48. 一緒にいるよね?
結局、僕と里見は、名案が何も思い浮かばないまま、その日の作戦会議を終えた。
『後悔』を取り除く方法。消す方法。
そんなものがあるのか。
大小あるけど、しょっちゅう、いろんなことに後悔ばかりしている僕としては、そんな方法があるのなら、真っ先に自分が知りたいと思ってしまう。
それでも、なんとかして、もちまるに(もちまるの中の2人)に、新しい人生で幸せに生きてほしい。そのためにはどうしたらいいのか。
少年は、坊がつらいときに、抱っこしてやれなかったことを後悔している。
坊は、かあちゃんに、ごめんなさいが言えなかったことを後悔している。
でも、それぞれの抱く後悔の相手は、もうこの世にいない人たちで。
「う~~ん」
(どうしたものか……)
ため息をついた僕を、膝の上で、プリンを食べていたもちまるが、手を止めて僕を見上げている。
「どうした? 大吾」
「あ。……いや。予備校の冬期講習、どうしよっかな~って」
「行きたくないのか?」
もちまるが言う。
「いや、その逆、行ってみたい気もするけど、自分のペースで勉強する方が合ってるからなぁって。塾とか予備校とか、ちょっと苦手やねんな。せやから、迷ってるねん」
なんとかごまかせた。僕の言葉を信じてくれたらしいもちまるが、
「その予備校は、どこにあるんや?」
「ん。学校に行くよりも、さらに10分長く電車に乗っていかなあかんねん」
あれ。そういえば。
「もちまる、塾とか予備校って、何するところか知ってるん?」
「知ってる。この間、萌と出かけたときに、学校だけでは、学力が及ばんときに勉強を教えてもらうところやと、説明してたな」
先日の作戦会議の日、もちまるには萌と一緒に出かけてもらった。その理由を、里見に予備校情報を教えてもらったり、一緒に勉強する予定だと伝えてあった。もちまるがいると、里見は遊びたがって勉強にならへんから、と。もちまるは、なるほどとうなずいていたが、予備校がなんなのかわからず、萌に訊いたのだろう。
「……学力が及ばへん、ってことは、ひょっとして、大吾、勉強が苦手なんか?」
もちまるが心配そうに僕の顔を見る。僕はちょっと苦笑して、
「苦手って……そういうわけちゃうけど。塾とか予備校ってさ、自分一人で勉強するよりも効率よく身につくやり方や、つまずいているところをわかりやすく教えてくれたりするからね。行く値打ちはあると思うよ」
「ふ~ん。それやったら、行ってみたらええんとちゃうん」
「そやなあ」
結局、僕は親にも相談して、里見の教えてくれた予備校の冬期講習に申し込んだ。数学と国語の2科目だ。新規申し込みは1科目体験無料なので、1科目分の授業料で、2科目受講できる。
里見が力説してはいたけれど、正直まだピンと来ていなかった僕は、半信半疑で、その講座を受講することにしたのだ。
冬休み、例の現国の講座は、冬期講習初日の、朝一番の時間だった。
ポケットには、もちまる。もちまるのいる側に、里見が嬉しそうな顔をして座っている。
結構大きい教室で、受講生は男女半数ずつくらいの割合だ。
時間になって、ぴったり挨拶をして話を始めた講師の先生は、まだ若い。30代か、もしかすると、もう少し若いのかもしれない。
彼は、不思議な透き通るような眼差しで教室を見回すと、穏やかな声で、テキストの掲載文について話し始める。
驚いたことに、その先生の授業は、里見の言うとおりだった。
よくテレビで見かける、有名な予備校の先生のように、派手なパフォーマンスや話し方をするわけではない。
淡々と、というのとも違う、穏やかで静かに語る声に、自然に引き寄せられるような、不思議な気がする。
なんというのか、話を聞きながら心のもやもやと共に、課題文の中身も気持ちよく解きほぐされていくような感じなのだ。
確かに、こんなふうに解説されたら、どんな文章も明確に頭に入る。
文章のタイプを見抜くコツ、どこを押さえれば要点を把握して、設問に対し的確な解答が出来るか、テクニックのようなものも教えてくれるけれど、それ以上に、解説がいい。この人が言葉を大切にしていることや、日本語が好きなのだということが伝わってくる。
声もいい。とても心地よくて、ホッとする。こんな国語の授業は、初めてだった。
(すごいな)
隣の里見にささやく。
(せやろ?)
里見は、自分を褒められたみたいに自慢そうな笑顔を見せる。
ポケットの中では、始めの方に、もちまるがぽてっと一回身動きしたけれど、そのあとはじっとしている。何やら集中して話を聞いている気配だ。
講義が終わった。
このあと、1コマ、あいだをおいて、数学の講座がある。里見も同じ科目をとっている。
談話室で、自販機のお茶かジュースでも飲もうかという話になって、廊下に出ると、驚いたことに、今授業を受けたばかりの講師の先生、叶先生が静かにほほ笑みながら立っていて、
「少し時間はありますか」と僕に話しかけてきた。
「え? あ、はい。次の授業まで、1コマあいてるので」
「よかった。じゃあ、ついてきてください。君も一緒に来ますか」
最後の方は、里見に向かって言った。
「はい! はい。喜んで」
先生のファンだという、里見はすぐさま返事をして、僕ら2人は、なぜ呼ばれたのかもわからないまま、先生のあとをついて廊下を歩いた。
途中、ドアの開いている教室を覗いて、
「あ。ここ空いてるね。どうぞ。入って。好きなところに座ってね」
彼に案内された部屋は、ほんの7、8人くらいが座れるような、小さな教室だった。
僕らが座るのを見ると、先生はすぐに話し始めた。
「時間がないから、単刀直入に言うね。君、“誰か”と一緒にいるよね?」
僕のポケットをじっと見つめながら言った。ポケットの中で、きゅっと、もちまるが一瞬かたくなる気配がした。
「え?」
驚きのあまり、僕もかたくなる。隣で、里見もかたくなっている。
「いつからなのかな……でも、結構、長そうだね?」
僕が、絶句していると、先生は続けて言った。
「ごめんね。びっくりさせて。でも、授業しながら、すごく気になったものだから」
彼は続けて、
「あまり人には言わないんだけど、僕は生まれつき、不思議なものが見えるんだよ。君たちもどうやら、見える人みたいだね。ポケットの中、そこに……一緒にいるんだよね」
すると、ポケットの中から、もちまるが飛び出してきた。
「おまえ、何者や?」
白くて、丸いポケットサイズのまま、僕の肩に乗る。点目の顔なのに緊張しているのがわかる。
「何者でもないですよ。ただ、見える、というか、気配がわかったり、会話できたりする、それだけです」
先生は、僕らがもちまるについて考えていることを、まるで知っているかのように、穏やかにほほ笑んで言った。
「僕で力になれることがあったら、いつでも相談してください。ただそれを、伝えたかったんですよ。」
「じゃあ、先に戻ります」
そう言うと、彼は、先に部屋を出て行った。
僕と里見は、声も出ないまま顔を見合わせた。




