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28. 旅立ち


「何かあったんですか?」

 僕が訊くと、炎の色がさらに暗く沈んだ。

「……姫が、病に」

「え……」

「あれほどお元気で、誰よりも健やかな姫が。それも、一度かかると二度と治ることのないと言われる恐ろしい病に……」


 その病は、伝染病であるとも、遺伝による病であるとも言われていたらしい。つまりは、原因も治療法も全くわからない病だった。

 当然のことながら、姫の結婚の話は消えてなくなってしまった。

「それだけではありません。その病であることは、けっして周囲に知られてはならぬ、ということで、姫は京を離れて遠く、地方の親類の家に預けられることになったのです」

 遺伝病の可能性もあるということから、その病の者が家から出たということを知られることは、その家族にとっても大変なことだった。兄たちの縁談や出世にも関わる可能性もあった。


「姫は、京を離れ、遠くに行くことを受け入れました。それしかなかったのです。家族を大切に思えば思うほど、自分がここにいるわけにはいかない。屋敷の奥にこもって暮らしたとしても、ここにいれば、いつかは自分の病のことが人の噂になるに違いない。そうなってはこの家はお終いだ。だから、自分はここにはいられない、と」


 あまりにも辛い話だった。まだ15にもならない、これからの未来を夢見る年頃の少女にとって、どれほど重い決意であっただろう。

 炎は静かに続ける。

「姫と私はわずかな護衛と共に旅立ちました。華やかで幸せなお輿入れの日に、ご一緒するはずでしたのに……。このようなさびしい旅立ちになるとは、思いもしませんでした。自分がどこの誰であったのか、誰にも知られてはならない。そう言って、姫は、その日以来自分の名前を捨てたのです」

 

 ……そうだったのか。姫がけっして自分の名前を口にしなかったのは、そうすることで、家族を守りたい、一族を守りたい、そう思ったからだったのだ。

 僕の左のポケットの中で、もちまるが静かに震えている。泣いているのか。

 そっとポケットの上から、小さな丸みをなでる。家族と切ない別れをしなくてはならなかったもちまる。

姫ともちまる、そして、その姫と共に旅立った少女の心の中を思う。

胸が痛いくらい、締め付けられて、僕は言葉が出なかった。そして、思わず、目の前にいる火の玉に手を伸ばす。相手が炎であることも忘れて、腕の中に包み込んだ。

 つらかったね。苦しかったね、さびしかったね。怖かったね。……どんな言葉も足りなくて、僕は、ただじっとその切ない色の炎を心で抱きしめる。

 小さく小刻みに揺れながら、火の玉は僕の腕の中にいた。



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