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45. もっちぃ


「国語?」

 数学や物理、というならともかく、国語?

 僕は少し驚く。国語は、授業を普通に聞いていたら試験勉強する必要もなかったし、困ったこともなかったから、わざわざ、予備校で国語? と、つい思ってしまう。

「そう。国語。しかも、現国」

「ますます意味わからん。漢文や古文ならともかく、現国、予備校で習わんでも」

「そやろ。オレもそう思っててん。現国は、自分でやったらええだけやんって。別にわざわざ教えてもらわんでも……て」

「うん」

「でもな。ちゃうねん。その先生の授業、めっちゃおもしろいねん。別に冗談言いまくるとかじゃないで。文章ってこんなふうに読み取ったらええんか。こんなふうに言葉って使たらええんか、って目からうろこのことがいっぱいあってさ。無料体験授業で1科目選べたから、現国って何すんねやろ? って思って選んでんけど、大正解やった」

「へえ……」

 僕は、まだ半信半疑だ。


「なんかな、その先生の解説聞いたら、同じ文章読んでも、頭のスッキリ度が違う気ぃするねん。オレさ、正直、現国の授業って、面白いって思ったことなかったんやけど、生まれて初めて、現国、面白い! って思ってんや。別に過激なこと言わはるわけでもないし、ごくごくまっとうなこと言うてはるのに、面白くて、楽しくて、話が気持ちよく頭に入ってくるねん。せやから、もう1回、冬にその先生の授業とろうと思ってるねん」


 里見が、それほど言うのを聞くと、なんだか僕も気になってくる。

「初めて受講する人は、無料体験授業が一つ受けられるから、伏見もどう?」

「そやなあ……なんか気になってきた。親に言うてみて、OKってなったら、行くわ。そんときは、その予備校の連絡先とか教えて」

「了解」


里見は、タマゴで手が汚れたもちまるに、ほい、と紙おしぼりを差し出している。ほんとに、良く気のつくヤツだ。本人は、下にまだ小さい弟や妹がいて、世話しなれてるから、というけれど。それだけじゃない、彼の優しさから来る気遣いだという気がする。

もちまるは、受け取ったおしぼりで、手と口周りを拭いて、満足そうだ。


「もちまるは、ほんま、うまそうに食べるよな」

 里見が目を細めて言う。そして、つぶやく。

「可愛い……もっちぃ」

「……おう」

 もちまるが、ぽそっと応えた。

 次の瞬間、

「え? あ。……もしかして、あの、今の、返事してくれたってこと?!」

 里見が驚いて目を見開いた。僕も驚いた。



 里見には、こちらが名前を呼んで、それにもちまるが応えたら、『名付け親』になるという話をしたことがある。

 僕と萌の場合は、不意打ち的に呼びかけて、それに反応したもちまるが、うっかり返事をしたために、僕らが『名付け親』になったという経緯がある。


 もちまるの言うには、『名付け親』には、逆らったり、危害を加えたりしてはいけない、というきまりがあるらしい。

 僕らにうっかり返事して以降、もちまるは呼びかけられてもうかつに返事をしないよう気をつけていた。(といっても、僕らと里見以外に、もちまるに呼びかける人間はいなかったけれど)


 これまで、里見にはずっといろんな呼ばれ方をされてきたけど、もちまるがその呼び名に応えたのは、初めてだ。

 もちまるが、うっかりではなく、ちゃんと納得して返事をした。

 そのことに、僕は少なからず驚いた。

 そして、ちょっと――羨ましくなってしまった。

 僕には、『うっかり』で、里見には、ちゃんと信頼して納得して、返事をしたのか。

 そう思うと、正直、ほんの少し淋しい気持ちになってしまったのだ。

 僕の心はやっぱり狭い。ちょっともやもやしてしまう。


 そんな僕の気持ちをよそに、里見は、テーブルの上のもちまるに夢中で何度も呼びかけている。

「もっちぃ」

「おう」

「もっちぃ」

「……おう」

「も」

「もう、しつこいって」

 ぴしりと、もちまるが言った。

「ごめん」

 里見がしょぼんとしたので、もちまるが少し声をやわらげた。

「必要以上に呼ぶな~」

「うん。わかった。もっちぃ」


……なんか、付き合い始めのカップルのイチャイチャに付き合わされている気分だ。

 なんだかな。ため息がでそうだ。



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