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37. 再び


 気がつくと、僕が立っていたのは、舗装されていない、土埃の舞う道だった。

 道沿いに立った民家に見覚えがある。以前、夢の中?で僕が訪れた民家だ。

 もちまるが小さな男の子だった頃の、彼の母親とのやりとりを見た場所だ。再び、あのときの、あの場所に戻ってきたのだ。


 僕のすぐ目の前を、赤ちゃんを背中に背負った女の人が、あたりを見回しながら、歩いて行く。


「坊、どこ行ったん?」

「坊、帰っといでー」

 何度も繰り返し呼びかけながら、時々背中の赤ちゃんにも声をかけてあやしている。

 きっと、その人は、人間の男の子だった頃の、もちまるのお母さんなのだろう。


「坊……ほんまにどこいったんやろねぇ。……ねえ。困ったお兄ちゃんやねぇ……」

 彼女は、ため息交じりに、背中の赤ちゃんに話しかける。そして、少しの間、道の向こうに目をやって、その小さな姿を探す。

 しかし、彼女には、この後、やり直しの洗濯物が山盛りある。

 それを思い出したのか、彼女はもう一度深いため息をつくと、つっかけを履いた足を、少し引きずるようにして、疲れた足取りで家の方へ戻っていく。


 洗濯物を干し損ねて泥まみれにしてしまった男の子は、庭を走り出たあと、隣の家の土蔵の横に、じっとしゃがみこんでいたはずだ。その姿は、背の高い垣根に隠れて、道からは見えない。

 僕は、垣根の向こうに回り込んで、土蔵の方に目をやる。

 いた。

 小さな男の子が、膝を抱えてしゃがんでいる。すりむいた膝小僧には、血が滲んでいる。

 

「わるさ、ちゃうもん。……ちゃうもん」

 そう小さくつぶやいて、必死で泣くのをこらえている。泣かないことが、彼の、精一杯の意地なのだ。


 駆け寄って、そっと抱きしめて、

「わかってるよ。わかってる。わるさとちゃう、お母さんの役に立ちたかったんやろ」

 そう言ってやりたくなる。

「お母さんも、ちゃんとわかってくれるよ。だからこそ、ああして、後を追って探しに来てくれたんやで」

 そう言って、彼を抱きしめたい。そして、仲直りできるよう、彼をお母さんの元へ送り届けたい。そう思った。


 ……でも、前回ここに来たとき同様、今回も、僕は、ここでは意識だけの存在であるらしい。

 男の子の髪にそっと触れようとした僕の手は、あっさり素通りしてしまった。

 けれど、前回と少しだけ様子が違った。

 僕が触れようとした気配を感じたのか、男の子が顔を上げて、周りを見回したのだ。


 もしかしたら。

 もしかしたら、僕の声が彼に届くかも?

「坊? 大丈夫か?」

 声をかけてみる。

 男の子は、立ち上がってキョロキョロする。でもすぐ目の前に立っている僕の姿は、やはり見えないらしい。気のせいだと思ったのだろう、すぐに見回すのをやめて、またしゃがみ込んでしまった。その様子をみると、僕の声もハッキリと聞こえているのではなく、なんとなく気配だけを、彼は感じているようだ。

 

 何もできないまま、彼のそばで僕もしゃがみ込む。せめてそばにいよう、そう思って。

 しばらくして、彼はのろのろと立ち上がって、膝小僧を見下ろして、ほんの少し顔をしかめた。

 隣の家の垣根の向こうから表の道に出てきて、自分の家の方に向けて歩き出す。

 夏らしい陽差しが、砂埃の道と彼に降り注ぐ。

 

 そのときだ。

 突然、強い風が叩きつけるように吹いた。いや、風、というより衝撃? 爆風? よくわからないけれど、激しい勢いのものが、男の子を吹き飛ばした。ここでは意識だけの存在のはずの僕まで、一瞬足元が揺らぐ。息が詰まるような熱い空気が押し寄せる。

 あたりを見回すと、さっきまで立っていた家々は、さっきの衝撃で吹き飛ばされたものや、崩れてしまっているものもある。

 さっきまで、男の子が横にしゃがみ込んでいた土蔵も半分崩れ落ち、瓦礫の山になっているのが見える。母屋の方は、男の子の家も隣家も、壁や窓枠が吹き飛んだのか、硝子や壁土が散乱して、柱は大きく傾いている。屋根は瓦も落ちて無残な状態になっている。

 男の子がゆっくりと手足を動かして、立ち上がろうとするのが見えた。

 彼に駆け寄ろうとした僕は、ふと振り返った空の向こうに、次第に大きな雲が湧き上がるのを見た。もしかしたら、これは――――。

 


 男の子は、少しよろめきながらも立ち上がると、彼の家の方を見て叫んだ。

「かあちゃん!!」

 そして、崩れかけた家に向かって駆け込んでいく。


 僕も後を追う。


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