新米パイロット
一ヶ月後、航空機と新兵達が航空団に到着し、ようやく部隊の再編が完了した。とは言うものの、ベテランと新米の技量差が有り過ぎるため、作戦を実行する上で支障をきたしかねなかった。そこで、とりあえずは実戦による新米のスキルアップを図ることになった。目標は、国境線に配備されている敵重砲部隊。高射砲などの対空兵器を持たず、容易く移動もできない重砲部隊は、新米達にとって実戦経験を積むためのちょうどよい対象と思われた。
シャルロッテの中隊に見習いとして配属されたのは、ハンス・ブラット少尉だった。彼の初出撃を、シャルロッテが引率することになった。
「中尉!!今日は私の初出撃です。がんばります!!」
「その心意気やよし!貴様の技量を見せてもらうぞ。」
こうして意気揚々と出撃した中隊だったが、すぐにシャルロッテの心は不安でいっぱいになった。
「(ハンスの奴、飛び方が全く安定していない。めちゃくちゃ危なっかしいじゃない。大丈夫なのかな・・・。)」
ブラット少尉の機は、常に上下左右にフラついており、お世辞にも上手く飛んでいるとは言い難かった。
と、そこへ敵戦闘機群が来襲した。この一ヶ月の間に、法皇国もまた航空隊の補充を行っていたのである。
「真っ直ぐフラフラ飛んでいる共和国のカモがいるぞ!!叩き落とせ!!」
「「ウラー!!」」
敵機は、大きく旋回すると、ヴァンダーファルケの後ろに回り込んで来た。
「シャル!敵機来襲!」
「いける?マリー」
「造作も無い!!」
シャルロッテ機の後ろについた敵戦闘機は、あっと言う間にマリーの銃撃で撃墜されていった。
「流石マリー、頼りになるわ。」
連続して三機を撃ち落とされた敵は、シャルロッテ機の迎撃を諦めたのか、一斉にブラット機に群がり始めた。
「畜生!!ブラットが集中して撃たれてる!!マリー、あいつを援護して!!」
「了解!! 」
シャルロッテは、すぐに搭載爆弾を切り離して機を身軽にすると、ブラット機と敵機の間に割って入った。シャルロッテの巧みな飛行によって目標のブラット機を上手く銃撃できずに戸惑う敵機に対して、マリーは次々と機関銃弾を撃ち込んでいった。
「よし!これで七機目!」
気がつくと、ブラット機に群がっていた敵機はすっかり姿を消していた。しかし、常日頃やった事の無いドッグファイトに、さすがのシャルロッテも疲労困憊してしまった。爆弾も投下していたので、そのまま基地に還ることにした。窓越しにゼスチャーでブラットに指示を出し、両機は基地に引き返した。
無事に基地に帰りつき、機から降りたシャルロッテが見たのは、穴だらけになったブラット機だった。
「これで、よく撃ち落とされなかったわね。」
「私達のヴァンダーファルケは、ほぼ無傷ね。さすがはシャル!」
「貴女の銃撃がなければ、私も危なかったわよ。有り難うマリー。」
ところが・・・。
「いやー、僕の機は穴だらけですね。敵の高射砲攻撃がこんなにもの凄いとは、思ってもみませんでしたよ。」
「「えっ・・・?!」」
何を言ってるんだと、シャルロッテとマリーは思わずブラットの顔を見つめてしまった。
「何故、高射砲による攻撃だと思ったんだ?ブラット。」
「いえ、だって、敵の戦闘機は一機も見当たりませんでしたよ。だから高射砲でしょ?」
この発言には、二人とも心の底から呆れてしまった。何とブラットは、自分が戦闘機の群れに囲まれていたことも、シャルロッテとマリーが懸命にブラットを守っていたことも、何一つ気がついていなかったのだ。しばし無言の間があった後、シャルロッテは絞り出すように言った。
「ひとつ言っておいてやるよ、ブラット。お前のその節穴のような目じゃ、敵の戦闘機が鼻先にぶら下がっていたとしても、見えやしないよ!!」
このように、ブラットの初出撃は散々なものだった。しかし、このような彼もシャルロッテの元で経験を積み、屈強なパイロットになっていくのだった。彼は、常にシャルロッテに付き従って飛び、いつしか「天空の魔女の影」という異名を頂戴するようになっていくのだった。