49. 当たり前に
次の日、僕は、授業が終わると、叶先生に声をかけた。そして、先生の授業が終わったあと、話をする時間をとってもらうことになった。
昨日、先生が部屋を出てから、僕も里見も、そしてもちまるも、しばらくびっくりして、そのままその部屋にいた。最初に口を開いたのは、もちまるだった。
「あいつは、一体何者や」
もちまるは、なんだか不安そうな顔だ。僕の肩の上で襟をぎゅっとつかんで立っている。
「予備校の先生、というのは仮の姿で、真の姿は有名な陰陽師・安倍晴明の子孫とか?」
里見が、なんだかマンガみたいなことを言い出した。
「子孫かどうかはともかく、見えたり、気配がわかる、というのは本当みたいやな」
僕も応える。
「うん。たしかに」
「どういう人かはまだよくわからへんけど、話してる雰囲気を見る限りでは、悪い人ではなさそうな気がしないでもない」
僕も自信がなくて、すごく持って回ったいい方になってしまう。何しろ今日会ったばかりなのだ。印象だけで、決めつけることはできない。
先生のファンだという里見でさえ、びっくりしたのか、少し手厳しいことを言う。
「う~ん。悪い人ではなさそうでも、簡単に信じていいんかはわからん。気ぃつけんと、万が一、もちまるに何かされたら困るし」
里見は、僕の肩の上のもちまるを心配そうに見つめている。
「何かって……?」
僕も少し不安になる。
「とにかく、一度、直接話してみる。それで、どういう人なのか知ってから……」
(相談するかどうか決めよう)
僕は後半の言葉を飲み込んだ。もちまるのいるところではなんとなく、言いづらかった。
里見は、それでも、ちゃんと察してくれたようで、
「そやな。明日、授業のあとにでも、話しに行ったらどうや? その間、オレが、もちまるといてるから」
「うん。そうしよう。頼むわ」
「いや。オレも、大吾と一緒に行く」
もちまるが言ったけど、
「あかん。もし、一緒におって、うっかり祓われたらどないするねん」
里見がそう言ったので、しかたなく、もちまるは引き下がったのだ。
そして、今日、1時間目の授業が終わったところで声をかけて、先生の都合を聞くと、 受け持ちの授業は午前中で終わるとのことだった。僕と里見のとっている講座も、午前で終わるので、予備校から少し歩いたところにあるカフェで、話をすることになった。
そのカフェは天井が高く広々としたスペースに、適度な間隔を置いてテーブルが配置されているので、他のテーブルの話があまり気にならない。絶妙なボリュームの音楽が心地よく流れているのもちょうどいい。あちこちに配置された観葉植物の緑もいい具合に視界を遮ってくれる。
「ここはね、けっこうな穴場なんです。素敵な場所なのに、意外と人が少なくて。だから、ちょっとこみ入った話をするのにも最適です」
先生は、そう言ってほほ笑んだ。
「すみません。お忙しいのにお時間を取って下さって」
僕は、丁寧に頭を下げる。
「大丈夫ですよ。午後空いているときは、本を読んで過ごすだけですから。大して忙しくはないので」
先生の話し方は、初日と変わらず、僕のような学生相手でも、丁寧だ。それでいて、親しみのこもった声と話し方なので、緊張がほぐれていくのがわかる。
(やはり、悪い人じゃないみたいや)
「僕は、紅茶にしますが、君は、どうしますか」
「あ、えっと、僕は……僕も紅茶にします」
「今日のおすすめ、でいいですか?」
「あ、えっと。はい」
先生は、今日のおすすめの紅茶2人分を注文して、店員さんが離れるとすぐに、僕の方に向き直った。
「今日は、彼はポケットにいないんですね」
「はい」
うっかり祓われるといけないので、連れてきませんでした、なんて言えないので、短く応える。でも、先生には、伝わってしまったようで、少し残念そうに、
「昨日も言ったとおり、僕は、見える、気配がわかる、会話が出来る、だけです。除霊などはできません。もちろん、それの出来る人を紹介することはできます。でも……君が望んでいることは、そうではないですよね?」
「はい」
そう。僕は、もちまるを追い払いたいわけじゃない。むしろ、このまま一緒にいてもいいとさえ思っていた。
でも、彼と過ごすうちに、僕は彼の生きていた頃の記憶を知った。
そして思ったのだ。
彼をポケットの中の妖怪として、このまま過ごさせておいてはいけない。
人として、平和な時代に生まれ変わって、幸せになってほしい。そのための方法を見つけたい。
黙っている僕に、先生が穏やかな声で言った。
「話してみませんか。除霊は出来ませんが、何かしら、君の手助けは出来ると思いますよ」
僕は、話してみることにした。
もちまると出会ったときのこと、出会ってからのこと。一緒に経験したいろいろなこと。
そして、僕が、里見や萌と一緒に、作戦会議で話し合ったこと。
先生は、優しい表情で、透き通るような静かな眼差しで、僕を見つめながら話を聞いている。
話しながら、僕はあらためて、感じていた。
もちまるが、大好きだってこと。
――――もう僕の日常の中に、当たり前に彼がいるってことを。




