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カノーネンフォーゲル eins  作者: 田鶴瑞穂
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オデルサ沖大航空戦②

 夜明けを待たず、偵察機が南方の空へと飛び立っていった。情報局によると法皇国艦隊が三日前に母港を出港し、攻略軍団を率いてオデルサに侵攻中とのことだった。輸送船の巡航速度から計算すると、艦隊はオデルサの沖合百km付近に到達しているはずだった。

 すでに万全の準備を整えた第一、第二、第三急降下爆撃航空団は、偵察機からの連絡を待っていた。戦端が開かれれば、真っ先に法皇国艦隊が、ここオデルサを強襲することは誰の目にも明らかだった。そのため、参謀本部はあえて東部戦線には陸軍部隊のみを配し、すべての爆撃隊を南部オデルサに集中した。オデルサを餌に、初戦で法皇国艦隊を撃滅し、後顧の憂いを絶つのだ。

 十五分ほどで待ちに待った偵察機からの連絡が入った。戦艦二、巡洋艦二、駆逐艦四、輸送船四十の大艦隊がオデルサ南方約百kmの位置から北上中との事。部隊長のステルツ大尉が、割れ鐘のような声で部隊員達に向かって吠えた。

 「この作戦が失敗に終われば、法皇国艦隊の巨大な艦載砲によってオデルサは蹂躙され、我々は法皇国の侵攻を指を咥えて見守る羽目になる。目標は二隻の戦艦と巡洋艦二隻を含む大艦隊だ。我々が満足するには十分な獲物ではないか!総員、機に乗り込め!出撃するぞ!!」

 直ちに搭乗員達は愛機に駆け寄り、乗り込んだ。その中に空軍少尉になりたてのシャルロッテもいた。すでにエンジンは暖まっており、調子の良いリズムを奏でている。爆撃機の群れは、順序よく滑走路へとゆっくりと移動を開始した。そして、次々と滑走路を走り抜けると、大空へと飛び立ち、その姿はたちまち豆粒のように小さくなっていった。

 上空で三機一組の編隊を組んだ第二急降下爆撃航空団は、ひたすら南を目指した。このまま飛べば、十数分後には会敵するはずだった。

 「見ろシャルロッテ!南方三十kmに敵艦隊!」

 後部銃座に乗っている相棒のマリー・ヘンシェルが無線越しに知らせてきた。シャルロッテにも木の葉のような形のものが多数海原に浮かんでいる様子が見えていた。法皇国艦隊である。先頭には一際大きな艦影が二隻あった。戦艦ミカエルとラファエルだろう。すぐにシャルは獲物を旗艦ミカエルに決め、高度三千mまで一気に上昇した。そこから降下角八十度と言う、ほとんど真っ逆さまと言って良い角度で突入した。愛機からは空気を切り裂く悲鳴のような音が聞こえてくる。みるみる内に照準器の視野は戦艦の艦影で占められていった。

 「(これで狙いを外すなんて事があるのかしら・・・?)」

 命中して当たり前ではないかとシャルは呟いた。

 「(対空砲火も無い・・・。奴ら、私達にまだ気付いていないのか・・・。)」

 やがて高度は一千mに達した。僚機達はすでに一トン徹甲爆弾を切り離していたが、シャルロッテはまだ降下していた。反転上昇できるギリギリの高度まで降下し、確実に戦艦のウイークポイントである砲塔脇の甲板に命中させたかったからだ。誘爆を起こさせれば一発の命中弾でも戦艦を屠ることができる。そしてついに急降下の限界高度九百mで投下棹を引いた。

 機首を起こし、急いで離脱を開始したため、シャルロッテからは爆弾が命中したかどうかは見えていなかった。逆に後部銃座に乗るマリーからはよく見えていた。爆弾は吸い寄せられるかのように戦艦ミカエルの第二砲塔に向かって落下していき、見事に艦橋と第二砲塔の間に命中した。と、次の瞬間、火柱が立ち上り、第二砲塔の天蓋と砲身が吹き飛んだ。さらに舷側と甲板も吹き飛び、ミカエルは艦橋と第二砲塔の間が切断され、ゆっくりと艦首と艦尾が持ち上がり始めた。

 「シャルロッテ!見事命中したぞ!ミカエルは真っ二つだ!」

 興奮しながらマリーが状況を伝えてきた。その声を聞き、シャルロッテはほっとした。嬉しさよりも責務を果たした安心感の方が大きかった。しかし・・・。

 「マリー、すぐに基地へ戻る。直ちに第二次攻撃に移らなければ。」

 「えっ!?たった今大戦果を挙げたのに!?」

 「何を言っている。敵艦隊はまだまだ健在だ。一隻残らず沈めなければ・・・。」

 旗艦の撃沈を確認した僚機から次々と祝いの言葉が無線に入ってきたが、もうすでに次の攻撃の事で頭がいっぱいのシャルロッテの耳には届いていなかった。

                  ☆

 基地に還ったシャルロッテは、整備兵に次弾の装填と給油を頼むと、食堂に入り温かいミルクを注文してマリーと一緒に席に着いた。

 未成年であるシャルロッテは酒を飲めなかった。また、家がそれほど裕福ではなかったため、コーヒーなどの嗜好品も飲みなれていなかった。その一方で、牧場の娘である彼女は小さいころから水代わりに飲んでいたので、ミルクが大好きだった。特に疲れている時に飲むホットミルクの味は最高だった。

