51. わかってくれる。
『今、どこにいてる?』
僕は、里見にメッセージを送った。
「できるだけ早いほうがいいですね」
先生に言われて、僕は、もちまると一緒にいる里見に連絡をいれる。
すぐ近くで待機してくれているはずだ。
すぐに返事が来た。
『振り返って左の、奥の方のテーブルにいてる』
振り返ると、観葉植物の陰から、里見が顔を出して手を振っている。
(こっちに来てくれる?)
手でこちらのテーブルを指さして、口パクで言う。
(大丈夫か?)
里見も口パクで言う。もちまるのことを心配しているのだ。
うん。
僕はうなずいて返す。
里見は、そばにいる店員さんに声をかけて、自分のテーブルの上のコーヒーカップや水の入ったグラスを、僕らのテーブルの方に持って行ってくれるように頼んでいる。そして、一足先に、僕らのテーブルに移ってきた。
「失礼します」
里見は、先生に頭を下げて、僕の隣に座る。
「待っていてくれたんですね。……もちまるさんと」
先生がにっこりほほ笑む。
里見が一瞬、ドキッとした顔になる。
「は、はい」
そして、先生はいつもの授業のときのように、穏やかな声で言った。
「もちまるさん。あなたとゆっくり話をしたいのですが。さすがに、ここで、その姿を現してもらうわけにはいかないので、今から、場所を移して話しませんか」
「え?」
僕と里見も驚いた。
「大丈夫。すぐ近くです」
そう言って、先生が指さしたのは、カフェの天井だった。
「え?」
もう一度驚いた僕たちに、
「ここのね。3階に、住んでるんです」
席を立って、入り口近くのレジで、
「ここは、僕が払います。常連なので、割引もきくんですよ」
お茶目な感じで笑って、僕たちが財布を出すのを押しとどめて、先生が支払いをした。
でも、少し離れて見ていると、普通にメニューに載っているとおりの金額を支払っていた。僕らに気を遣わせまいと言ってくれたのがわかった。
カフェを出て、建物全体を見ると、その小さなビルは、1階がカフェ、2階は、クリニック、3階以上はマンションになっていた。各フロア、2~3部屋ずつくらいで、8階まである。
「8階にね、家主さんが住んでいます。といっても、僕の祖母ですが。3階は、僕の部屋と、もう1部屋あって、そこには姉が住んでいます」
案内されてエレベータで3階まで行くと、エレベーターホールを挟んで、両側に玄関ドアがある。
左の方のドアに近づくと、先生は、カギを開けて、僕らに、どうぞ、と言った。
「お、お邪魔します」
僕たちは、玄関に入る。
ほとんど段差のない、靴脱ぎスペースから、フローリングの廊下が続いて、向こうにリビングらしきところにつながる扉がある。
広めの玄関で、僕らより先に靴をスリッパに履き替えた先生が、僕ら用にスリッパを出してくれる。
スリッパを履いて、そのまま進んで扉を開けると、
「どうぞ」
案内された部屋の中央には、向かい合ったシンプルなグレーの長いソファが二つと、その間に木のテーブル、各ソファの後ろの壁は、両方とも本棚が造り付けられている。ベランダ側の窓と入り口ドアのある壁以外は、本棚になっている。ただ、壁にはめ込まれるように造られている本棚なので、圧迫感はあまりない。というか、むしろ、僕にとっては、憧れのような部屋ですらある。
なので、
「うわあ……」
思わず声が出る。
「す、すごいですね」
里見も部屋を見回しながら、言う。
「本ってすぐに増殖するので困ります」
そう言って、叶先生は肩をすくめたけど、その顔はどことなく嬉しそうで、全然困っているようには見えない。
なんか、この人、自分と似てるかもしれない。
勝手にそう思ったら失礼なのかもしれないけど。そう思って、僕は、少し嬉しくなった。
この人なら、僕たちやもちまるの想いをわかってくれる。そんな気がした。




