対戦車戦開始!
急降下爆撃隊部隊長のステルツ大尉は、出撃の合間を縫ってしばしば近隣の森を散策していた。その時、シャルロッテは必ず大尉のお供をしていた。常に部隊員達の先頭に立って戦い、そして部隊員達を大事にしてくれる大尉を彼女は指揮官として尊敬していた。少しでも彼から学び、彼の考えを規範としようと思い、散策にも付き従っていたのだった。そんなある日、散策の途上でシャルロッテはふと思ったことを大尉に訊ねてみた。
「ステルツ大尉。大尉のように冷静に落ち着いて振る舞えるようになるためには、一体どうしたらよいのでありますか?」
その質問に対して、ステルツ大尉はシャルロッテの方は見ずに、空を見上げながら答えた。
「ユンググラース君、君は私がいつも冷静でいるとでも思っているのかね?・・・そうでは無い。長年の苦しい経験がそう見せているだけだよ。」
少し考えてから間を置いて、大尉は言葉を続けた。
「一つ一つの、様々な出来事が積み上がることで人間は形成されていくんだよ。私は以前、互いに愛し合っていた娘と婚約していた。しかし、彼女は結婚式を挙げる日に不慮の事故で死んでしまった。・・・もし、君の身に同じようなことが起こったとしたら、君だって簡単には忘れることが出来ないだろう?このような悲しい記憶も人間を作り上げていく要素の一つとなるのだよ。覚えておきたまえ、ユンググラース君。」
大尉の言葉に、どう返事をしていいのか分からなかったシャルロッテは、考えた末にようやく、
「分かりました、大尉・・・。」
とだけ答えた。
☆
兵站線を破壊され、十分な補給が得られなくなった法皇国軍に対し、共和国軍はいよいよ正面切っての戦いを始めようとしていた。国境線要塞の前に展開している敵は、歩兵百五十個師団、戦車二百九十個中隊と言うとんでもない大部隊だ。陸軍に限って言えば、こちらの十五倍を超えている。まともに戦って勝てる見込みは無かった。しかし、急降下爆撃によって敵の重砲部隊は壊滅、空軍戦力も大打撃を受けており、現在は十分な陸上支援は行えない状況になっている。鉄道輸送が使えないため、高射砲や高射機銃はほとんど配備されていない。よって、取り得る戦術は、急降下爆撃隊をフル活用し、敵を叩くだけ叩いてから決戦を挑むことだった。
重砲隊への爆撃作戦を繰り返し行った結果、新兵達の技量も向上し、ベテランほどではないにしても戦力として認められるようになっていた。しかし、これからの相手は戦車である。これまでの目標は、鉄橋にせよ、鉄道施設にせよ、陣地にせよ、重砲にせよ、いずれも動かない相手だった。戦車は違う。動き回るのだ。急降下爆撃で破壊するためには、これまで以上の技術が必要だった。
「動き回る小さな目標か・・・取り敢えずやってみるか・・・。」
さすがのシャルロッテも、初めての対戦車戦でどれくらいの確率で爆弾を命中させることができるのかは自信がなかった。
☆
「くそっ!!また直撃できなかった!!!」
これで三輛連続で空振りだ。シャルロッテはぎりっと歯を噛みしめた。
「こんな屈辱は初めてだ!」
自身に腹を立てているシャルロッテに対し、マリーは冷静だった。
「腹を立てると余計に当たらなくなるわよ、シャル。」
「しかし・・・!!」
「貴女らしくも無い。当たらなくても、少しずつ着弾は修正できているわ。今は実戦だとは思わず、訓練だと割り切りなさい。貴女の事だもの、一度勘を掴めば百発百中になるわよ。」
「・・・わかったわ、マリー。ごめんなさい。」
「謝る必要は無いわ。頑張りましょう。」
本当にマリーは得がたい相棒だ。シャルロッテは彼女との出会いに感謝した。
「(マリーの為にも頑張ろう!)」
迷いが吹っ切れたのか、次の日には四回に一回、その次の日には三回に一回、またその次の日には二回に一回と、シャルロッテの命中率は確実に上昇していった。マリーに諭されたことによって、平常心を取り戻せたからだ、とシャルロッテは改めて彼女に感謝した。そして、対戦車戦を開始してから三週間が経った頃には、シャルロッテの命中率は九〇%を超えていた。そのためか、敵戦車は急降下爆撃隊の姿を見ると、明らかに動揺して逃げ惑うようになった。しかし、シャルロッテからは逃れることはできなかった。次々と法皇国戦車は爆発炎上していく。この頃になると、シャルロッテには遠く及ばなかったものの、他の隊員達の技量も上がり、命中率は平均で五〇%を超えるようになっていた。
☆
