42. 名前
「あのさ」
星空を見上げながら、里見が言った。
「うん?」 隣で僕は応える。
「彗星とか、流星群とか、色々見えたら嬉しいけど、ただこうして、いつもの星空を見上げるのも、なんかいいと思わへん?」
ニュースになった彗星を見ようとして、いつもの河川敷に、僕ら地学部員はいた。肉眼で見えると聞いていたけれど、残念ながら、僕らの目には把握できなかった。で、結局、いつも通りの星空を眺めて、楽しんでいる。
「そやな。こうやって、地面に転がって地球を感じながら、星見てる、それで十分幸せな気がするな」
僕が応えると、里見がうなずいた。僕のポケットの中でも、小さくうなずく気配がする。
空気が澄んで、次第に星の光が冴える季節になってきた。
地面に寝転ぶ僕の胸ポケットから、少しだけ小さな頭を出して、もちまるも空を見上げている。
天体観測に行くで、と声をかけると、もちまるは、今日もゴキゲンで僕のポケットに入り込んだ。
「いつもの星空っていっても、今見てるこの星の光は、もうとっくの昔に消えてしまった星の光かもしれへんねんなぁ」
横で、美月がつぶやくように言う。
「遠い遠いところから、地球まで旅してきた光やねんな」
「なんかすごいね。不思議な気がする」
他の1年、小川さんや田中さんも小さな声でつぶやく。
「なんか、時間も距離も遠く離れたところから受け取る手紙のような感じ……」
僕もつぶやく。
「おいおい。今年の1年は、詩人が多いなあ。そろそろ、おやつタイムにせえへんか。彗星は、一応、方向は合わせて写真撮ったから、あとで、じっくり拡大してみたら、写ってるかもしれへん。とりあえず、おやつや」
部長の野崎先輩が笑って、僕らに声をかけてくれた。
メインのテントのところに行くと、キャンプ道具で、先輩がお湯が沸かしてくれていた。そして、お湯を注いで出来る、甘酒とおしるこの入った袋を手に、
「甘酒? おしるこ? どっちがいい? 仕入れの都合で、甘酒の数の方がちょっと多めやねん」
仕入担当の吉野先輩が言った。
どっちしようかな?
考えていると、ごくごく小さい声で、「あまざけ」というささやきが聞こえた。もちまるだ。
「OK」
僕は、思いがけないオーダーに吹き出しそうになりながら、小さく返す。
紙コップに入れてもらった甘酒を受け取って、みんなそれぞれ、好きな場所に散って、星空を眺める。
もちまるが人から見つからずに温かい甘酒を飲めるように、僕は少しうす暗い場所に移動する。里見がついてきて、さりげなく、みんなのいる側に座る。もちまるが見えないようにという、彼の気遣いだ。
「ありがとな」
僕が言うと、
「いえいえ。どういたしまして。もっちぃのためなら」
里見は、時々勝手にもちまるの呼び名を作る。この間は、もちもっち、その前は、まるっち。そのくせ、本人に呼びかけるときには、「もちまる」と律儀に呼ぶ。それが正式な名前だと思っているらしい。
名前。
萌も言ってたけど、もちまるの、本当の名前。それが何なのかを知ることができれば、本当の名前で呼んであげられるのに。
僕は、自身が夢の中で体験した、もちまるの過去の、彼の母親の声を一生懸命、思い出してみる。けれど。
「坊」
思い出す限り、その言葉が浮かんでくるばかりだった。




