57. 予定変更
「こんちは~。おじゃまします」
夕方近くになって、里見がやってきた。
うちの近くの公園で、お別れ観測会をすることになっている。日が暮れるまでの間、僕の家で待機して、頃合いになったら、萌も一緒に、3人ともちまるで出かける予定だ。
「夕飯は?」
僕が訊くと、里見は、
「一応軽く食べてきた」
「一応軽く? じゃ、クリームシチューあるけど、食べる?」
「え? いいの? オレ、シチューめっちゃ好き」
里見の顔が嬉しそうにほころぶ。
「僕らも、今から食べるねん。一緒に食べよ?」
「うん。ありがとう」
里見が、キョロキョロしているので、
「あ。うちの親は、今日は温泉旅行中。2人で有馬温泉。せやから、気ぃ遣わんでええで」
「そっか。温泉。……ええなあ」
ホッとしたようにつぶやく里見に、僕はひと言付け加える。
「あ、でも、もしかしたら、大学行ってる兄貴がひょっこり帰ってくるかもしれんけど」
僕は、叶先生のアドバイス通り、心霊的影響を受けにくい人物として、うちの兄を頼ることにしたのだ。本人にはとくに事情は何も言わず、『天体観測するから、一緒に星を見よう』とメールで誘ってみた。家からだと通学に2時間ほどかかるので、ふだん、兄は大学近くのアパートに一人で住んでいる。
兄からは、『バイトが早めに終わったら、そちらへ帰って、合流する』との返事がきて、僕は少し心強い気分だ。
僕も萌も、小さい頃から不思議なものを見たり、その気配に気づいたりしてしまうことが度々あった。けれど、この兄は、全くそういったものとは無縁で、真横に『何か』がいても全く影響を受けることなく、普段通り穏やかに笑っている人なのだ。
なので、先生のアドバイスを聞いたとき、真っ先に、この兄の顔が目に浮かんだ。ただ、バイトが終わる時間によっては、どうなるか……。
それでも、帰ると約束してくれたから、きっと帰ってきてくれるはずだ。なので、兄の分も、たくさんシチューを炊いて、パンも白ご飯も用意してある。
「シチュー、ご飯で食べる派? パンで食べる派?」
里見に訊くと、
「ご飯派。オレんちは、カレーもクリームシチューも、白ご飯で食べる」
と答えが返ってきた。
「あ、うちと一緒や。なんかさ、前にテレビで、クリームシチューはパンで食べるもんや、って言うてて。で、その番組の街頭調査によるとパン派がけっこう多くてさ。びっくりしてん。うちは、ずっと、ご飯派やから」
「へえ。でも、クリームシチューって、もともと日本で生まれたもんやて聞いたことあるで。せやったら、ご飯でもええんちゃう?」
「なるほど。ま、どっちでもいけるように、今日はパンもご飯も両方あるから、好きなように食べてな」
「ありがとう」
テーブルにお皿やコップ、スプーンやお箸を並べていると、
「やった~シチューや~」
もちまるが、萌に抱っこされて、ダイニングに入ってきた。
「あ。もっちぃ。萌ちゃん。こんばんは~おじゃましてま~す」
里見が、萌ともちまる、両方に挨拶する。萌も何度か顔を合わせているので、ニコニコ、挨拶を返す。
「じゃますんやったらかえって~」
もちまるがふざける。吉本新喜劇のノリだ。そして、萌の腕から、里見の膝の上に飛び移る。
両手を広げて受け止める里見は、満面の笑みだ。
すっぽり里見の腕におさまったもちまるがテーブルの上を見て言う。
「お。いつものパン屋のバゲットか?」
「そうそう」
「ということは、もしかして、『アレ』もあるのか?」
「あるよ。もちろん!」
『アレ』というのは、そのパン屋で売っている、数量限定のプリンのことだ。初めてうちで食べた日以来、もちまるは、このプリンのファンだ。
「観測のときのおやつにだすよ」
「やったあ」
「いっただきま~す!」
みんなでそろって手を合わせる。
「うまいなあ」「うん、うまい」「美味しいねえ」「サイコー」
みんな口々に言って、温かいシチューを味わう。パン派もご飯派もどっちだって関係ない。みんなで食卓を囲んで、美味しいねって言い合う。
美味しいって、幸せなんだ。
みんなの笑顔を見ながら、僕は、胸が熱くなる。
食事を終えて片付けを済ませると、ちょうどいい具合に当たりは真っ暗になっていた。僕らは、しっかり温かい上着を着込んで表に出る。僕は望遠鏡を担ぎ、温かいお茶やお湯の入った水筒と、おやつやプリンを入れた袋を里見が抱える。
もちまるは、僕のコートのポケットの中だ。
家の前で見上げると、空には、いつもより光が冴え冴えとした星がたくさん見える。
これなら、街灯や家からの灯りが少々あっても、近所の公園でもけっこうきれいな星空が見られるかもしれない。
ところが。
家からすぐ近くの公園に来てみると、先客がいた。
ブランコに座っているカップルが1組。隣同士のブランコに乗って軽く膝をぶつけ合い、頬寄せ合って、今まさに……というところだった。
彼らは、望遠鏡を担いだ僕らを見て、少し、いや、かなり嫌そうな顔になった。
(なんでこんなとこにくるねん)
(なんでこんなとこにおるねん)
お互い同じようなことを思ったのが、伝わってくる。
じ~っと見ていると、向こうもじ~っと見返してくる。
里見が、
「しゃあない、他へ行こ」
ぼくにささやいた。
「そやな」
そして、僕らは、一番初めに予定していた、いつもの河川敷まで移動することにした。
移動する途中に、僕は、兄に観測場所は、河川敷に変更、とメッセージを送った。
予定変更で少し出鼻をくじかれた感はあったけれど、河川敷に来ると、そんな気分は吹っ飛んでしまった。
やはり、星を見るには、断然こちらの方がいい。
向こう岸に、二上山の輪郭がくっきり浮かび、その上の空に広がる星たちは、いつもよりずっと光が鮮やかに見える。
最後にこの美しい星空を見せてあげられてよかった。もちまるを肩にのせて、僕は、望遠鏡をセットする。グランドシートの端っこに食料の入った袋を下ろし、僕らは寝転がって、空を見上げる。もちまるは、望遠鏡の鏡筒にまたがって、空を見上げている。
僕は声をかける。
「きれいやな」
「うん」
「今日晴れてよかったな」
「そやな」
もちまるの答えは短い。
しばらくすると、鏡筒から滑り降りたもちまるが、寝転ぶ僕のお腹の上に乗った。
僕の右横にいる萌が、
「ぽてちゃん♡」
そっともちまるに手を伸ばして、頭を撫でる。
僕の左横にいる里見が、
「もっちぃ」
そっと手を伸ばして、もちまるの脇腹?あたりをくすぐる。
両側から2人がにじり寄ってくるので、なんだか僕自身がもちまるになったような気分になってくる。
そのときだ。
僕の耳に小さな声が聞こえた。