 「おいしい・・・。疲れが溶けていくようだわ・・・。」

 両手でカップを包み込むように持ち、眼を瞑りながら彼女は呟いた。さすがの彼女も初出撃で知らず知らず緊張していたのだろう。こうしてミルクを飲みながら寛ぐと、軽い疲れを感じていた。

 「・・・シャル、少しでも長く休憩した方がいいわ。」

 「有り難う。でも、準備が出来次第再出撃する。今日中に敵の戦闘艦だけでも戦闘不能にしなければ・・・。」

 そう言うシャルロッテの顔からは、つい先ほどまでの可愛らしい表情は消え、仲の良いマリーですら背筋に冷たいものを感じる鋭い眼光が放たれていた。

 「いい、シャル。あなた一人で戦っている訳ではないのよ。もっと仲間を信頼しなさい。皆で戦ってこそ勝利はあるのよ。」

 マリーはシャルロットの目をじっと見つめながら、真剣な表情で彼女を諫めた。死に急ぐような状態の彼女を落ち着かせなければ、マリーはそれが親友たる自分の役割だと考えたのだ。言葉は考えなくても自然にすらすらと出た。それがマリーの本音だったからだろう。そんなマリーの言葉に、シャルロッテは、はっとした表情を見せ、しばしマリーの顔をじっと見つめた。そうしている内に彼女の目からはいつしか冷たい光は消え、いつもの温かい目に戻っていた。

 「ごめんなさい。自分が、自分が、って思い詰めていたわ。そうよね。自分一人であの大艦隊を殲滅するなんて不可能よね・・・。」

 もう大丈夫だ、落ち着きさえすれば、シャルロッテは戦死するようなへまは絶対にやらかさない。マリーは心の中でほっと一息ついた。

 「もっと肩の力を抜きなさい。皆が頑張っている。貴女は、貴女の責務を果たせば良いだけ。」

 「有り難う、マリー。」

 と、そこへまだ十代とおぼしき若い整備兵が駆け込んで来て出撃準備が整ったことを告げた。シャルロッテは表情を軽く崩すとマリーに目配せをして席を立った。

                  ☆

 二度目の会敵で、シャルロッテは皆が頑張っている様子を目の当たりにした。一度目の帰還時には無傷だった戦艦ラファエルはあちらこちらから煙をあげており、巡洋艦バササエルとハスデアも損傷しているようだった。輸送船もあきらかにその隻数を減じていた。

 「(マリーの言う通りだ。皆が頑張っている。私も自分の責務を粛々と果たそう。)」

 ドムドムドム、と低い破裂音が空に響きわたる。一度目とは異なり、敵艦は猛烈に対空砲火を撃って来た。

 「(シャル、恐れるな!!)」

 自らを叱咤しながら、目標を戦艦ラファエルに定めた。

 「マリー、目標捕捉!爆撃を開始する!」

                  ☆

 太陽が西に沈み、暗闇のベールが辺りを包み出した頃、ようやく第二急降下爆撃航空団は攻撃を終了した。シャルロッテはこの日、計八回出撃した。爆撃を行っては基地に還り、ミルクを飲みながら爆弾の装填と給油の完了を待ち、準備ができたら直ちに出撃するという行動を、ルーチンの如く繰り返したのだった。ただ繰り返しただけでは無かった。この日、シャルロッテが挙げた戦果は、撃沈戦艦二・巡洋艦一、大破巡洋艦一、と言う信じられないものだった。戦友達はこぞってシャルロッテを褒め称えたが、シャルロッテはニコリともせずに皆に言った。

 「何を言ってるの!今日の功績は私だけのものではないわ。第二急降下爆撃航空団の皆がいてくれたからこそ成し遂げられたのよ。私は・・・シャルロッテ空軍少尉は第二急降下爆撃航空団に所属していることを誇りに思うわ!」

 その言葉を聞いていた部隊長ステルツ大尉は、ゆっくりと隊員達の前に歩出ると、全員に謝辞を述べた。

 「少尉に先を言われてしまったな。すまない、あらためて皆に礼を言おう。本日の功績は隊員全員のものだ。実は先ほど航空団司令から『敵艦に最初に爆弾を命中させたパイロットを黒瑞宝章叙勲者に推薦する』と言われたのだが、私はこう答えたよ。『私は全隊員を誇りとしております。もし我々の戦果を、個人のものに留めず、隊全体のものとして下さるのなら幸いです』とね。」

