!私がここまで腕を上げられたのは兵長のお陰です!」
ゾイレは、素直に感謝の念を伝えた。あの時、彼が励ましてくれなければ、自分はこのように戦えるようにはなれなかっただろう。
「よせやい、嬢ちゃんは俺の上官なんだから、丁寧な物言いは無しだぜ。」
くつくつと笑いながら、ゾイレはヘルマンに言った。
「その割には、兵長は私に敬語を使わないじゃないですか。」
「俺はよう、育ちが悪いんで敬語なんてつかえねぇんだ。使用がないだろう。」
確かにヘルマンはラインファルト中尉にすら敬語を使っていなかった。それを中尉も咎めることはしなかった。有能なヘルマンのことを認めているからだろう。
「ふふっ、敬語なんて私は気にしてませんよ。それに兵長のこと、頼りにしてます。これからも宜しく!」
☆
それからもゾイレは相棒の対戦車ライフルを片手に戦い続けた。法皇国は兵器も兵も尽きること無く侵攻を続けてくる。この戦争は無限に続くのか、誰しもがそう思い絶望感に苛まれ始めていた。しかし、六月に入って事態は急展開を迎えた。空軍の急降下爆撃部隊が前線の戦いに参入してきたのだ。これまで急降下爆撃部隊は、敵のインフラや補給線への攻撃を行っていたらしい。実際に春先と比べて、法皇国の侵攻速度が鈍っていることは実感できていた。それが一段落した結果、目標を前線の機甲部隊に切り替えて来たのだ。
当初、急降下爆撃にゾイレは失望した。ひょこひょこと逃げ回る敵戦車に爆弾を直撃させることは難しく、戦果は思うほど上がらなかったからだ。これならば対戦車ライフルの方が効率的だ、彼女はそう思った。ところが、急降下爆撃によって破壊される戦車は日に日に増えていった。特にいつも真っ先に飛んで来るWanderfalkeの命中率は凄まじく、爆撃隊の攻撃参加が始まってから三週間後には、その機による攻撃は百発百中になっていた。
「一体、どんなパイロットなんでしょうね?」
敵の攻撃の合間、ほんの僅かな休憩の時間に、ゾイレは呟いた。
「そいつって、いつも爆撃隊の先頭を飛んでいる奴のことかい?」
彼女の呟きに、ヘルマンが質問で返してきた。
「ええ、ヘルマンさん、あのパイロットは凄い!毎回必ず命中させて敵戦車を屠ってくれています。」
ゾイレは空を見上げながら返答した。その声には、感謝の念と憧れが入り混じっていた。
「噂によると、嬢ちゃんと歳の変わらねぇ女の子だそうだが。」
この時点では、シャルロッテの名はまだ響き渡ってはいなかったので、ヘルマンも噂でしか知らなかった。
「えっ・・・ええっ!?女の子なんですか?」
ゾイレは驚いて思わず変な声をあげてしまった。彼女は、件のパイロットはヘルマンのような叩き上げのベテランだと考えていたからだ。
「意外かい?嬢ちゃんだって、対戦車ライフルを使わせりゃぁ百発百中じゃぁねか。」
ヘルマンは、意外でも何でもないと言った風に答えた。
「急降下爆撃とライフルじゃぁ同列には比べられないと思いますが・・・。」
「俺にとっちゃぁ同じだがね。」
ヘルマンの呟きを、ゾイレは聞いていなかった。それよりも、あのパイロットが自分と同じ位の女の子だと言うことで頭が一杯だった。
「そっかぁ、女の子なんだ・・・どんな子なんだろう。会ってみたいなぁ。」