この頃になって、法皇国軍はようやく対空戦闘の重要性に気付いて、機銃を搭載した対空戦車を整備し、戦車中隊に複数配置するという編成替えを行うようになった。そのため、急降下爆撃航空団側も機体への被弾が増え、撃墜される機も出るようになった。
「ユンググラース中尉!どうすれば、中尉のように敵の戦車をやっつけることができるのですか?」
ハンス・ブラット少尉が突然、シャルロッテに質問を投げかけてきた。
「?・・・どういうこと?具体的に何が聞きたいの?」
ブラットが技術的な事を聞きたいのか、それとも別の事、例えば精神的な事を聞きたいのか、シャルロッテは判断できなかったため、問い直した。
「はいっ。最近敵の対空射撃が気になって、なかなか敵戦車に爆弾を直撃できないのであります。中尉は、相変わらず出撃の度に敵戦車を仕留めておられます。私と中尉とは、いったい何が、どういったところが違うのか気になるのです。」
「なるほど・・・それについての答えは、『敵の対空射撃を気にしない』だな。当たる時は当たるし、当たらない時は当たらない。むしろ気にして逃げ惑う方が当たるような気がするなぁ。それに、先に対空戦車を仕留めてしまえば、後は楽勝だから、私なら最初に対空戦車を狙うかなぁ。」
側で聞いていたマリーが、すかさずフォローを入れた。
「ブラット少尉、ユンググラースは当たるも当たらないも運次第だと言ってるように聞こえたかもしれないけど、運だけでは無いから注意してね。」
「と、言われますと?」
「ユンググラースは、直線的に飛ぶことはしないわ。常に上下左右に運動しながら飛んでいるの。しかも、機体は安定させながらね。彼女の超絶な技量あってのことね。・・・ごめんなさい、貴男を辱めたり貶めたりする気は無いのだけれども、彼女と貴男の違いは、純粋に技術的なものだわ。」
シャルロッテの答えを聞いた時は訝しげな表情を浮かべていたブラットだったが、マリーの説明を聞いた後は腑に落ちた表情に変わっていた。
「わかりました!私がまだまだ未熟なだけだったのですね!これまで以上に精進して、いつかは中尉の領域に追いついて見せます!有り難うございました!」
晴れ晴れとした足取りで離れていくブラットを見ながら、シャルロッテはマリーに感謝した。
「有り難う、マリー。私は自分では取り立てて特別なことはしていないと思っていたわ。」
「シャルは無意識に敵の弾を避けながら飛んでいるのよ。後ろに乗っている私の方が、そのことはよく分かっていると思うわ。」
「ブラットに嘘を教える所だったわ。本当に有り難う。」
☆
シャルロッテほどの腕があればどうと言うことは無かったが、他の隊員はそうはいかなかった。日に日に犠牲者は増えていく。そして、七月六日・・・。
その日、攻撃を終えて帰還した部隊所属機の多くが被弾していた。部隊長のステルツ大尉の機も同様で、特にオイルの配管の損傷が著しく、帰還はできたが再出撃は無理だった。そこへ敵の増援部隊として三個戦車中隊が現れ、陸軍要塞部隊が苦戦中との報が入った。
「今の知らせを聞いたな、ユンググラース君。しかし、困ったことに私の機は、出撃が出来ない。だから代わりに君の機体を使わせてもらうぞ。私は部隊の指揮を執らねばならんからな。」
「そ、そんな!いえ・・・分かりました、命令とあらば仕方ありません。どうかご無事でお帰りください・・・。」
シャルロッテは、自分が出撃できなくなる事に一瞬不満を抱いたが、直にその感情を抑え込んだ。部隊長は指揮を執るために出撃しなければならない。代わりに無傷の自分の機体を使うのはむしろ当たり前のことだと、頭では納得していたからだ。
こうして、ステルツ大尉はシャルロッテの機体で出撃していった。しかし、大尉が帰還することは無かった。シャルロッテと同様、真っ先に対空戦車に狙いを付けた大尉だったが、敵は三個中隊の対空戦車を一カ所にまとめて迎撃してきたのだった。結果、一輛は仕留めたが、他の戦車の射撃が当たり、そのまま大尉の機体は墜落した。せめてもの慰めは、もう一輛に機体をぶつけて道連れにしたことだろうか。
ステルツ大尉を尊敬し、慕っていたシャルロッテは、大尉の戦死の報を聞いて愕然とした。涙が止めどなく溢れた。この戦争が始まってから、シャルロッテが泣いたのはこれが初めてだった。
「大尉・・・まさか大尉の方が私より先に落とされるなんて・・・。大尉は、私にとってかけがえのない存在だったんですよ。私はこれから誰に教えを請えばいいんですか?・・・。」
両手の甲で眼を押さえ、全身を震わせるシャルロッテの肩をマリーは優しく抱き寄せた。そして、そのままシャルロッテが泣き止むまで一緒にいてくれたのだった。