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55. 土に


「ねえ。ぽてちゃん♡」

 萌が膝にもちまるをのせている。ぽってりしたクッションのような姿で、萌の膝の上で、もちまるが萌と一緒にテレビドラマを見ている。テレビの画面には、きれいな雪景色が映っている。地面の上だけでなく、主人公の髪や肩にも静かに雪が降り積もる。

 画面をじっと見ていたもちまるが返事をする。

「うん? なんや?」

「もし、生まれ変わるとしたら、何になりたい?」

「ん~、そやな。そら、人間がええけど、でもそれ以外やったら……そやなあ、土がええ」

「土?」

 思わず僕は聞き返す。

 意外な答えだった。なにか動物の名前が返ってくるのかと思っていた。

「うん。栄養たっぷりの土がええ。こんなふうに、雪が積もっても、雨が降っても、その土の中に、実は、いろんな生命が生きてる。たくさんの生命をその中に包み込んで抱えて、守れる土がええな」

 

『たくさんの生命を包み込んで抱えて守れる土』

 それは、もちまるの中にいる、坊と少年、2人からの言葉のように思えた。

 生命を守りたい――――2人の祈りのように思えた。

 僕は、もちまるの手をそっと握る。もちまるが握り返してくる。

「いいね。それも素敵やね」

 萌が応える。そして、もちまるのもちもちした頭をそっと撫でる。



 お別れの日を決めてから、一日一日を丁寧に過ごしてきたつもりだけれど、時間は瞬く間に過ぎていった。

 そして、いよいよ、星を見ながらさよならをする日が、明日に迫ってきた。

 明日は、もちまると、僕と萌、そして、里見も一緒に、うちの家から、50メートルくらいのところにある、小さな児童公園で天体観測をすることにしている。

 ほんとうは、いつもの河川敷でするつもりだったが、今日、予備校の授業の終わりに、叶先生が声をかけてきて、

「星を見ながらのお別れ会、どこでするんですか」と言った。

「家の近所の河川敷でするつもりです。いつもそこでやってるので」

 僕が応えると、少し思案げな顔になって、先生は言った。

「そこは明るいですか」

「いえ。街灯や家の灯りも少なくて、観測にはもってこいなんです」

「なるほど。でも、それは“他のもの”にとってももってこいですね……」

 先生の眉が悩ましげに寄る。

「え……」

 先生の言う“他のもの”が、人ならざるものを意味するのは、僕にもわかった。


「彼が君から離れる瞬間が、一番あぶないときでもあります。できれば、なるべく明るめの場所で、そして、できるだけ誰か、君たち以外の心霊的影響を受けにくい人が様子を見に来て、場の空気を変えてくれる可能性のある場所がいいのですが……」

「……考えてみます」

 考え込んだ僕に、先生がほほ笑みながら言った。

「不安がらせてごめんね。でも、もし、そんな都合のいい場所があってもなくても、最後は、君たち次第、だからね」

「僕ら、次第?」

「そう。お互いを信じていること。疑わないこと。迷わないこと」

 僕を真っ直ぐに見て、真剣な顔で先生が続ける。

「疑いや迷いがあると、つけこまれやすいからね。気をつけて」

「は、はい」


 お互いを信じていること。

 疑わないこと。

 迷わないこと。

 

 3つとも、僕らには、それほど難しいことには思えない。

 出会ったばかりの頃ならともかく、今は、自信を持って、もちまるを信じていると言える。

 疑わないこと、迷わないこと、これが今ひとつわからない。

 ただ星を見るだけだ。そして、ありがとうを伝えて、サヨナラをするだけだ。

 そこに『疑う』も『迷う』もないような気がする。


……いや。迷う、はどうだろう。いざとなったら、もちまるを引き留めてしまいたくなるかもしれない。迷う、ということは、それを意味するのか。

 少しばかり不安になって、僕たちは、河川敷から、家の近所の児童公園を観測場所に変更したのだった。


 

 テレビの画面は、やがて、眩しい雪景色から、茶色い土の大地になっている。よく見ると、ところどころに、小さな緑が芽吹き始めている。

 主人公が、その小さな緑に触れて、この大地で、明日をしっかり生き抜いていこうと決意するシーンでドラマは終わった。


 ずっと以前、テレビで見た『風と共に去りぬ』の映画を思い出す。あの映画も、最後に主人公は、大地を見つめて、故郷へ帰ろうと決意していたような気がする。はっきりとは覚えていないけど、主人公の女性が、あまりにも身勝手な振る舞いをし続けたために、大切なものすべてを失ってしまい、それでも最後に故郷に帰ってもう一度やり直そうと立ち上がるところが記憶に残っている。

 その主人公を全然好きになれなかったけど、なぜか最後のシーンだけいいな、と思ったのだ。

 どんなにグダグダで、ボロクソで、誰からも嫌われてしまっても、最後、立ち上がって明日を目指そうとする姿が、カッコよく思えた。


 ついあれこれ気にしてしまう小心者な自分には、到底出来ない生きかた。

 別に誰かにいい人だと思われなくてもいい、嫌われたっていい。自分の心が赴くままに、真っ直ぐに生きたっていい。

 自分にとって大切なものを大切だと、嫌なものは嫌だと、はっきり主張すればいい。

 そんな気持ちになったのだ。

 もちろん、そんな生きかたは……僕には、なかなか出来そうにないけど。

 

 いつのまにか萌の膝の上で、その腕にもたれかかるようにして眠っていたもちまるを抱きかかえて、僕は自分の部屋に戻る。

 時計を見ると、深夜0時を少し過ぎて、とうとう、その日になってしまった。

 そのままベッドにそっともちまるを寝かせて、僕も一緒に横になる。

 もちもちした感触を抱きかかえながら、僕の心は不安と淋しさで揺れていた。



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