59. まだ何も
はっとして、体を起こすと、右隣には萌がいて、左隣では里見が、のんびり空を見上げていた。
「どしたん? 大ちゃん」
「なんか、急に飛び起きて」
萌も里見も不思議そうな顔だ。
「いや。ちょっと……」
へんな声が聞こえて、怖かった、という話を、今ここでしたくはなかった。なんだか彼らが戻ってきそうで。
それより、もちまるは? もちまるの気配がない。
「ねえ。そろそろおやつにしようかと思うんやけど。ぽてちゃん♡は?」
「もっちぃ、おやつやで?」
2人が、キョロキョロ見回している。僕も必死に周りを見回す。
僕の心にいやな予感が走る。
(もしかして。もしかして、さっきの声が、もちまるの最後の声?)
どこにも、彼の気配が感じられない。
「もちまる……?」
呼んでみる。
返事はない。
僕の様子に気づいた、萌と里見が、不安そうな顔になった。
「もしかして、やけど」
「まさか……もう、行ってしもたん?」
2人は立ち上がって、グランドシートの周りを歩いて、もちまるの姿を探す。
僕は、気の抜けたように、立ち上がれないまま、もちまるの名を何度も呼んだ。
そこら中を探して、もうもちまるがいなくなったことを悟った萌と里見が、ため息をつく。
「プリン。楽しみにしてたのに」
「あとで、望遠鏡覗くとき、下から支えたるって約束したのに」
「まだまだ夜は長いのに」
「まだ星見始めたばかりやったのに」
2人は小さな声で、かわるがわる、したかったことできなかったことをつぶやき続ける。
「お別れの挨拶も、まだなんもできてへんのに」
「ありがとうもまだ何にも言うてへんのに」
何もちゃんと話せないまま、もちまるは、いなくなってしまった。
そのことに、僕らはショックを受けていた。
今日をその日と思って、もう何日も心の準備をしてきていたはずなのに。
絶対、湿っぽくならないようにしよう。そう決めていたのに。
僕らがうなだれていると、土手の方からこちらに向かって歩いてくる人影が見えた。懐中電灯を片手に歩いてきたその人は、
「お。ここにおったんか~」
兄の、和志だった。
なんだか辺りが急に明るくなった気がした。
「公園から河川敷に変更って言うてたけど、どの辺かなぁって、ようわからんかってんけど、よかった。合流できて」
「お兄ちゃん!」
ニコニコ穏やかに笑う兄に萌が飛びついていく。
「お。おまえもおったんか。久しぶりやなぁ」
兄が萌の頭を撫でる。
「こんばんは~」
里見が、ぺこりと頭を下げる。
「こんばんは。同じ地学部の友達?」
「はい」
「弟がお世話になってます」
「いえいえ。僕の方がお世話になってます」
里見は、ちょっとよそ行きに、一人称がオレ→僕になっている。
僕たちは、少し笑いながら言葉を交わし、そのまま、4人で星空を見上げた。
「今日は、すごくきれいやな」
兄貴が言う。
「うん。いつになく、今日は、光がすごく冴えててきれいやで」
「こんな星空が見られて、うれしいな。誘ってくれて、ありがとな」
兄の声は胸に染みるほど穏やかで優しくて、僕は、なんだか泣いてしまいそうだった。




