空軍士官学校の候補生⑧
基礎訓練を終えたシャルロッテ達は、応用訓練に移行した。応用訓練は、銃撃訓練、水平爆撃訓練、急降下爆撃訓練など、実戦を想定した訓練である。
銃撃訓練は、教官が搭乗した飛行機が尻から牽引する“吹き流し”を的にして銃撃の練習を行うものである。これは我々の良く知る五月の子供の節句に上げる鯉のぼりの“吹き流し”を想像していただけると分かりやすい。
さて、例え天才でも頭で考えることと実際とでは勝手が違うものである。初心者なら必ずやる失敗を三人もしてしまった。何かと言うと、機関銃のトリガーの引き方である。PCゲームやアニメなどでお馴染みの銃撃シーンでは、標的に当たるまで弾を撃ち続けているが、実際にはこれは有り得ない。何故なら、航空機に搭載している7.7mm機銃の場合は一丁あたり七〇〇弾を搭載している。『七〇〇弾も』と思うかもしれないが、7.7mm機銃発射速度毎分九〇〇発だからトリガーを引きっぱなしだと四十六秒で撃ち尽くしてしまう。さらに口径の大きな12.7mm重機関銃だと一丁あたり二〇〇発、毎分七五〇発の発射速度なので、こちらはわずか十六秒ほどで撃ち尽くしてしまうのだ。故にトリガーは、ちょこっと曳いては離し、またちょこっと曳いては離し、と言うように細切れに射撃を行わなくてはならない。ところが、初訓練では三人ともあっという間に打ち尽くしてしまい、教官からきつい指導を喰らってしまった。
「いいか!トリガーの曳き方を誤ると、今のようにアッと言う間に弾を撃ち尽くしてしまうぞ!弾切れは、手ぶらで突撃するようなものだ!小銃のように一弾一弾撃つつもりで扱え!」
「「「了解しました!」」」
優秀な三人はこれまで教官に叱られるようなへまは殆どやってこなかった。それゆえ、この失敗は良い薬になったのだった。やがて、加減が分かって弾切れを起こすことは無くなり、命中率も向上していった。
銃撃訓練が一段落すると、今度は急降下爆撃訓練に移った。急降下爆撃は、操縦者にかなりの熟練度を要求する攻撃方法である。それは降下する角度が深ければ深いほど、着弾誤差が少なくなるが、一方で深い角度では降下中も加速が続くため、操縦が利かなくなるなどの障害が起こってしまう。その加減が難しかった。また、一旦降下を開始すると、やり直しが効かない。そのため、目標が動いている場合は、移動による照準のずれを読み切る必要があった。さらに、風の方向や風速によっても着弾位置がずれるため、それらの状況も把握して、その都度ずれを修正しなければならなかった。とにかく、急降下爆撃は、訓練に明け暮れてこそ身に付く、言わば職人芸ともいうべき攻撃方法だった。
訓練は、まず角度四十五度で目標に向って降下し、千mの高度で爆弾を投下、ただちに飛行機を引き起こして避退することから始められた。そうして経験を積むにつれて突入角度を大きくしていくのである。残念ながら、ハルトマンもコルツも急降下爆撃は相性が悪かったのか、あまり上達しなかったが、一方のシャルロッテは回数を重ねる毎に突入角度を上げていくことができ、最終的には八〇度と言うほぼ垂直に近い突入を実現した。元々この爆撃法は命中率がきわめて良好なのだが、訓練開始後二週間あまりで彼女の命中率は八〇%を超えるようになった。また、急降下爆撃は、接敵までは編隊をとるのだが、突撃は単機順撃で行ない、機体を引き起こした後は低高度のまま高速で離脱するのが一般的な攻撃方法だったので、他人とは隔絶した技量を持つ彼女には最適な戦法だった。そこで、急降下爆撃を専門とするステルツは、ハルトマンとコルツは戦闘機乗りを想定した銃撃訓練に戻すことにし、シャルロッテのみに特訓を課すことにした。戦闘機の場合は、射撃する時に機体が傾いていると射弾が流れて命中しないので、いかに水平で飛ばすかが技術の要となる。急降下爆撃とはまったく異なる技量なので、向いていないと分かったならば、変な癖が付く前に止めさす必要があるのだ。
