46. 大丈夫やで。
モーニングセットを食べ終えて、駅前のバーガーショップを出る。名残惜しそうに手を振る里見と別れ、自転車に乗る。
眠気はすっかり覚めていた。朝の空気はまだわずかにひんやりしているが、陽差しは温かい。今日は晴れそうだ。
僕は、黙ってペダルを踏む。
「なあ」
ポケットから声がした。
「ん?」
「……いやか?」
「何が?」
「里見に、返事したこと」
「……別に」 答えが短くなる。
もしかして、僕が少し淋しく思っていることを察知したのか。
「そうか。ならいい」
「あいつ、ええ奴やし。……ええんちゃう?」
「うん」
自転車をこぐ足に力が入る。
僕がちょっぴり感じる、もやもや。これは、嫉妬? なのか。
そうかもしれない。
そのもやもやを振り払うように、スピードを上げた。
そのとき、僕の頭の中に、お母さんを助けたくて、泣きながら町をさまよっていた小さな男の子の姿が浮かんだ。炎の広がる中、心細くて怖くて、それでも必死で助けを求めていた男の子。
あのとき、僕は見ているだけで何もできなかった。
そして今も、だ。ただ日々一緒に過ごしているだけで、他に何もできていない。
最近、僕は時々考えていた。
もちまるがこのまま、妖怪を名乗って、この世にいることがいいのかどうか。
生まれ変わって、新たな人生を生きることができたら、その方がまちがいなく彼にとって幸せなんじゃないか、と。
人間に生まれることが必ずしも100%幸せなのか? と訊かれたら、人によってはいろんな答えが返ってくるのかもしれない。
でも――僕は。
空襲で炎の燃え広がる中を泣きながら逃げ惑っていた彼に、そのまま傷を負ったまま息絶えてしまった彼に、今度こそ、平和で穏やかな日々を、人間として過ごせるようになってほしいと思う。その存在を人に知られることもなく、妖怪として、僕のポケットの中で過ごすのではなく。
そう。
もちまるに、ちゃんと人として生きる時間を取り戻してほしい。そして、いっぱい笑って、いっぱい幸せになってくれたら。
そう思うと、里見に嫉妬している場合じゃないような気がしてきた。
そうだ。今のままじゃなくて。
もう一度、もちまるが人として生きられるように。
里見にも知恵を貸してもらって、もちまるのこの先について、一緒に考えてもらおう。もちろん、萌にも。
3人寄れば文殊の知恵っていうし。
「なあ。もちまる」
僕はポケットの中の彼に声をかける。
「うん?」
「里見っていう仲間が増えた気分やな」
「うん?」
「なんか心強い気がする」
「……大吾、おまえ、なんか企んでるんか?」
「いや。そうやないけど。まあ、そんな気分ってことや」
「そうか」
僕は、もちまるのいるポケットをそっとぽんぽんとたたく。
(大丈夫やで)
そんな気持ちを込めて。
何がどう大丈夫なのか、と訊かれても、まだ何も答えられないのだけれど。