 その言葉を聞いた全員が思わず『万歳!』と叫んでいた。実際、戦果はシャルロッテが挙げたもの以外にも、撃沈駆逐艦三・輸送艦十七、大破輸送艦十三、小破駆逐艦一・輸送艦十もあり、無事な敵艦船はいなかった。一方、味方の被害は、撃墜三、破損十二と軽微であり、まさに大勝利と言ってよいものだった。

 「しかし、隊長。夜の内に敵艦隊が撤退してしまうと敵に余力を残させてしまいます。どうすれば良いでしょうか?」

 皆の熱狂から取り残されたかのように静かに立っていたシャルロッテは、ステルツ大尉に聞いた。

 「大丈夫だ。日没と共に、海軍の駆逐艦と魚雷艇が追撃を開始しているはずだ。大破した艦船が混ざっている敵残存艦隊の脚は遅い。海軍も我々の仲間だ。信頼して任そうじゃないか。」

 それを聞いてシャルは顔を赤らめて俯いた。日中にマリーに言われた言葉を思い出し、恥ずかしさで身の置き場に困ってしまった。

 「(私はなんて未熟なんだろう。まだ、一人で戦っているつもりだったのか!)」

 「申し訳ありません、隊長。私は仲間を信頼します!」

 「うむ。海軍が足留めをしてくれた残存艦船を掃討するのが、明日の我々の任務となろう。そのために身体を休めることこそ、今の我々の使命だ。皆、十分な食事と睡眠をとってくれ給え。明日も早いぞ!」

                    ☆

 待ちに待った曙である。ベッドから飛び起きたシャルロッテは、素早く身支度を済ませると、食堂に向かった。食堂には、ぞろぞろと隊員達が集まりつつあった。皆、昨日の疲れは残していないようだった。

 「おはよう、シャル。疲れていない?」

 シャルロッテを見つけたマリーが駆け寄ってきた。

 「おはよう、マリー。大丈夫よ。お腹は減っているけど。」

 「空腹を感じるようなら本当に大丈夫ね。さぁ、朝ご飯をよばれましょう。」

 シャルとマリーは朝食が載ったトレイを受け取ると、空いている席に着いた。二人が黙々と食事を摂っていると、手に一枚の紙を握りしめたステルツ大尉が食堂に現れた。その表情は心なしか明るく見えた。

 「部隊員の諸君、揃っているか?海軍から電報を受け取ったぞ。」

 「「!?」」

 隊員達に一瞬で緊張が走った。皆、聞き耳を立てるため食事の手を止めていた。

 「では、読み上げるぞ。『我が共和国海軍雷撃部隊は、本日未明、法皇国艦隊と交戦状態に入れり。』『戦果、撃沈巡洋艦一・輸送船十七、大破輸送船五。』『現在残存する敵艦隊は駆逐艦一・輸送船六。』『敵は大破した船を連れているため、その速度は遅く、0400時点でオデルサの東南百四十kmの位置を東に向かって逃走中。』だそうだ。」

 わぁーと歓声が沸いた。海軍の活躍で、敵はほとんど壊滅状態だった。

 「部隊長、我々で残りの船をやりますか?」

 「当たり前だろう。ここで法皇国の海軍力と陸軍兵力二十万人を無くせるのは大きい。今後の作戦に影響が出るはずだ。海軍もそのつもりで打電してきたのだろう。」

 「諸君!直ちに出撃するぞ!残存艦隊を生かして返すな!」

再びわぁーと歓声が沸いた。その歓声を鎮めつつ整備長が必死の形相で声を張り上げた。

 「昨夜の内に、機体の整備、爆弾の装填、給油、すべて終わっております。エンジンが暖まり次第出撃できます。」

 その声を合図に、エンジンを起動させるべく整備兵達は一斉に滑走路へと走った。搭乗員達も食事もそこそこに滑走路へと向かったが、シャルロッテは黙々と食事を続けていた。

 「シャル、私達も急ぎましょう!」

 珍しくマリーが顔を紅潮させながら叫んだ。シャルロッテはそれを手で制止しながら言った。

 「先に食事を済ませましょう。朝は寒い。エンジンが暖まるまで時間があるわ。『腹が減っては戦はできない』わよ。」

 今度は、マリーが恥ずかしさで顔を紅潮させる番だった。

 「(そうだわ。こういう時こそ落ち着いて行動しなければ・・・。)そうね、食事を続けましょう。」

 人気の無くなった食堂で、二人は食事を済ませ、最後に温かいミルクをいただいた。そこへ整備兵が走ってきた。

 「エンジンが暖まりました。いつでも行けます!」

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― 新着の感想 ―
[良い点] メンタルつよ!!(笑)勇猛果敢な模範的パイロットだなぁ。すげえぜ…… [一言] この敵艦隊の陣容からして、水上戦闘ではなく揚陸目的だったんでしょう。 ろくに直掩機もなく、空母もなく、対…
[良い点] やはりスツーカの名パイロットはミルクがお好き。一トン徹甲爆弾の威力、すごかった。
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