ゾイレ・クヴェックズィルバーの戦い③
日が経つにつれ、恐怖心は徐々に薄れていった。同時に歯痒さも増していた。それは敵戦車に対して歩兵は無力に近いことが原因だった。確かに戦車に取り付くことができれば、ハッチを開けて中に手榴弾を投げ入れたり、エンジンを爆弾で破壊したりできるが、実際には随伴する歩兵に阻まれて、それらを実現することは難しい。随伴兵と戦っている間に戦車の榴弾にやられてしまう事例がしばしば発生していた。トーチカに備え付けの加農砲ならば戦車の撃破は容易いが、残念ながら固定砲であるがゆえに、死角から進撃してくる戦車は撃破できない。自在に移動できる歩兵が携帯できる対戦車兵器がどうしても必要だった。
「中尉殿、我々歩兵が携帯できる対戦車兵器は無いものなのでしょうか?」
ゾイレはある時、ラインファルト中尉にふと聞いてみた。もちろん期待して聞いた訳ではない。それは愚痴に近いものだった。
「クヴェックズィルバー軍曹。陸軍兵器廠では実験段階に入ったと聞いている。もう少しの辛抱だ。もう少しの間、現状兵器で頑張って欲しい。」
ラインファルト中尉の返答は、彼女にとって予想外のものだった。
「えっ!?本当ですか?」
「まだ、正規採用は決まっていないようだが、何せこの状況だ。問題が無ければ、正規採用前に前線に配備するつもりだと聞いている。」
ゾイレの心は踊った。歩兵が戦車に立ち向かうことができれば、防衛戦は一気に我が方の優位となるだろう。
「楽しみでありますね。」
☆
ゾイレが待ち望んでいた新兵器が、ここハルキにも配備されたのは、ラインファルト中尉との会話から一週間ほど後のことだった。
「クヴェックズィルバー軍曹、君の分隊にもこれを配備する。」
ラインファルト中尉はゾイレの背丈よりもはるかに大きい、全長が二メートルを超える巨大なライフルを手渡してきた。
「これは・・・?!」
「対戦車ライフルだよ。小銃では歯が立たない戦車でも、こいつなら貫徹できる。戦車そのものは倒せないが、戦車の中にいる搭乗員を殺すことができる兵器だ。」
この時こそゾイレが、その最後を迎えるまで共に戦い続けた相棒に出会った瞬間だった。
「これが戦車に勝てる武器・・・対戦車ライフル・・・。」
「各分隊に一丁ずつ配備する。所属する歩兵と協同して運用したまえ。」
☆
再び法皇国軍の侵攻が始まった。いつもの様にゾイレの分隊は塹壕に潜み、敵の接近を待った。『いつも』と表現したが、この時はその『いつも』とは違う。ゾイレの手には小銃ではなく、真新しい対戦車ライフルがあった。
「さて、相棒!お前の力を見せてもらうぞ!」
例によって、法皇国軍は戦車を前面に並べ、それらを楯にするようにして歩兵集団が続いていた。ゾイレは対戦車ライフルを構えた。距離はまだ二千メートルほど離れていた。対戦車ライフルの有効射程距離は千五百メートルだ。敵が射程に入るまで狙いを定めて待つ。千九百・・・千八百・・・千七百・・・。敵戦車は歩兵の歩く速度に合わせているため、亀のようにゆっくりと前進してくる。毎度のことながら、この待ち時間は恐ろしく長く感じる。呼吸が荒くなり、拍動が早くなる。トーチカから加農砲が発射され、何輌かの戦車が爆発炎上した。しかし、敵は前進を止めない。これも毎度のことだ。
ついに彼我の距離が千五百メートルを切った。ゾイレは、先ほどから狙いを定めていた戦車の操縦席に向けて十四.五ミリ弾を放った。物凄い反動がゾイレの肩に加わった。しかし、肩が砕けるほどでは無い。マズルブレーキによって反動がかなり軽減されているからだ。
ガギィィーン
金属同士がぶつかって砕けるような音が響き渡った。同時に戦車が停止した。しかし、砲塔はゆっくりと旋回している。砲口がこちらを向いた瞬間、ぱっと火炎と煙が見えた。咄嗟に身を伏せると同時に榴弾が塹壕の手前で炸裂した。ゾイレはボルトハンドルを曳きながら、今度は砲塔にライフル口を向けた。射撃手が搭乗している位置を狙う。発射!
ガキィィーン
重々しい金属音を響かせて弾が砲塔に命中した。敵戦車は完全に沈黙した。味方が一斉に歩兵に対する銃撃を開始する中、ゾイレは次の敵戦車を狙う射点に向かうため、ライフルを持って塹壕内を小走りで移動した。五十メートルほど移動してから敵の位置を確認すると、距離にして千四百メートル程のところを別の戦車が前進中だった。早速ライフルを塹壕の前に出し、狙いを定める。先ほどと同様にまずは操縦者を狙う。発射!
バギィィーン
金属の砕ける音が響き、戦車が停止した。ボルトハンドルを素早く曳き、敵が榴弾を放つ前に砲塔に向けて第二弾を発射した。
ゴギィィーン
二輌目の敵戦車も沈黙した。