さて、ステルツがシャルロッテに対して行った特訓は、爆撃技術に加えて、高高度を飛行して行う隠密接敵や太陽側から攻撃することで相手から自分の姿を隠すなど、様々な攻撃方法を伝授することだった。勘の鋭い彼女は瞬く間にそれらの戦術をマスターし、数週間後にはベテランと変わらない技術者に成長していた。
☆
さて、この頃になると、他の候補生達も続々と動力機訓練に移行してきた。そのため、教官の手が足らなくなったので、シャルロッテ、ハルトマン、コルツの三人が教官助手として候補生達の指導を行うよう指示された。
「えっと・・・大尉。ハルトマンさんとコルツさんならまだしも、私なんかが教官を務めることができるのでしょうか?私の飛行技術はかなりの部分を勘に頼っています。言葉で他人に伝わるかどうか自信がありません・・・。」
謙遜でも何でもなく、本気でシャルロッテは自分なんかが他人を教えることなんてできないと考えていた。そんな彼女を諭したのが、ハルトマンとコルツだった。
「ユンググラース君、この三人の中で最も技術に長けているのは君だよ。僕やハルトマンでは、君の足元にも及ばない。君の飛行技術はすでに教官と並ぶほどだ。」
「君の真似をできる候補生はたぶん居ないだろうが、その百分の一でも教えてやって欲しい。今は一人でも多くのパイロットを養成しなければならない時なのだから。」
二人があまりにも褒めるものだから、シャルロッテは背中がこそばゆくなっていた。
「えっと・・・分かりました。お二人がそこまで言ってくださるのなら、頑張ってみます。」
「うむ!良かった。三人で頑張って皆を教えていこう!」
☆
シャルロッテは頑張ってはみたが、案の定教えるのは下手だった。直感で操縦ができる彼女にとって、『この操縦は、こうすればできる』と具体的に説明することが出来なかったからだ。それを見ていたハルトマンとコルツは、一度シャルロッテと互乗訓練をやってみることにした。
「よろしくお願いします。」
シャルロッテは丁寧にあいさつをして練習機に乗り込んだ。
さて、実際に互乗してみると、傍から見ている以上に彼女の操縦は凄まじいものだった。何せ、通常数千時間の操縦経験を持つベテランしかできないような技術を、さも当然のようにしてみせるのだ。二人は今更ながら彼女との技量差に驚きを隠せなかった。
「どうでしたか?」
シャルロッテは、心配そうに二人に尋ねた。
「これをやって見せて、はい、では真似してくれ、と言ってもなぁ・・・。」
「出来る訳ないか・・・。」
「なぁ、ユンググラース。互乗する相手をヨチヨチ歩きの子供だと思うことはできるかい?」
シャルロッテは、突然話を振られて面喰ったような表情を浮かべたが、すぐに質問を返した。
「それは、どういう意味ですか?」
「俺たちは、普通に何も考えずにスタスタ歩けるだろう?でも、幼い子供はヨチヨチ歩きしかできない。そんな子供に君は『大人のように歩きなさい!』って言うのかい?」
「いえ、まさかそんな事は言いませんよ。だって無理ですもん。」
「だろ?君は歳も近く、同じ士官学校で訓練する仲間だと考えて、無意識に候補生達に自分と同等の扱いをしているんだよ。実は他の候補生と君とでは、ヨチヨチ歩きの幼児と大人以上の差があるんだ。相手を幼児だと思って指導してやれば上手くいくんじゃないかな?」
明らかに彼女は戸惑いの表情を浮かべた。
「え・・・っと、皆に対して失礼じゃないですかね?」
「失礼なもんか!むしろ、君に同等扱いされる方が哀れだよ。絶対に真似できないレベルの技術を、さぁ簡単だからやれと言われると絶望してしまうからな。」
「そっちの方が自信を失ってしまうよ。まず、君の技術を見せれば、まともな奴なら自分との差に気付くから、幼児扱いでも納得すると思うぜ。」
「・・・分かりました。意識してやってみます。」
その後は、シャルロッテの指導は的確になり、多くの候補生の飛行技術の向上に貢献できるようになり、教官不足の問題を見事解決することができた。こうして、第一期生の訓練は順調に進み始めた。