41. 代わりに
「ただいま~」
部活から帰ってきた萌が、僕の部屋のドアを勢いよく開けた。
「あ。おかえり」
萌は、僕の膝の上のもちまるを見ると、
「……また寝てるの?」
「うん。疲れたみたい。でも、そのうち目ぇ覚ますと思うけどな」
「そっか。そうやって抱っこしてるとさ、なんか、小さな赤ちゃんみたい」
そう言って、萌がそっともちまるをのぞきこむ。
「可愛いね。起きてるときは点目なのに、目ぇつぶってると、ちゃんと睫毛あるんやね」
「うん。……抱っこする?」
「したいけど……いい。だって、今すごく気持ちよさそうやもん。そのままにしといてあげたほうがよさそう」
「うん。そやな」
もちまるは、ぽってりと安心したような顔で、僕の腕の中にいる。
抱っこしてほしかった、小さな『坊』。
代わりに、僕が一杯抱っこしてあげよう。
腕がだるくなっても、坊が望むだけ、できるだけ長く。
僕は、腕の中のもちまるをそっと見下ろす。
「大ちゃん。……なんかあった?」
萌が真剣な顔で言った。
僕は、萌にもちまるのいた時代での出来事と、もちまるを助けてくれた少年の話をした。
「そっか……。そんなことがあったんやね。」
「うん。……で、せめて、一杯抱っこしたろ、と思ってさ」
萌がうなずきながら笑った。
「なかなか似合うよ、大ちゃん。……それにしても、坊の、ほんとの名前は何なのかな?」
萌が首を傾ける。
「それがわからへんねん。坊は、ショックが大きくて、自分の名前を忘れてしまったらしい。ただ、お母さんから、『坊』って呼ばれてたことだけは、覚えてたみたいで」
「そうなんや……でも、できたら、本当の名前で、呼んであげたいね」
「うん」
『妖怪』になったとき、坊と少年は、2人で相談して、妖怪らしい設定を考えたらしい。
例えば、名前を呼ばれてそれに答えたら、その相手が名付け親的な存在になり、逆らったり、手出しができない、とか。姿形も自在に変えられる、とか。
「楽しかったよ。2人で、自由に考えて決めるんや。その相談をしてる間は、坊も一杯笑ってさ」
少年はそう言った。
『相談してる間は』ってことは、そうじゃないときは?
今の姿になるまで、2人がたどってきた時間を、僕は思う。
腕の中で、もちまるが、ぽてっと寝返りをした。そして、むくっと起き上がった。
「おはよ」
僕が言うと、
「お、おはよ」
目を擦りながら言うと、僕の膝から、ころんと転がるように降りて、もちまるが立ち上がる。
「大吾。……お腹空いた」
「うん。そろそろそう言うと思ってた。焼きめしでいい?」
「いい! ウィンナーは?」
「入れるよ」
「やった!」
僕は、もちまるを肩に乗せて、2階の自分の部屋を出る。階段を降りていると、肩の上でもちまるが言う。
「野菜も入れてな。ピーマンも人参も」
「うぇ……人参はともかく、ピーマンはなぁ、あんまりなぁ」
僕が思わず頬をふくらませると、もちまるは、僕のほっぺたをつついた。
「子どもみたいに好き嫌いいうたらあかんで~」
「へいへい」
肩の上のもちもちを、僕はくすぐり返す。
「こら。ちょ、何すんねん、こそばいわ」
ちょっぴりおじさんモードの、いつものもちまるだ。
僕は、少しほっとする。




