53. 欲
「なあ、ハンバーガー食べたいな」
もちまるが言った。
「え? また?」
「うん。昨日食べ損ねたやつがどうしても、気になる」
昨日食べ損ねたやつ、というのは、僕の財布に入っていたお金が足りなくて買えなかった、キングサイズベーコントマトチーズスーパースペシャルバーガーのことだ。パティとチーズがそれぞれ3枚も入っている。すごいボリュームだ。当然お値段もなかなかのものだ。
「しゃあないなあ~」
僕は、引き出しから取り出したお小遣い袋から、お財布にお金を補充する。
そして、今日の朝ご飯は、友達とバーガーを食べるからと母親に声をかけた。
「あら? いいねえ、楽しそう。お金は? あるん?」
「あるある。小遣いあんまり使ってへんかったから貯まってるのあるし」
「そう? まあ、でも、食費やしね。大サービスで出してあげよう」
「ほんま? ええの? ありがとう!」
母親がくれた1000円札をありがたく受け取る。
これで、キングサイズナントカのお金がまかなえる。よしよし。
部屋で予備校に行く準備をして、カバンに荷物を放り込んでいると、萌が恨めしそうに言った。萌にも、今度の土曜日にもちまるとお別れ会だと話してある。
「大ちゃん、ずるい。ぽてちゃん♡連れてったら、わたし、一緒におられへんやん」
「ごめんごめん。でも、萌も部活ででかけるやろ?」
「それはそうやけど……。でも、大ちゃんたち、出かけたらいつも帰ってくるの遅いんやもん」
「そやな。ごめん。できるだけ早く帰ってくるから」
「ほんま?」
「夕方には」
「おっそ~。ちょっと、もちもっち、早く帰ってくるねんで」
今度は、もちまるに直接声をかけている。
萌は、そのときの気分に合わせて、好きなようにもちまるのことを呼ぶ。
『ぽてちゃん♡』というのが、萌がつけた呼び名だけど、里見の名付けた『もっちぃ』でも呼ぶし、『おもちちゃん』『まるもっち』『ぽてぽて』など、呼びたい放題だ。なので、もちまるもすっかり慣れて、「もう萌は好きなように呼んだらええ」と言って、どんな名前で呼ばれても普通に返事をしている。
「ねえ。もちまる? わかった?」
萌が念を押す。
「う、うん」」
「今日は、私が抱っこして寝るからね」
「いや、それは、ちょっと、どうやろ。見た目、もちやけど、中身は男子やで」
僕が口を挟むと、
「大ちゃん、うるさい。自分ばっかり。ずるい」
話が振り出しに戻りそうなので、大急ぎで、僕はカバンを肩にかける。
萌がポケットに向かって声をかける。
「帰ってきたら、寝るまでは、私のとこにおってな。ぽてちゃん♡」
「うん♡」
声がカワイイ。
どうも、ぽてちゃん♡と呼ばれると、もちまるは、カワイイモードになるみたいだ。
里見と、予備校の最寄り駅の改札で待ち合わせて、3人でバーガーショップに向かう。
「おはよ~」
里見が、僕とポケットの中のもちまるに声をかける。
「おはよ~」「おはよう」
僕ともちまるが応える。
予備校近くのバーガーショップに向かって歩きながら、里見がもちまるに話しかけてくる。
「元気?」
「元気」
「もっちぃ、何食べるん?」
「キングサイズナントカ」
「朝からすごい食欲やね。あれ、パティ3枚やろ」
「パティてなんや?」
「間に挟まってる薄いハンバーグのこと」
「そうか。あれ、パティていうんか。へ~。それで、おまえは何食べるん?」
「ん~未定。でも、もしかしたら、同じの頼むかも」
「そうか。他にもなんか美味しそうなんあったら、教えてや」
「りょうかい~」
もちまるは、食欲だけでなく、知識欲も旺盛だ。色んな言葉を、たくさん覚えて吸収していく。知りたい、という欲求にとても積極的なのだ。
『欲』という言葉には、なんとなく、よくないイメージを持っていたけれど、彼を見ていると、もっと素直に『欲』を持ってもいいよな、と思えてくる。
今、僕は里見につられて予備校に通っているけど、ただ漠然と大学に行きたいと思っているだけで、まだ、何を専攻したいとか、はっきりしているわけじゃない。
でも、何かを知りたい、そう思うことが、学ぶことの原動力になるのなら、僕は一体何を知りたいんだろう。考えてみる。
……ナサケナイ。まだ自分でもよくわからへん。
「何考えてる?」
もちまるがポケットから声をかけてくる。
「いや、これから先のこと、いろいろ考えなあかんな~って、考えてる。けっこう、今まで、ぼんやり生きてきたような気がするから」
「ふふ。そうか。楽しみが出来たな」
「楽しみ?」
「そうやろ? 何をしようかって考えるのって、ワクワクして楽しいやろ?」




