配属
「シャルロッテ・ユンググラース少尉、着任いたしました。」
第二急降下爆撃航空団に到着したシャルロッテは、着任の報告を行うため司令部を訪れた。
「よく来たね、ユンググラース君」
部隊の副官は、なんと士官学校時代の指導教官ギュンター・ラング中尉だった。
「中尉も赴任されたのですね!」
「うむ、今はベテランをどんどん実戦部隊の指揮官として配置し始めている。だから、私だけではないぞ。この第二急降下爆撃航空団の司令官はヨハネス・ステルツ大尉だ。新しい搭乗員を育てることも大事だが、それ以上に事態は切迫しているのだよ。士官学校の教官には王国への留学生で順次帰国した者を当てることになったのだ。さて、早速で悪いが、結論だけ言うよ。我々には時間があまり残されていない。いつ何時出撃命令が下るか・・・。君のような優秀なパイロットは大歓迎だよ。急ピッチで急降下爆撃機の操縦をマスターしてくれ給え。」
「了解しました中尉!お任せ下さい。一刻も早くご期待に添えるよう努力します。」
「君にも実際に戦闘で使用する『Wanderfalke』を使って訓練してもらう。感覚を身に付けるには実機を使うのが一番だからね。」
「有り難うございます!・・・中尉、この後、自分が使う機体を見に行ってもよろしいでしょうか?」
シャルロッテの質問に、ラング中尉は机上の書類を急いでめくりながら答えた。
「もちろんだ。えーと・・・、うむ、第六格納庫に置いてある七号機が君の使う機体だよ。」
「有り難うございます!」
すぐにシャルロッテは、格納庫に向かい、自らが乗る九十七式急降下爆撃機『ヴァンダーファルケ』に挨拶をした。
「これが私の愛機か・・・頼んだわよ、『相棒』・・・。」
シャルロッテは、黒光りする機体を何度も何度も撫でた。その時、背後から声を掛ける者がいた。
「ユンググラース殿、貴女の背中を守ることになりましたマリー・ヘンシェルであります。」
声を聞く限り、好感が持てそうな相手だと感じたシャルロッテは、ゆっくりと振り返って微笑みを浮かべた。そこには、シャルロッテと同じ年頃の少女が立っていた。
マリーは細身で、背はシャルロッテよりもやや高い。髪の毛は美しい赤毛で、それをオールバックにして頭頂後部で一つにまとめている。切れ長でやや釣り気味の目は涼し気で、通った鼻筋と薄い唇と相まって、彼女の聡明さを表しているようだった。
「貴女が私の『人間』の方の相棒ね。宜しく。シャルロッテ、いえシャルと呼んでくれていいわ。」
「あのう・・・『人間』の方とは、何のことでありますか?」
マリーはシャルロッテの言葉の意味が解らず、戸惑いを見せた。それに構わず、シャルロッテはヴァンダーファルケを指さしながら言葉を続けた。
「貴女の相棒は私だけじゃないわ。ここにもいるじゃない。」
「ああ、なるほど!私はマリー・ヘンシェルよ!よろしく!私達の相棒!」
言葉の意味に気付いたマリーはパッと表情を明るくすると、シャルロッテと同じように機体を撫でながらヴァンダーファルケにも挨拶したのだった。
☆
その部屋は、天井高二十メートル、床面積五百坪はあろうかと言う広々とした空間になっていた。しかし窓が無い為、昼間だと言うのに屋内は闇に閉ざされていた。部屋の南端には、床から高さ六メートルまで大階段が設けられ、その頂上は舞台になっていた。舞台には金箔が全面に貼られたモニュメントが設置されている。その真上には天窓が設けられ、暗闇の中でモニュメントだけが光り輝くように工夫されていた。
ここは、法皇国大神殿の中の礼拝堂である。法皇ラスプーチンは、一日の大半をここで過ごし、政務などの決裁もここで行っていた。
「チェルノブ大元帥よ・・・準備の方はどうなっておる・・・。」
元々農奴だった法皇は体格が良い。痩せてはいるが背が高く、肩幅も広かった。そのため、法皇を称するようになってから着用するようになった純白の法衣が良く似合っていた。長い間整えて来なかった彼の髪は腰まで長さがあった。ストレートヘアーではなく、全体にウェーブがかかっており、油気が無かった。顔は髪で隠れており遠目にはどのような顔なのかよく見えないが、見えたところであまり意味は無い。何故なら彼には感情を示す表情が常に無かったからだ。
「法皇様。現在各種師団の編成を行っております。あと半年もあれば、充分な兵力が準備できるかと思います。」
チェルノブはそう返答した。数分間沈黙した後、法皇は次の言葉を発した。
「・・・五年前の極東戦争のような失敗は・・・二度と有り得ない・・・。」
法皇の口調は一本調子で、抑揚は感じられない。が、長年法皇に私心なく付き従って来たチェルノブには、その言葉の中に法皇の苦々しい思いが含まれていることを察していた。
「当然でございます。お任せください。」
「・・・作戦内容は?・・・どのように攻めるつもりか?・・・」
「はっ!此度の作戦は、次のような内容でございます。・・・」
法皇に対し、チェルノブは元帥会議で決定した作戦内容の説明を始めた。
☆
法皇国が西側への侵攻を企てているのは最早確実だった。情報局によれば、すでに国民に対して動員令が発せられたという。あまり時間は残されていなかった。その貴重な時間を惜しむかのように、シャルロッテはひたすら訓練に励み、自己を磨くことに専念していた。
「ごめんね、マリー・・・何時間も付き合わせてしまって・・・。」
「いいのよ、シャル。こんな状況ですもの。シャルがやっていることは、祖国を守るために必要なことだもの。・・・むしろ、シャルの方が疲れていない?無理しないでね。戦争が始まる前に体を壊してしまったら、本末転倒もいいところだから。」
「有り難う。でもね、私は飛ぶことに関しては疲れを感じないのよ。だから、マリーが疲れたら遠慮なく言ってね。その時は休憩を取るから。」
マリーは、シャルロッテの訓練には欠かさず同乗するように心がけていた。シャルロッテが訓練を始めた頃は、同乗する必要はないと考えていたのだが、彼女の操縦を地上から見ていてそれは間違いだと気付いたからだった。横転、上昇反転、宙返り反転と言った特殊飛行の数々を織り交ぜた彼女の操縦は、どれをとってみても他のパイロットの追随を許さない、凄まじいまでにレベルの高いものだった。もしも自分の平衡感覚や体力が、この操縦について行くことができなかったら、シャルロッテに迷惑を掛けてしまう。マリーは血の気が引く思いだった。その時から、彼女は自分自身を鍛えるためにシャルロッテの訓練には必ず付いて行ったのである。
初めて同乗した時、マリーは気を失ってしまった。加速度に耐えきれなかったのだ。
「(想像以上だわ・・・。なにくそ!負けるものか!)」
シャルロッテに劣らず、マリーも相当な負けず嫌いで且つ努力家だった。その後、繰り返しシャルロッテと一緒に飛ぶうちに加速度にも慣れ、彼女の無茶な飛行回数にも耐えられる体力もついて来た。地上でも機銃の練習に余念が無く、彼女の腕前に並ぶ後部銃撃手は直にいなくなった。こうした努力を通じてマリーは、自分がようやくシャルロッテと言う天才に見合う相棒になれたと感じていた。
☆
時に、神歴一二九九年二月二十四日。遂に法皇国は共和国に対する侵攻を開始した。シャルロッテが部隊に赴任してからおよそ半年後のことである。