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カノーネンフォーゲル eins  作者: 田鶴瑞穂
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少女の夢

 シャルロッテ・ユンググラースは、シュレージエン州ヴァルダウという小村で生まれた。父は村で小さな牧場を経営しており、生活には困らないが、裕福と言えるほどでもなかった。彼女は小さいころから当たり前のように牧場の仕事を手伝ってきた。そのため、小柄ながらも均整のとれた体躯をしていた。美しく流れるような茶色の髪の毛は、肩甲骨が隠れるあたりまで伸ばされ、後ろはそのまま垂らされていたが、両側は三つ編みでまとめられている。仕事柄、作業着を普段着として着ているため、田舎の芋っぽい娘にしか見えないが、都会育ちの母親ゆずりなのだろう、印象的な緑色の虹彩を持つ目は大きくてくりくりとしており、通った鼻筋、バランスの良い厚みを持った唇と相まって、実は村一番の器量良しだった。

 この田舎の少女に飛行機への夢が芽生えたのは、彼女が八歳のときのある出来事が原因だった。一二八九年のある日曜日、近所の町で大きなお祭りがあった。そこで、当時はまだ珍しかった飛行機のデモ飛行が行われたのだった。ヒトが空を飛ぶ!シャルロッテは夢中で頭上の飛行機を眼で追った。両親がそろそろ帰ろうと言っても聞こえてなどいなかった。その日のデモ飛行が終わるまで見続け、気がつけば首が痛くて回らなくなっていた。

 その日からシャルロッテは飛行機に夢中になった。彼女は記憶を頼りに木製の模型を作ってはちゃんと飛ぶかどうかの実験に明け暮れた。上手くいかなかった原因は何か?思いつく限りの改造を加えてはそれを飛ばす。また上手くいかなかったら思いつく限りの改造を加える。毎日毎日それを繰り返し、ついに長時間飛行する模型を作りあげたのだった。

 シャルロッテが模型飛行機を力いっぱい投げると、飛行機は悠々と空を飛んで行く。

 「すごいすごい!!重たい模型が、まるで綿毛のようにふわりと飛んでいる!」

 ところが、何度も飛ばしているうちに、シャルロッテは段々と飛行機だけが飛んでいることに我慢が出来なくなってきた。

 「せっかくだから模型じゃなくて、私が飛んでみたい・・・。でも、こんな小さなものには私は乗れないし・・・。そうだ、私でも乗れる大きな模型を作ればよいの!!」

 飛行に成功した模型を拡大すれば良いと考えたシャルロッテは、自分が乗れるほど大きな模型を作り始めた。もうこの辺りから恐怖心が無いと言えば良いのか、それともネジが一本飛んでいると言えばよいのか、完成した模型に矢も盾もなく乗ってみたくなり、近所の小高い丘まで模型を押して行くと、模型に乗って崖から思い切って飛び降りた。

 しかし、強度計算も加重計算もしていない模型での飛行は、言うまでもなく失敗に終わり、崖下で全身を打ち付けて悶絶しているところを通りがかった村人に助けられたのだった。シャルロッテは母親にこっぴどく怒られたが、少女の脳裏からは空を飛ぶ夢が離れることはなかった。こうして少女の運命は決まった。

 「今回は失敗したけれど、私は必ず空を飛ぶわ!!そのために本物の飛行機に乗るの!」

                  ☆

 一二九六年。極東侵略の失敗からすでに三年が経っていた。法皇国は徴兵数を増やし、石油石炭などの燃料や屑鉄の輸入を活発化させるなど、素人が見ても戦争準備を進めていることは明らかだった。この法皇国の動きを受けて、防衛力を強化するために、共和国は官民挙げて軍備増強を急いでいた。卒業を間直に控えた中学生達にも、陸軍省から軍人志望者の督励があった。わざわざ上級将校が、各地の学校を訪れて講演会を行うほどの熱の入れようだった。そんな時、我らがシャルロッテはと言うと、まだ卒業まで一年あることと、陸軍には全く興味が無いことから、相変わらず飛行機一筋だった。暇さえあれば図書館に通って飛行機に関する文献を読み漁っていた。

 そんな彼女も卒業を控えた一二九七年に入ると、さすがに自分の将来について考えざるを得なくなった。できれば旅客機のパイロットになりたかったが、当時はまだ交通手段の主力は鉄道と船であり、航空機を使うのは相当な金持ちだけで、庶民にはそもそも移動手段に使うと言う発想自体がなかった。そのため民間航空会社も規模が小さくて路線も限られており、パイロットの採用人数は非常に少なかった。また、パイロットになるためには、航空会社が運営する専門学校で操縦技術などを学ぶ必要があったが、競争率と学費が馬鹿高く、かつ卒業したからと言って必ず採用されるとは限らなかった。この状況を考えると、言うほど裕福ではないユンググラース家にとって、シャルロッテを専門学校に進学させると言うことは躊躇せざるを得なかった。また、シャルロッテ自身も馬鹿では無かったので、家の経済状況は十分理解しており、それ故に自分のわがままを通すことはできなかった。

 そんな折、学校で上級将校による講演会が開かれた。ただ、いつもと違っていたのは、やってきた将校が二人だったことだ。一人目はこれまでと同様に陸軍への入隊を督励する内容だったが、もう一人は違っていた。

 「諸君!我が共和国は、海軍力の増強を断念することにした!」

 いきなりのこの台詞に中学生たちは騒めいた。当たり前だ。法皇国の侵攻を目の前にして軍備増強を否定したのだから。

 「諸君!海軍の整備には時間と金がかかる。湾港を造り、ドックを造り、巨砲を造らねばならない。それ故に法皇国のような軍事大国ですら、この四年間に戦艦二隻、巡洋艦二隻を造るのがやっとだったのだ。我が共和国は、古より大陸国家である。元々軍艦の研究は後手に回してきた。今更海軍を増強するなぞ、戦争に間に合う訳がないのだ!そこで、我が軍は海軍の整備を放棄し、代わりに空軍を整備することとした。軍艦一隻の建造費や材料を廻せば、飛行機なら数千機を製造できるだろう。しかしながら、パイロットがいなければ折角造った飛行機もただの置物である。故に我が軍は大々的に空軍士官を募集することにした。間も無く開始するので、大勢の志願を期待する!」

 シャルロッテは、この演説を聞いて我が耳を疑った。憧れの搭乗員になれるかもしれない。彼女はこの時とばかりに志願する事にした。しかし、当然のことながら両親は反対した。

 「お前は女の子だ。しかもこのユンググラース牧場のたった一人の跡継ぎなんだぞ。それなのに軍人になるなど・・・父さんは認めないからな!」

 「・・・お父さん、間も無く法皇国がやってくるわ。その時は私も戦わなくっちゃいけないのよ。同じ戦うのなら、大好きな空の上で戦いたいの!」

 父アンドレは、シャルロッテの言葉に息を呑んだ。法皇国に情け容赦が無いことは、これまでの奴らの他国への侵略を見ていれば分かることだった。生き残るため、祖国を守るため、愛する家族を守るため、そのためには全ての国民が戦わなければならないことは火を見るよりも明らかだった。そのことをシャルロッテの言葉によって思い出したのである。

 「・・・分かった・・・シャル、志願してみなさい。確かに、気に沿わぬ陸軍士官になるよりは好きな飛行機に乗る方が良いだろうね。」

 「有り難う!お父さん!私、士官学校受験、頑張るからね!」

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